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月夜烏は虹に舞う  作者: 遠藤紫織
11/32

世界を完結させる者

「……まだ、だよ。ヒナ鳥くん」

「なッ――!」

 俺の渾身の一撃はすんでの所で警棒の腹で止められていた。

 つばぜりあう光粒子刃(フォトンエッジ)と警棒。

 最大出力のパラライズのせいか、普段よりも激しく光子が零れ落ちる。

 俺の動きが完全に静止したことにより、剣戟に込められていた遠心力と体重の力は消え失せてしまった。

 不利を感じた俺は、刀身の上で警棒を滑らせて、受け流し、再度距離を取る。

「しぶといな、鳥仮面。最大出力のパラライズをもろに腹に食らったんだ。もうそろそろくたばって楽になったらどうだ?」

 鳥仮面はパラライズを浴びた脇腹に手を添えながら、呼吸を整えてこちらを見据える。

「一撃くらったのは完全な俺のミスだ。決して君の剣技が優れていたわけじゃない」

 そして、ゆっくり俺の顔と右手に持つ光粒子刃を順番に指差して、嬉しそうに、だけど信じがたそうな、変声機でくぐもった低い声で言う。

「へぇ、君がそうなのか。まだ可能性の域は出ないけど、確率は十分に高そうだね」

 次に鳥仮面が何らかの攻撃をしてきた際に対応できるようにするため、剣を傾け、身体の中心線を通るように、防御の構えを取る。

「俺が何だって? おあいにく様、俺は何者にもなれてない、しがないただの中学生だよ」

 鳥仮面は手を肩より、高く上げ残念そうに首を振る。

「ただの中学生はこんな戦い方しないよ。君の名前は俺たちの中ではそこそこの有名人なんだよ……彩使い(いろつかい)の剣士くん?」

 俺は息を飲む。また情報がどこからか漏れている。

 彩使いの剣士。鳥仮面は確かにそう言った。

「俺のことはよく知っているんだな。だが、俺の剣技はまだ把握しきれていない……そうだろ?」

 鳥仮面は相変わらず、楽しそうに笑う。

 こいつが笑っている間に俺は先の剣戟で乱れた呼吸を整える。

「俺が君の剣技を把握しきれていない?悪い冗談はよしてくれよ。君のことは良く知っているよ。素性も過去もそのほとんどをね」

 言い終えるとともに、上段から警棒を何度も振り下ろしてくる。

 かろうじて、かわし、受け流し、地面を転がりながらも致命傷を避ける。

 攻撃をすんでのところで避けながら思考する。

 どうしてこいつは俺のことを知っている?

 俺をくまなく調べたか?

 それとも、俺の知り合いの一人か?

「お前はなぜ俺を知っている?」

 暗い路地裏の乾いた空気の中、俺の声だけが静かに反響した。

 その直後、剣戟が止まる。

「……本当に分からないんだね、笹宮悠理……」

「いいから答えろ、犯罪者。なぜ俺を知っている?お前は俺の何なんだ?どうして市原ケイジを殺した?」

 鳥仮面は左腕に付けていたシルバーの腕時計を覗き込む。

「……んー、そろそろ時間だよ。そうだね、最後に君のとっておきの技を見て今回は終幕(エンドロール)といこうかな。俺もその技で君の質問の答えとしよう」

 もうこいつとは会話の必要性を感じない。

 捕縛した後にでもゆっくりと聞けばいい。

 呼吸は整った。次で決めてやる。

 息を深く吸って、右手に握った光粒子刃に最大量の光子を流し込み、腰下に構える。

 彩色明衣流(さいしきあかはりゅう)

蒼燐花月(そうりんかげつ)」「蒼燐花月(そうりんかげつ)

 なっ――!

 双方が蒼い軌跡で描く、横八の字の三撃が光子を辺りに大量に飛び散る。

 高く舞う砂ぼこりと雷鳴を思わせるかのような炸裂音が響き渡る。

 砂と埃が舞った中、鳥仮面のシルエットを確認する。

 剣戟の衝撃で痺れた右手にもう一度、力を込めてフィニッシュの四撃目を振り下ろす。

「届けぇぇぇぇ!」

 お互いに身体を寄せるように放った四撃目が交錯する。

 つばぜり合いの中、光粒子刃から溢れ出した光子が頬を焦がす。

「何で、てめぇが彩色明衣流を使える?何処で会得した?」

「だから、言ったじゃないか。俺は君のことなら大体知ってる。無論、剣技についてもね」

 体格の劣る俺はつばぜり合いで徐々に押し負けていく。

 俺は瞳を翡翠に輝かせ、世界に直接干渉する。

 第七能力――風流操作。

 光粒子刃を風の膜で覆い、一時的に膂力をブースト、逆に相手の膂力をあらゆる方向に分散させる。

 抜ける! このままこの四撃目を通す!

