03 神隠し
不穏な気配のする話。
「人ごみって何に例えられる?」
……そんな質問をされたから、僕は僕なりの解釈を分かりやすく例えて話す事にしょう。それにしても、急にいきなり、どうしてそんな話をしてきたんだろうか。まあ、いいか。暇つぶしに馬鹿馬鹿しい話をするのも、僕等にとってはよくある事だ。
人ごみというものには魔力がある。
ふとした瞬間に、一瞬だけ、ほんのちょっとだけ目を離した隙に、人を隠してしまうのだ。
あれは人工の神隠しもいえる。
歩けば数秒ごとに人とぶつかる様な人ごみの中。 小さな子供と一緒に歩く時はどうか注意してほしい。
驚くほどの人工密集地帯で、ひとたびつないだ手をほどいてしまったら、あなたの大事なお子様が、同じ場所でお行儀よく立っていてくれるとはかぎらないからだ。
しかし、もし、気を付けていたとしても大事なお子様が視界から消えてしまったならばどうすればいだろう。
よく首をひねって、頭をまわして。 その人工的な神隠しに、挑まなければならない。
人工とはいえ、仮にも神隠しだ。神様はどこに子供を隠したがるだろう。 子供を返してもらいたいなら、あなたはどう行動すべき?
大抵の人は、神様に挑もうなんて考えもしないはず。 ご機嫌取りに、お土産でも渡そうかと考えるだろう。
あなたはどうするのかな?
どうするにしても、人間に出来る事なんて些細な事だ。 過程が変わっても、結果は同じ。
怪異に出会い、神様を敵に回した時点で哀れな人の末路など決まっているのさ。
「ふぅん」
……僕の話を聞いて、彼女はつまらなさそうな顔をする。
「それで、私の姿を見失った事も、そうだって言いたいわけ?」
……唇をとがらせた顔で、不満げにいる彼女は要するに拗ねているのだろう。僕がうっかり彼女の手を離してしまって、見失ってしまった事を。
「ごめんですんだら、こんなに怒ってないわよ。もうっ。ご機嫌取りして! 神様へのお供物用にジュース一本!」
……ジュース一本ですむ怒りは、普通ごめんですむようなものだと思うんだけどな。ああ、このために僕に話をさせたのか。最近土地の神様について研究してたから。はいはい分かったよ神様のためにね。
「ごちゃごちゃいわない。ほら、急ぐ急ぐ!」
……そんなに急かさなくても、と言って。僕は歩き出す。その時に、うっかり掴んでいた彼女の手を放してしまった。いけないいけない。 こういう所があるから彼女を怒らせてしまったというのに。僕はぱっと振り向いて謝ろうとした。でもそこに彼女はいない。つい一秒前までそこにいたというのに、 これではまるで神隠しだ。脳裏によぎった可能性に、まさかと首をふる。きっと、人ごみにもまれてどこかに移動してしまったのだろう。さっさと探さないとジュースもう一本追加になりかねない。僕は彼女の名前を呼びながら、早足で歩き回った。