加護と誓い
「これを使えば、今さっき私が言った痛みに関してはその九九パーセントをカットすることができる」
カット。この言葉がどこまでを意味しているかには疑問符を唱えたいところだが、話を先に進めるとしよう。
「使い方を教えてもらえますか?」
「無論だよ、笹宮少年。理解の早い子どもは助かる」
テープを伸ばし、これをな、と嬉しそうに説明をするのぞみさん。今ののぞみさんの方が俺らよりもよっぽど子どもらしく見えるのは黙っておこう。
俺の隣からのぞみさんに声が掛けられる。
「のぞみさん、ちょっと待ってください」
「なんだね、紺野少女?」
「一点、これだけは聞かせてください」
天音は俺をちらりと見てから、のぞみさんに目を向ける。
「ほう、紺野少女からも質問とは珍しいな。君は笹宮少年よりも理解が進んでいると私は考えていたんだがね。良いだろう、言ってみたまえ」
「ありがとうございます……」
もう一度、隣に座る少女は口ごもる。
そして、膝の上に置かれた俺の手が握られる。
これ、どういう状況?
露骨に動揺すると正面に座る聡い二人に感づかれてしまうので、何とか平静を保つ。
ひざの上で重ねられた手はテーブルの陰になって、正面の二人から見えないのが、僅かながらの救いだ。
それにしても今日の天音さんは積極的じゃないですかね。
童貞の俺、このまま好きになっちゃってもイイすか?
「…………その痛覚を遮断することに関しては何か副作用……もとい後遺症のようなものは現れますか?」
一瞬前まで、頭の中ハッピーセットだった俺は我に返る。
今の俺の疲弊しきった思考力ではそこまでの考えに至らなかった。
「ほぅ、良い質問だな、紺野少女。正直、見直したよ。順を追って最後に説明する予定だったが、最初に説明しておこうか」
重ねられた天音の手が震える。
いや、俺の手が震えたのかもしれない。
いくら天才が開発したとは言え、今から得体のしれないものを俺らは身に付け戦いに行くんだ。
「結論から述べよう…………副作用、後遺症、またそれに準ずるものはほとんどないと言える。ただ、第七能力保持者相手にはまだ実験は出来てないんだ。あくまで、一般人にはそのようなものは見られなかった」
珍しく、のぞみさんが柔和な表情を浮かべる。
この人、しかめっ面とか険しい顔じゃなく、いつもこの顔してれば各所に敵つくらなくて済むのに。
「何だか笹宮少年にすごく失礼なことを考えられている気がするのだが?」
「いえ、考えてません。今回も素敵な道具を作ってくださり感謝しています」
本当かー?とジト目で見つめられるが、俺は明後日の方向を向いて、目を合わせないようにする。
「ほらほら、のぞみ。中学生チームは私たちと違って時間ないんだから、早く説明しちゃって!」
のぞみさんの最大の理解者である藍吏さんが話を先に進めようとしてくれる。
壁掛けの丸いアナログ時計を見ると、もう零時を回っている。
確かに普通の中学生なら、もうベッドに入っている時間だ。
「……ったく、これだからガキは。三徹も出来ないような貧弱劣等種が」
あ、この人早死にするな。
大人が全員三撤して活動しても問題ないスペック持ってたら、GDPの上がり方尋常じゃないだろうが。
別に悪態をつかれるのは今日に始まったことじゃないから、まるで気にしていないので、無言で話の続きを促す。
「のーぞーみー?これ以上この子たちをいじめたら、もうかまってあげないからね?」
「…………ぁぃ」
ここまでがルーティン。
許容を越えたのぞみさんの態度はいつも藍吏さんの凄みでフォロー……ではなく、かき消される。
「もう時間も時間だし、付けるだけ付けて、あとは携帯にデータ送るようにするね」
「そうだな、藍吏の言う通りだ。まずは付けてみてからじゃないと始まらんしな。藍吏、紺野少女は任せた。私は笹宮少年を担当する」
え?どうやって付けるか分からないけど、天音は藍吏さんが担当してくれるの?
