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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
14/32

代表と内通者

「早苗さんは先の任務でこちらの予想以上に消耗してしまいました。そのため、こちらに帰還すると同時に安心して、すぐに眠ってしまいました。初任務が相当堪えたのでしょう。起こそうとしても深く眠ってしまっていて、まるで起きる気配がなかったので欠席です。作戦概要は起き次第、私の方から再度説明するのでご安心ください」

 早苗の第七能力(セブンス)は消耗が激しいのは理解していたつもりだったが、そこまで消耗しているとは知らなかった。

 それなのに任務前に軽くとは言え、模擬戦闘時に使っていたし、ファルコンを補足する際にも連続で使わせてしまった。

 幼い身体に無理を強いてしまった俺の責任でもある。

「二つ目の質問ですが――」

「次の質問に関しては俺が説明するよ」

 隊長がスクリーンから体を反転させて、俺の方に向く。

「いいか、ユウ。簡単に言ってしまえば、俺は早苗の護衛だ。ファルコンは執拗に早苗の場所を探っていた。つまり、奴の目標は早苗であると考えられる。万が一があったら、困るからな。そのための護衛だ」

 確かに、あの時ファルコンはメスのヒナ鳥――恐らく早苗を狙っていた。

 どうして早苗をつけ狙っているのかは想像できないが、無防備にするのは良くない。

 賢明な判断と言えるだろう。

 だが、話を詰めれば詰めるほど疑問点が湧いてくる。

「どうして、実力の高い隊長が護衛に回るんですか? それにこんな少数精鋭じゃなくたって、もっと人数を割けば、敵だって簡単に捉えられるんじゃ――」

 向かいから、大きなため息が聞こえた。

 目の前に座る茶髪の天才少女はサイドテールの毛先をいじり、こちらに一瞥もくれずに告げる。

「はぁ、何も分かってないんだね。さっき、藍吏(あいり)は君を聡明と言っていたが私はその評価は気に入らないな」

 この人は何を言って――。

「駄目だよ、のぞみ。あまり、笹宮くんをいじめちゃ。さっき起きたばかりでまだ上手く頭が働いてないんだから、私の口から話すよ」

 のぞみさんの肩に手を掛けて、代表は優しく嗜める。

「藍吏、ここからは私に任せてくれないかな?」

「承知しました」

 代表の発言に藍吏さんは一歩引いて答える。

 瞬間、代表がずっとしていた柔和な表情から一転、年相応の貫禄と威圧感のある表情に切り替わる。

 まるで重力が等倍から三倍ほどに切り替わったように場の雰囲気もさっきまでと比べものにならないくらい重くなる。

「いいか、笹宮くん。今から私が話すことは口外厳禁だ。守れない場合は組織内裁判にかけて、君を処刑せざる負えなくなる。守ってくれるね?」

 代表の深紅の双眸が俺を捉えて離さない。

「はい」

 と言わざる負えない。

 言わなければ俺の安い命などこの場でどうにでもなってしまうのだから。

 決して大きくはない。

 されど、テーブルを囲む者たちすべてに伝わるように、俺らの組織の代表は告げた。


「我々の組織――八咫烏(やたがらす)内に敵に情報を漏らしている内通者がいる」

 

