彩色の在り方
少し飛ばし過ぎたか? 反重力はその特性上、身体に大きな負荷を掛ける。高速移動の手段と言えど万能ではない。常に意識を集中させなければ、地面に向けて真っ逆さまだ。それに空気抵抗で身体も冷える。この点に関しては俺の第七能力でカバーできるが、戦闘になる前にあまり第七能力は使いたくない。俺の第七能力は早苗のように消耗が激しい方ではないが、少しでも温存しておきたい。
「日も落ちてきたし冷えてきた。いざというときに身体が温まってなくて戦えないようじゃ意味ないな」
俺は第七能力を使うことに決めた。
呼吸を整える。そして心の中で声に出す。
基礎、起動。
一秒も掛からず、俺の身体の周りを薄い風の膜が覆う。
これで反重力での高速移動の際の空気抵抗を大幅に減らすことができる。
チームの皆んなにはエアコンなどと言われ、馬鹿にされることは多いが、こういった使い方をしていると確かに言い得て妙だとつくづく思う。
確かに実践的ではないのは違いないと思う。それでも俺は第七能力に頼らないだけで俺の『風』の力はまだまだ実用的に使えると思っている。
第七能力の発現のほとんどは先天的なものであるが、俺は数少ない後天的に薬物投与で発現したタイプだ。
初めて、第七能力を使ったときの興奮は忘れない。
これで俺もチームの皆んなと同じになれる。任務のときに役に立てる。漫画やアニメのヒーローみたいにカッコよく活躍できる。そう信じていた。
だけど、俺の第七能力を見たある天才は苦笑いをして、俺にこう言った。
『うーん、君のアイデンティティーは第七能力だけじゃない! 第七能力以外のすべてを使って私たちに貢献してくれたまえ!』
何を言っているのかよく分からなかった。
しかし、それはチームの皆んなと模擬戦をしていて、すぐに理解できた。
あぁ、俺の第七能力ってちゃっちいんだな。
一年前の出来事を鮮明に思い出していた。
「もういい、そのことは。今は鳥仮面を捕らえることに集中だ」
ぶんぶんと一人首を横に振って、夕焼けが消えかけている空を駆ける。
そして、路地裏を全力疾走する鳥仮面を目で捉えた。
路地裏のため、人の気配はない。それに少し暗いが十分にスペースもある。剣を振っても問題ないだろう。
宙から一撃で決める。
光粒子刃にスイッチを入れ刀身を出し、右肩に構える。パラライズの強さは成人男性が失神する程度に設定しておく。
宙と地面との違いはあれど、鳥仮面ほぼ並走している俺にはまったく気づく素振りは見せない。
反重力を解除し、身体に重力が戻る。
息を殺し、落下に乗じて、位置エネルギーを加えた確実な一撃を食らわせる。
もらったッ――!
鳥仮面のうなじに向けて刃を振り下ろす。
瞬間、鳥仮面はこちらを振り返らずに警棒のようなものでこちらの刃を受け止めた。
「なッ!」
警棒との数秒のつばぜり合いに負け、俺は後ろに大きく転がるように飛ばされた。
嘘……だろ……?
あいつは背中にも目がついてるのか?