俺もそっちが良いんだけど……。
自分、チェンジイイすか?
「ほれ、行くぞ少年。時間は残念ながらまだ有限なんだ」
結局、俺の担当はのぞみさんかよ。
それに時間はまだ有限って、この人次は時間とかの分野に手出そうとしてんの?
なにやだ、のぞみちゃん、恐ろしい子……。
そんなくだらない俺の心情をのぞみさんはもちろん一切知ることなく、席を立ち、近くにある男子トイレに俺を引っ張って行こうとする…………が彼女の細い腕では俺はビクとも動かない。
「ぐっ……これが第七能力保持者の身体能力かっ……」
違います、のぞみさん。あなたが非力なだけです。
それにあなたも第七能力保持者でしょうに。
ぐいぐいと俺の腕を力いっぱい?に引っ張るのぞみさんに根負けし、自分で男子トイレに向かおうと決め、立ち上がる。
名残惜しいが、天音と重ねられた手を離す。
「待って待って、笹宮くん。私からのプレゼントをまだ渡してないよ?」
「……そうでした。藍吏さんもプレゼントを用意してくれてたんですよね」
うんうんと席を立ち藍吏さんは俺の正面に立つ。
藍吏さんは俺よりも少しだけ背が高い。
正直、あまり並んで欲しくないというのが俺の本音だ。
着ていた水色のワイシャツの内側から、シルバーのロザリオを取り出し、ひたいに付け、軽いお辞儀をして俺のひたいにもピタリと付ける。
「今後一切の諸悪から悠理を守り給うよう、ここに加護を」
目の前の藍色の髪をした長身の女性が目を閉じ、祈りを捧げる。
悠理……本当にたまにだが、時おり藍吏さんは俺のことを名前で呼ぶ。
そこには何の違和感を抱かないが、逆に普段から呼ばれないのに、違和感を抱かないことにむしろ違和感を抱く。
よく考えたら、俺はこの人のことをあまり深く知らない。
「…………はい、私からのプレゼントはこれにて終わり! 明日は頑張りたまえよー、笹宮少年!」
がははははー!と腰に手を当てて、いつも一緒にいる天才少女の真似をしてみる藍吏さん。
俺と天音の二人は苦笑いだが、オリジナルの方はジト目で低クオリティの自分のモノマネを眺める。
彼女からのプレゼントものぞみさんと同様に何かモノだと考えていたが、予想を裏切られた。
他者の善意を踏みにじるつもりも、比べるつもりも毛頭無かったが、のぞみさんからスーパーアイテムを渡された手前、藍吏さんのプレゼントはどうしても見劣りしてしまうことは否めない。
「良かったな、少年。藍吏に祈ってもらえるなんて幸せ者だ。藍吏の祈りの効果は数値化は決してできないが、絶大なんだぞ」
肩に手を置かれ、さっきのエセ天才少女ではなく、オリジナルさんに声を掛けられる。
「さて、私たちからのプレゼントはこれにてお終いだ。行くぞ」
のぞみさんは俺を引っ張って行くことを諦めて、颯爽と白衣を翻して、男子トイレに入って行く。
当たり前のように男子トイレに入って行くって、この人本当に自由だな。
数秒、立ち止まってから俺も足を動かす。
「……ちょっと待って、悠理!」
呼び止められ、俺は声の主に顔を向ける。
「あっ……明日もっ、明日も学校には来るよね?」
天音の漆黒の瞳が俺を見つめる。
幼馴染みの俺には何となく分かってしまうが、目の奥に不安の色が浮かんでいる。
正確にはもう今日なのだが、そんな細かいことは気にしなくていい。
「学校には行くよ、もちろん朝練にもな」
「そう……」
疲弊しきった身体に鞭を打って、同級生に向けて笑顔で返す。
こんなんで少しでも不安が消えてくれれば良いのだが。
次に会うのは学校でだろう。
今から、何をされるかはある程度検討はつくが、期待だけはしないでおこう。