 瞳の中の翡翠をより一層輝かせる。

「っけぇぇあぁぁぁ!」

 押し切れる。

 そう確信に至った瞬間、先ほどとは比べ物にならない力で剣を押し返され、大きくノックバックする。

「駄目だよ、ファルコン。ヒナ鳥一匹に手こずっているようじゃ」

 白い面に紅く頬を丸く塗られた女が俺と鳥仮面の間に立っていた。

 顔は面で見えないが、黒髪を腰まで伸ばしていて華奢に見える。

 男の鳥仮面と肩を並べて話していることから、相当の長身なのだろう。

 この華奢な体躯のどこから俺と鳥仮面の双方を吹き飛ばせるほどの膂力を出したんだ?

「わるい、クレイン。このヒナ鳥がなかなかにしぶとくて」

「こらっ! 人のせいにしないの!やることやったらすぐ撤退!そう私は伝えたはずです!」

 白い面の鳥仮面――クレインはその体格からは考えられないような、幼い声で茶色い面の鳥仮面――ファルコンに腰に手を当てて怒る。

「まったくー、上に怒られるのは私なんだからね!ほら、ファルコン、身体起こして撤収するよ!」

 まずい!逃げられる!

 さっきのノックバックの衝撃で大きい声が出ないが、空気を大きく吸い込んで無理やりにでも発声する。

「……っぁ、待…………て……」

「んー?」

 クレインが長い黒髪を振りながら、スキップして、壁にもたれ、項垂れている俺に近づく。

「ヒナ鳥くん、今回はここまでー。私たち今日はちょっと時間がないの。第二ラウンドはまた今度ねー」

 ひざを折り俺に高さを合わせて、頬に手を添えながら、頭を撫でられる。

 時おり、ふふっと微笑みつつ、よしよしと頭を撫でられ続ける。

 惨めなこと極まりない。今の俺にはこの手を振り払う余力さえ残っていないのだ。

「またね、ヒナ鳥くん」

 クレインはひざを伸ばして立ち上がり、こちらに背を向け、時間がない割にはゆったりとした足取りで、この場を去る。

「私は先に行くね、ファルコン。ちゃんとヒナ鳥くんに挨拶してからでいいから早く戻ってきなよ」

 そう言い残し、身体が一瞬ぶれるように見え、クレインは最初からそこにいないかのように忽然と姿を消した。

 消え失せたクレインを目で追っていた俺の頭が横からの強い衝撃で揺れた。

 口の中が切れて、血交じりの唾を吐く。

 どうやらファルコンに蹴られたらしい。

「……おいおい死体蹴りは……マナー違反だろ……?」

「ふんっ、何が死体蹴りだ。ヒナ鳥、てめぇはこうしてまだ力強く息してるじゃねぇか」

 ファルコンはライダースジャケットの内ポケットをあさり、ウイスキーでも入ってそうなボトルを手に取る。

 蓋を開け、一口あおる。

「なぁ、空見てみろよ。今夜は一段と星が綺麗だぞ。お前の最期にはもったいないくらいの輝きだ」

 ファルコンはボトルを片手に夜空を仰ぎ見る。

 続いて俺も、どうにか首を上に向け夜空を感じようとした。

「……間違いない。今日の夜空はたまらなく綺麗だ。一緒に見る相手が犯罪者じゃなかったらもっともっと綺麗だったかもな。それに最期じゃない。勝手に俺を殺すな」

 ファルコンはとくとくと項垂れる俺の頭に静かにボトルの中身をかける。

「ちょっ、ばっか、てめぇ、何するんだよ!」

 上から降ってくる液体を少しでも避けようと頭を振る。

「それだけ動く元気があるなら、お前はまだまだくたばらないな」

 ポケットに手を突っ込み、ファルコンは俺を上から覗き込む。

 顔が近い。俺が先の剣戟で光粒子刃を当てた部位から焦げた臭いが広がる。

 傷が確認できない?

 あの時確かに俺は光粒子刃を当て、傷を付けた。

 鼻の奥を突く焦げ臭さと光粒子刃を当てた時の感触はまだ右手に残っている。

 まさか、もう回復したのか……?

「お前、傷は――」

「ヒナ鳥、お前が聞きたいのはそんなことじゃないはずだ」

 胸に深い楔を打ち込まれたような気分だった。

 腹の奥が一気に重くなる。

 俺が聞きたいことは違う。

 恐らくこいつとの時間はあまりそう残されていない。

 視界の上にある茶色の鳥仮面を見据えて俺は問う。

「お前たちは何者なんだ?」

「俺たちは、いや俺は――」

 ファルコンは夜空に顔を向け、両手をゆっくりと力いっぱいに広げた後に握る。

 両手を握り、俺に目を合わせる。

 そして、また変声機のくぐもった低く重い声で一言。

「俺は世界を完結させる者だ」

 意識が遠のく。

 身体が意思に従わない。

 俺の視界が黒く染まった。

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