「もう追いついて来たのか、ヒナ鳥にしては悪い判断じゃなかったな。ん?もう一匹の孵化したばっかりのメスのヒナ鳥はどうした?」
ヒナ鳥。それは俺らのチームを馬鹿にする際に使う表現だ。
皇族直属特別治安維持組織、通称八咫烏。
それが俺の所属している組織の名前だ。
この八咫烏という名前からなぞらえて、俺ら年少組はヒナ鳥と揶揄される。
「お褒めに預かり光栄だよ、犯罪者。あいにくだが、お前はそのヒナ鳥に捕縛される。もう一匹のヒナ鳥など知らない!」
今度はさっきよりも体重を乗せた振りを水平方向に打ち込む。
「おいおい容赦ないな!とぼけるなら、それは構わないけど俺らが欲しいのはお前じゃなくてメスの方のヒナ鳥なんだけど」
俺の剣を警棒で軽く受け止めながら、涼しげにつぶやく。
明らかに高い声。恐らくマスクの中に内蔵してある変声機でも使っているのだろう。
一度、切り払い十分な距離を取る。
力も足りない、反応速度も相手の方が一枚上手。
こうなったら、俺の幾重にも及ぶ剣戟で相手の速度に勝るしかない。
「……目の色が変わったね。何を見せてくれるのかな」
膝を落とし、刀を下段に構える。狙うはひざと脛、そしてアキレス腱。
彩色明衣流。
「紺兎覚撃」
脱兎の如く低姿勢で、鳥仮面に近づいた俺は斜め上の切り上げ、水平方向の切り払いからの突きで、左ひざ、両アキレス腱、右ひざの順にクラッシュを狙う。
初撃こそかすりはしたが、二撃目、三撃目は先ほどと同様に弾かれた。
突きの一瞬の硬直を鳥仮面は見逃さず、右手首を掴まれた。
掴まれた手の握力で俺は剣を落とす。
落とした剣は俺からの光子の供給が途絶えて、刀身が消えた。
鳥仮面が顔を近づけて、言う。
「今のは少し危なかったよ。おかげで膝のあたりが少しチクってなったんだけど。凶暴なヒナ鳥は可愛くないぞ」
鳥仮面は俺が落とした刀を器用に足で弾き、宙に浮かせて、もう片方の手で掴む。
やけに足が器用だ。
「へぇ、これ何て言うの?俺がスイッチ入れても点かないんだけどー?」
当たり前だ。万が一にも悪用をされないように、光粒子刃は個人の手のひらの静脈と虹彩認証によってロックが解除されるように作られている。
俺がくらわせた左ひざを叩いて具合を確認してから、鳥仮面はもう一度俺を投げ飛ばす。
「うッ!ぐらぁッ!はぁはぁ……」
地面をみじめに転がり、何とか受け身を取る。
鳥仮面はループシュートの要領で俺の胸元に光粒子刃を蹴り飛ばす。
「俺が使えないおもちゃはいらなーい。ヒナ鳥くんに返してあげるー」
返ってきた刀を右手に持ち、もう一度スイッチを入れる。もちろんパラライズは最大出力に上げる。
「ぜってぇ、俺に剣を返したことを後悔させてやる」
「ふふっ、ふふふふ。楽しみにしてる。もうそんな御託はいいから何回でもかかってきなよ」
鳥仮面は不敵な笑い声でこちらを誘っている。完全に舐めきっているような態度で、こちらに身体を向けている。
俺のことを舐めている。だが、油断はしていないといった状況だ。
さっきは足元への攻撃を見切られた。だから、今度は攻撃部位を散らす。
彩色明衣流。
「陽雫紫」
右肩への浅い突きのフェイントを入れてからの、真横への切り払い、そして勢いそのままに身体を回転させて三撃目を叩き込む技だ。
これなら、ガードのスピードにも対応することができて、フィニッシュは力で押し切ることができる。
いや、それだけではまだ鳥仮面の隙をつくことはできない。
眼の色を翡翠に輝かせて、第七能力を発動させる。
起動。
足元に空気の奔流を作り、初撃のブーストを図る。
「せぇぇいやぁッッ!」
一迅の風が空気を切る音が暗い路地裏に響き渡る。
鳥仮面は一瞬で脅威を感じ取ったのか素早くバックステップを取る。
逃がさない。
第七能力で風を足裏に重ね掛けして、鳥仮面の間合いに入る。
一撃目の浅い突きは警棒で弾かれる。
だが、受けられることを前提に放った一撃のため、ノックバックは当然、ほとんど起こらない。
「――ッ!遅い!」
ワンテンポ遅れた鳥仮面の受けを待たずに、脇腹に一閃する。
「ぐへァァァ! ガァァァァァッ!」
鳥仮面は最大出力のパラライズを脇腹に受け、変声機で異様に高くなったうめき声をあげる。
黒のライダースジャケットの焦げる臭いが鼻腔に入る。
重力に身を任せて、後ろに倒れこもうとする鳥仮面に陽雫紫の最後の一撃を食らわせるため、身体を回転させ、遠心力と体重を乗せた刃を先ほどと同じ太刀筋で振るう。
これで、終わりだ。




