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勇者、探す

そうして、エステルはジークの住んでいる安アパートの部屋でぺたんと座って、買ってきたお菓子を食べていた。


ジークはというと、さっきからソワソワと落ち着きなく、そこら辺を動き回っていた。部屋に転がっているゴミを片付けたり、整理したりと。


まあ、無理もない。幼馴染とは言え、エステルと最後に会ったのは10年以上も前で、覚えているのは子供の時の姿しかない。正直、とんでもないほどの美少女に育った19歳のエステルはジークにとってはほとんど初対面みたいなもの。


だから、改めてジークは緊張していた。


「それで、説明はしてくれるのか?」

「説明って何よ?」

「色々、話はあるだろ。そりゃ、勇者なんだし」


軍人の中の軍人である、勇者である。正直、色んな困難があるとは思う。


「説明、そうね。話したい事はたくさんあるわね。」

「いや、でも言えない事は言わなくていいぞ。」


「勇者だし」と言葉に続けるように言う。しかし、エステルは


「別に話すわよ」


至って、普通の表情。


「それに、私の事は知ってるでしょ?」

「知ってる?」

「勇者としての私の功績の事は」

「魔王の四天王のうち、三人を打ち取って、大陸のほとんどを魔族から奪い返したって事」

「そうね。補足するとすれば初陣が16歳の時だから、だいたい3年くらいで魔族を大陸からほぼ一掃したって言う事ね。」

「改めて、すげえな」


何千年も魔族の方が強くて、人間はずっと押され続けていた訳だ。たくさん人が殺されて、領土もどんどん侵略されて行ってと言う風に。そうして、人間と魔族が何千年もかけて積み上げた歴史とか力関係とかがひっくり返された訳だ。たった、一人の少女のせいで。しかもたった三年で。


「勿論、私だけの力では無いけどね。」


そう涼しく取り繕うのが、エステルをより本物の勇者っぽく見せている。だけど、というかだからこそ、


「なんでこんなところにいるんだ?」


と、ジークは疑問を押し付けた。


「簡単にいうと、勇者辞めたのよね」

「え?」

「いや、もっと言うと、これから辞める予定ね。」


勇者というのが辞められるのかどうかは置いておいて。


「そりゃ、また。なんで?」

「だって、勇者をしてたら結婚できないじゃない」

「うん?結婚?」


急に段違いな方向に飛んだ話を聞き返す。


「だって、勇者をやってたら、魔物を倒すために大陸中を移動しなきゃダメでしょ?そんなの結婚になんてならないじゃない」

「それは分かるんだが、結婚する相手がいるの?」


すると、エステルはすっと指を伸ばして、ジークの事を指差す。


「うん、あなた。」

「え?え?どういう事?」

「だって、約束したじゃない?結婚しようって」

「小さい時の約束だし、それに10年間も会ってないんだぞ?」

「そうね。ジークにはそこが疑問かもね。」

「え?」


グーと首を伸ばして、エステルはジークの買ってきたお酒に手を伸ばす。


「私はね、10歳の時に勇者として、王都に呼び出されたのよね」


「魔族とか魔物を殺すマシーンとしてね」


エステルはぐいっとお酒を飲む。


「私は勇者で、色々なものを制限されたわ。お酒だってそうだし、故郷に帰るのも同年代の女の子たちと遊ぶのも、好きな人と交際をするのもダメだった。

だから、思ったのよね。3人目の魔王の四天王かなんかを倒した時に、私、このまま一生、魔族を殺すためだけに生きていくのかなって。」


「で、逃げ出したのか?」


淡々とした口調でジークはエステルに問う。


だが、ジークは少し不思議に思った。もし、今のエステルの気持ちがエステルが言ったものだとしたら、エステルが勇者の仕事から逃げ出したのは突発的なもので、すぐ勇者の仕事に戻るのではないかと。ジークが知っている限り、というか噂で聞く限り、エステルは真面目な少女だ。いつだって、訓練を怠らず勇者の仕事を行なってきた責任感の強い人だ。


