福音、虹の在処
「ちょいちょいちょい天音さん!き・い・て・ま・す・か!あ・ま・ね・さーん!」
「うるさい、聴こえない」
いや、がっつり聴こえてんじゃん。
俺はスタスタと迷いなく歩いていく天音の後ろをかれこれ数分ついて行っている。
こちらには一度も振り返らず、どんどん先に進んでいく。
「天音、お前は一体どこに向かってるんだよ。のぞみさんの研究室はそっちじゃないぞ」
「分かってる、いいから付いてきて」
ったく、わがままお姫様にも困ったもんだ。
経験則、天音はいちいち行動の説明をしないだけでいつも結果的にプラスに働くことが多い。
今回も素直に従うとしよう。
長い黒髪を揺らして歩く天音に中学生らしさはあまり感じられない。
何というかオーラがベテラン女優とかそっちな感じだ。
こいつはいつからこんなにも大人っぽくなったんだろう。
それに比べて俺は同い年にも関わらず、まだまだ幼い印象だ。
「着いた」
結構あっという間だったな。
ここは休憩所?
自動販売機が二個と四人掛けの丸テーブルが三つ置いてある。
天音は無機質な白テーブルの一つを指さす。
「座って」
「お、おう……」
素直に従って、指さされた椅子に座る。
ガコン。
目の前の自販機からドリンクを買った音が聴こえた。
天音は購入したばかりのドリンクを俺の目の前に置く。
「悠理、ミルクティーでいいでしょ?」
「ああ、ありがとう……」
俺がひんやりと冷えたミルクティーの蓋を開けて、天音は椅子を引いて向かいに座る。
「悠理は昔から甘いのが好きだからね。さっきも藍吏さんの淹れてくれた紅茶、全然手付けてなかったでしょ」
「悪いかよ。それに代表のいるあの場ではおいそれと出されたものに手出しにくいだろ」
「うん、同感」
天音が俺の手元のミルクティーを見て微笑む。
「こんな風に話してると学校みたいだね」
「ああ、そうだな」
「笹宮くーん、学校ではちゃんと制服着てくださーい」
左手で頬杖をついて、右手で俺の真っ白のつなぎの患者服を指さす。
天音が制服なのに対して、俺だけが患者服なことに羞恥を感じて言い返す。
「うるせぇ、ここは学校じゃないだろ」
「あははは」
ひとしきり笑ったあと、天音は変わらないテンションで話しかける。
「それで、さ……どこから話そっか?」
「……全部だ…………と言いたい所だが、時間がない。俺が洗いざらい聞くよりも天音自身が話すべきことを取捨選択して話してくれ」
天音は悔しいことに俺より頭が良い。
先月の一学期の中間試験では学年三位だったはずだ。
学力イコール頭がキレると断言する気はないが、地頭の良さ、機転の利かせ方、豊富な知識量、そのすべてを俺は様々な箇所で小さいときから間近で見てきた。
それらのファクターを総合して、俺はこの同級生――紺野天音の頭が良いと評価している。
「んー、そうだなぁ。悠理と一通り同じことはできるつもりだよ。反重力、光粒子刃は使えるしね。あ、もちろん、剣の使い方は彩色明衣流だよ」
俺と同じことは一通りできる……か。
こいつができると言ったらできるのだろう。
剣の使い方も彩色明衣流か。
同じ彩色明衣の剣の振りなら、二人で動くときもお互いの動きを理解できているはずだから連携も取りやすい。
天音の口からでた彩色明衣をキーワードに伝えるべきことを思い出す。
俺が椅子から立ち上がり、前のめりに話す。
「――っ!彩色明衣で言わなきゃいけないことが――」
「ファルコンも彩色明衣を使うってことだね」
気づいていたか。
テーブルの上に置かれたミルクティーを見下ろすように俯き、呟く。
「その通りだ。映像が途切れてはいたがあの後に俺らは蒼燐花月をお互いに打ち合った」
「へぇ、蒼燐花月ね。悠理が一番得意な技じゃない」
両手を顔の前に組み、天音もミルクティーに視線を移す。
「悪い、取り乱した」
俺はもう一度椅子に腰かけて、天音に目を移す。
「俺があの場で勝率が低いって言ったのは覚えてるな?」
「うん、もちろん」
「それは、さっきの天音の言った通り俺の一番得意技である蒼燐花月が通用しなかったからなんだ」
脳の奥でファルコンと蒼燐花月を打ち合った場面が反芻され、右手が小刻みに震えて、背中に嫌な汗をかく。
目が泳ぐ俺を見て、天音は腕を組んで目を瞑って何か考える。
「うーん、そうだなぁ。天音さん良いこと思いついたよ!」
「はぁ?何だよ、飛び道具使った奇襲か?もし、ファルコンも第七能力保持者だったら、ダメージ通るか怪しいぞ?」
第七能力保持者には通常武器の効き目が弱い。
体内の星屑細胞から、漏れる光子が身体へのダメージを大幅に軽減するのだ。
そのため、俺らは防御よりも回避を重視するため軽装備だし、相手に対しても第七能力保持者であることを危惧して、光子をまとった武器の使用を優先し、通常武器はほとんど使わない。
俺はジト目で天音を見つめる。
天音はチっチっチっと腕を組んだまま、ピンと立てた人差し指を振る。
うぜぇ、こっちは真剣に話してるのに。
さっきまで頼りがいのあると思っていた幼馴染みがだんだんと不安に思えてきた。
「何かあるなら早く教えてくれ」
「教えてしんぜよう、対ファルコン戦における切り札を……」
天音の目が鋭くなり、空気が変わる。
切り札になり得る何かが今の俺の考えでは検討もつかない。
数秒を置いて、目の前の少女は口を開いた。
「……虹の七連撃を放つ」
え?
幻聴ではないよな。
「……天音、今、虹の七連撃って……」
「そう言ったよ。彩色明衣の奥義である虹の七連撃――皆希虹天が決まれば、悠理の前に立っていられる者なんて誰もいないよ」
漆黒の瞳で天音は力強く俺を見つめる。
俺の右手に握っているミルクティーのペットボトルが音を立てて凹む。
今の俺にあの技は無理だ。
できっこない。
「……懐かしい響きだな…………だけど、今の俺には再現できない、あの技は……もう当時の練度の一割も出せるかどうか……」
「理由を……聞いてもいい?」
天音は綺麗に整えられた黒髪を揺らして、俺に言葉の続きを促す。
「いや、話すほどのものじゃない」
「悠理はそう思うかもしれないけど、明日一緒に戦う私は聞いておきたい」
はぁ、天音にはかなわないな。
小さいときから俺はお願いすれば何でも自分の言うことを聞いてくれると思ってる。
あまり気乗りするような話じゃないが、仕方ない。
天音の真っすぐな視線から逃げるように、右下に目を向けて過去を語る。
「……三年前から、俺の視界から色が減ってきているんだ」
「色が……」
「勘違いしないでくれよ。何も失明したとか、しかかっているっていう話じゃないんだ」
一度、ミルクティーに口を付けて、間を取る。
「そうだな、どこから話そう……」
「焦らなくていいよ。悠理の口から、悠理のペースで聞きたい」
ミルクティーを握る俺の右手に天音の左手が重なる。
不安になっている人の手を握るのは天音の癖の一つだ。
ただ手を重ねているだけなのに、さっきまで早鐘のように鼓動を刻んでいた心音が、徐々に落ち着いていく。
三年前まで師範の下で剣を練習していた日々に思いを馳せる。




