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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
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帰巣での身の振り方

「もう、やり過ぎでしょ!天方くん!加減ってのを知りなさい!相手は子どもなのよ、後遺症とか残ったらどうするの!」

「い、いや、だから何度も言ってるじゃないですか、ドクター。これをやったのは俺じゃなくてですね――」

「もう、言い訳は聞きたくありません!」

 何だか俺の両脇がすごく騒がしい。

 白髪初老で白衣を着た女性が隊長を激しく責め立てていた。

 今回の軍配は明らかに女性に上がるだろう。

 二人の話し声はまだ完全に覚醒しきっていない俺の頭にガンガン響く。

「それにしても、ドクター、こいつの回復力どう見ますか?」

 白衣を着た初老の女性――ドクターは顎を手で触れて、神妙な面持ちで寝ている俺の顔をまじまじと観察する。

「……その点なんだけど、まだ明かせない。組織から情報規制が敷かれているの。ごめんなさい。ただ私から言えるのは、この子は少しだけ他の子と違う所が存在するということだけね」

 隊長はドクターの言葉を訊いて、ニヤリと笑い呟く。

「……他の子とは違う……ですか。俺たちは皆んな違いますよ。他の奴らとは」

 俺の頬はぐにゅっと隊長の両手で掴まれた。

 そのまま四方八方に頬を掴み、引き伸ばされる。

「んぐ、んぐぐぐぐ! たいひょう、いたいれふ」 

 隊長は俺の声を軽く無視しつつ、ドクターに声をかける。

「ドクター、それ以上の説明はもう結構です。こいつ、起きてたんで。もう連れて行きますね?」

 ドクターはキョトンとした顔で俺を見ている。

「え、あっ、ええ。構わないわ。怪我人なんだから大事に扱うのよ!」

「……ははっ」

 そんなドクターの言葉に隊長は笑って返した。

 その笑顔が怖い。「……ははっ」ってなに?俺マジでこの先大丈夫なの?助けてよドクター!この人引き留めて!