 力が抜け、椅子に深く腰掛けて天井を仰ぐ。

 合点がいった。

 だから、代表を除いた他の上層部の人間やチームの皆んながこの場にいないわけだ。

 視線を他のメンバーに移す。

 他のメンバーは既知だったのか察していたのかで、あまり衝撃を受けているような印象を受けない。

 隣に座っている天音も冷めた目で代表を捉えている。

「笹宮くん、代表の仰る通りです。そのため、我々は現時点で容疑がかかっていないこの少人数で動かなければいけないのです」

「理解しました。ご説明ありがとうございます」

 この場で進行を務める藍吏さんは、満足そうな表情を浮かべ、スクリーンを消した。

「それでは作戦決行は明日、十六時半からです。お疲れ様でし――」

「待って下さい、藍吏さん。俺の最後の質問が残っています」

 回答を得られる前に危うく会が終了するところだった。

 焦っている俺を隣の同い年の女子が笑って見ている。

「さっきで話し合いは終わったよ、笹宮少年。これ以上は生産性がないと私は考えるんだがね……」

「ユウ、その通りだ。お前はもう一度ファルコンと戦う。そんでもって、ボコして身柄を拘束する。単純じゃねえか」

 冷たくあしらうのぞみさんと簡単に言ってのける隊長。

 実際に戦闘した俺が勝てないと判断したから、こうも聞きたくもない質問をしているんだ。

 俺は酷い役回りを任されて項垂れる。

「ユウ、お前さっきの質問で自分が何て言ったか思い出してみろ」

「え?」

「お前はこう言った『勝算が低い』と。だが『勝算がない』とは言ってないよな。つまりだ、お前は絶対に勝てないとは考えてない。そうだろ、ユウ?」

 隊長が目を伏せていた俺の顔を下から覗き込見る。

 尊敬する隊長に思考の奥を読まれていると思うと、一抹の恐怖とそれに比べて比重の多い喜びを感じる。

「それに振り返って隣を見てみろ」

「え?」

 振り返った俺の左手を天音が両手で優しく包み込む。

 俺の左手を自分の胸に持っていき、当てる。

「悠理、あなたは一人じゃない。そのための私がいる。悠理一人では低い勝率かもしれない。だけど、私がいれば絶対に負けない。私が強いのは誰よりも悠理が知っているでしょう? どれだけ低い勝率だろうと私が百パーセントにしてみせる」

 天音の差し伸べてくれた両手の上から俺ももう一つの手を重ねる。

 柄にも無く、涙が奥から溢れてくる。

 人の手の温もりって、こんなにも心強いんだ。

 もう一度立ち向かう恐怖とは決別し、身体の震えが止まる。

「ありがとう、天音。お前とだったら、もう負ける気がしない」

 上手く笑えただろうか。

 挑む前から泣き顔なんて見せたら、この先一生馬鹿にされ続けるからな。

「ところで、笹宮少年。君はいつまでこの公衆の面前で同級生女子の手を握り続けるつもりかい? そういったことはこの会が終わった後にでも二人でゆっくりやってもらいたのだが?」

 途端に嫌な汗が吹き出し、慌てて手を離す。

 のぞみさん以外の他の三人はずっとニヤニヤしている。

「それに強敵に立ち向かう少年少女よ、君たちには私と藍吏の二人からもささやかながらプレゼントを授けよう」

「プレゼント?」

 天音が頬に指を当て、首をひねる。

 のぞみさんのことだ、きっとロクなもんじゃない。期待だけしないでおこう。

 藍吏さんからのプレゼントは気になるな。のぞみさんとは正反対でいつもやけに俺にだけは優しくしてくれるし。

「この場が終わってからで構わない。今日のうちに私の研究室に来てくれ」

「はい、分かりました」

 のぞみさんは紛れもなく世界が認める天才だ。

 その天才が与えてくれるプレゼントはどんなものだろうか。

「さて諸君。今日はこの辺でお開きとするか。今日張り切り過ぎて明日の作戦に支障が出たら本末転倒だからね。各自、明日に向けて休養に努めてくれ、解散」

 のぞみさんと藍吏さんは全員分のカップを片付けて、早々にこの会議室を出て行ってしまった。

 まぁ、ほとんど片付けたのは藍吏さんでのぞみさんはやっているフリだったのだが。

「またな、ユウ。今日はご苦労さん。明日もまた頑張ろうぜ」

 俺の左肩に手で重みを加えて、直属の上司もまた会議室を後にした。

 元々、だだっ広かったこの会議室に三人だけが残されて、さらに広く感じる。

「笹宮悠理くん、紺野天音ちゃん」

 俺らが軽く挨拶でもして、退室しようと思った矢先、代表に引き留められた。

「どうなされましたか?代表」

 紅隴代表はいつもの穏やかな声音で言葉を続ける。

「私からはあの子たちみたいに君たち二人に何かを与えることができない。だから、一言だけ、明日手を血に染めた犯罪者に立ち向かう君たちに言葉を送るよ」

 俺と天音はお互いに目配せをした後に、代表に頷く。

 代表は老体とは思えない程、力のこもった深紅の瞳で俺たち二人を見つめ、そして告げる。

「皇族直属特別公安組織八咫烏代表、紅隴捧親(くろうささちか)が笹宮悠理、紺野天音両名に命じる。先の戦いにおいて勝利をおさめろ!」

「「はっ!」」

 俺と天音は即座に左ひざをつき、左手を腰に回し、右手を軽く握り地面につく最敬礼の姿勢を取った。

 頭の上にしわの寄った手を乗せられ、恐る恐る頭を上げるとそこには孫の帰省を喜ぶようなどこにでもいる優しいおじいちゃんの顔があった。

 俺と天音は頭に手を乗せられたまま目を合わせる。

 こうして期待してくれる人がいる限り、俺らは何が何でも勝たなくてはいけない。

 頭から重みが消えた後、俺と天音は再度会釈し、会議室を後にした。

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