「ユウ、起きろ。服はそのままでいい。スリッパだけ履いて俺に付いて来い」

 俺は諦めて、ベッドから身体を起こす。

 隊長は相変わらず、いつもの黒いジャケットを身にまとっていたが、俺は腰の辺りだけを紐で留められた上下がつながっている真っ白な患者服だった。

 スリッパを履き、腰掛けていたベッドから立ち上がると、頭がズキリと痛んだ。

 先のファルコンとの戦いで頭に相当重いのを食らったのだろう。

 俺のことなど我関せず、隊長は医務室のドアを開け、廊下に進んで行く。

 俺も隊長に続いて、お世話になったドクターに一礼し、医務室をあとにする。

 部屋の外に出ると無機質な真っ白な廊下が続いている。

 一面が白い景色なだけに、黒いジャケットを着た隊長がよく目立つ。

 自分も廊下と同じ真っ白な格好をしているために、隊長が視界から消えたとき、自分すら見失ってしまうような、そんな考えが頭をよぎる。

 五分ほど二人で黙って歩き続けた。

 俺と隊長はどこに向かっているのだろう。

「緊急作戦会議に向かう、お前の胸に付けてあったカメラで大体の事情は把握しているつもりだ」

 隊長は自分の左胸を親指で指さし、告げる。

 言葉に出す前に隊長は時おり、答えてくれる。

 最初のうちこそ、エスパーか何かだと思っていたが、隊長の場合は人を見る目が異常に長けているらしい。

 今回は差し詰め、俺の不安そうな表情から何を思っているか読み取ったと考えて間違いないだろう。

「……流石ですね、隊長」

 やはり、この人は一枚も二枚も俺よりも上手だ。

「……ユウ、詳しい話は後だ。今から上層部を踏まえた緊急の会議を行う。分かってはいると思うが、くれぐれも下手を踏むなよ」

 隊長はそう言い残して、目的地である荘厳な扉に三回ノックし、手を掛けた。




「いらっしゃい、天方柊くん、笹宮悠理くん」

 開口一番に初老の老人が柔和な表情を浮かべ、出迎えてくれた。

 二十人以上は座れそうな楕円のテーブルには先ほどの初老の老人と女性が二人の計三人だけが、腰かけていた。

 煌びやかなシャンデリアと存在感のあるシックなテーブルに似合わないメンツだ。

「天方、笹宮、両名馳せ参じました」

 隊長がかかとを揃え、後ろに手を組み、姿勢を正す。

 俺も同時に隊長に倣う。

「いいよ、楽にして。私の側に腰掛けなさい」

 老人はニコニコして、自分の隣の席に手招きする。

「天方くん、笹宮くんは紅茶でいいかな?」

「いえ、お構いなく」

 慌てて隊長が返事をした。

 そんな光景を老人は温かい目で見つめる。

「のぞみ、人数分紅茶を入れてくれるかな?」

「何言ってんだ紅隴(くろう)。ジジイのために割いてやる私のエネルギーリソースなんて微塵もねぇよ」

 白髪の老人――紅隴の隣に座る少女は頼みをノータイムで断る。

 紅隴はそんなのぞみの答えにもニコニコと受け流す。

「うーん、残念。じゃあ藍吏(あいり)お願いするよ」

「承知いたしました、代表」

 先ほどののぞみとは正反対の答えをする名前と同じ藍色の髪を持つ細みの女性が紅茶を入れに席を立つ。

 藍吏が席を立つ瞬間、俺に目を配った。

 紅隴の穏やかな瞳とは違う悲しい目。

 それを見たのぞみは茶髪のサイドテールを肩にかけ、テーブルに両肘をつき、明らかにこの場にいることが不満の態度を示す。

「お茶会をしに来たんじゃないぞ、紅隴。さっさと本題に入らないと私は離席する」

 席を立とうとするのぞみの前に藍吏が淹れたばかりの紅茶を置く。

「のぞみ、あなた暇でしょ? 代表の迷惑になるようなことしたら、もう遊んであげないんだからね」

 藍吏の言葉にのぞみは着ていた白衣を震わせて、ゆっくり藍吏に顔を向ける。

 藍吏は無言で笑顔を向けて、のぞみにプレッシャーをかける。

「分かった?」

「……はい」

 返事を聞いた藍吏は持っているトレーから、湯気が出ている紅茶が入ったカップをそれぞれの前に置いていく。

「さて、準備も整ったことだし、少しおしゃべりでもしようか」

 紅隴はこれから本当にお茶会でもするような声のトーンと態度で会を進める。

「まずは映像を皆んなには見てもらおうかな」

 言い終えたと同時に俺らの前の白一面だった壁に画質の粗い映像が映し出された。

 さっきの俺とファルコンの戦闘の一部始終が流れる。

 俺は戦闘時の痛みがフラッシュバックして、身体のあちこちに熱をもつ。

 紅隴と藍吏の二人は深く腰掛けて、悲しみの表情を浮かべながらも、決して映像からは目を離さない。

 一方、隊長とのぞみさんの二人は前のめりになって息を荒げている。顔も少し上気しているように見えるのは気のせいだろうか。

 何で同じ映像を観てもこんなにも反応が違うのだろう。

 共感し、俺の痛みを自分のことのように捉え、悲しみに暮れる常識人の二人と俺とファルコンの二人の動きを必死に目で追って、興奮するバトルジャンキーの二人。

 とても同じ組織に属する人間とは思えなかった。

 俺は同じ組織に属しながらも、反応がまるで違う双方を見て、苦笑いをした。いや、実際は苦笑いをしたつもりが、表情筋が強張ったただの顔の引きつりになっただろう。

「どうした笹宮少年。警棒で叩かれ過ぎて、ついにおかしくなってしまったのか?ん?それとも生粋のマゾヒストの血が騒いで、条件反射で笑ってしまったのかい?」

 のぞみは面白そうに紅茶に口を付けて、俺を覗き込み煽る。

「のぞみ」

「……ぁぃ」

 藍吏の一言で、威勢の良かったのぞみはすぐに大人しくなり、借りてきた猫のように小さくなる。

 映像のファルコンは何度も何度も俺を警棒で殴り、そして映像が途絶えた。

「……以上が先の笹宮と鳥の面――ファルコンとの戦闘でした」

「笹宮くん、お疲れさま。改めて満身創痍の身体でこの場に出向いてくれたこと感謝するよ」

 紅隴は俺の全身に視線を動かした後、労った。

 組織代表である紅隴の労いと感謝の態度に俺と隊長は時間をかけて深く頭を下げて応えた。

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