それに、エステルは勇者が彼女以外にできないと知っているから、絶対にすぐに勇者の仕事に戻るものだと。

じゃあ、なんで彼女はここにいるんだろうと、ジークはそのエステルが食べ散らかしたお菓子を片付けつつ、そう思った。


「そうね。それで、勇者から逃げ出して、これまでやった事のなかった事をやっていたの。買い物したり、夕日を見たり、走り回ったり。でも、それもそこまで楽しくはなかったわ」


「それで、ご飯だけ食べて帰ろうと思って、最後にあの料理屋に入ったの。なんか、お客さん達が楽しそうだったから。そうして、そこで、働いているあんたを見たのよね。」

「ふむ」

「その時に、思い出したのよ。私がなんで勇者を始めたのかとか、勇者の仕事を辞めずに続けてきたのかとかの根本的な理由を。」


そして、19歳の少女は全く同じ事を知っている。一人の少年すらいれば、彼女の世界は光

輝いて見える事を。


「世界を救うため?」

「そんなんじゃないわ。人間なんて、最悪だわ。勇者なんて言われてるけど、私はただの人殺しだもの」


エステルは飲み干してしまったお酒の瓶を壁に立てかけて、ジークの腕を手に取った。


「あんたよ。あんたと約束したからなのよね。勇者として頑張ったら、あんたがお嫁さんにしてくれるって。」

「はい?」


驚くジークと、ジークの腕を手で握ったまま離さないエステル。


「だからなのよね。私が頑張る理由もない、勇者を頑張ったのは。訓練だって、いつか結婚生活に使えると思って必死にやったわ。もし子供ができて、子供が外で歩く時に付けたら、危なくないだろうし、仲間の場所がわかる共鳴スキルだって、もし身に着けたらいつでもジークの場所が分かると思って、最大レベルにまであげたわ。勇者一行は基本、自炊なんだけど、それもいつかの結婚生活の為と思って、私が率先して引き受けたわ。」


「・・・・・・い、いや」


「そうして、10年経って私はやっとジークを見つけたわ。村が壊滅したと聞いていたから、ほぼジークは死んでいたものと思っていて、ジークを見つけた時は思わず、震えたわ。これが10年一生懸命勇者をやっていた特典かと思って。」


そして、エステルはこれまでの憂鬱な表情を変えて、ニコッと笑ってジークに告げる。


「だから、私をお嫁さんにして?」

「・・・・いや、待って。ちょっと落ち着こうぜ?」


刹那、エステルは表情が消え去った顔で。


「は?あなたもしかして、彼女・・・・いや浮気相手がいるの?」

「いや、いないけど。あと、彼女であってるからな。浮気相手に言い直す必要はない。」

「良かったわ。この聖剣に魔物とか魔族じゃなくて、人間の血も付くことになってしまうのかと心配してたの」

「いや、怖すぎなんだけど」

「じゃあ、なんでダメなのよ?」

「いや、ダメとかじゃなくて、落ち着こうな。結婚は重要な出来事だし、そもそも、俺らはまだ19だし。」


そうして、エステルは「ああ!」と呟いて、ジークに話す。


「もしかして、結婚式の事を気にしてるの?私はお尋ね者だし、あなたは親戚が生きていないから。それなら、結婚式は挙げなくて良いわよ。二人の写真だけ撮りましょう。それで、そのお金で新婚旅行に行くわ。私は勇者だから、たとえ魔族領でもどこでも行けるわよ。それに各地を旅してたから、良い観光場所も知ってるし。」


「待て。待て。待て。俺はまだ、何も言っていない。」


「もしかして、あなたって、交際しないと、結婚は出来ないっていう人?だったら、仕方ないわね。確かに、この10年は私とあなたは付き合っていたみたいなものだけど、厳密に付き合っていたというものではないものね。それだったら、今日からお付き合いを始めましょう。あ、あと、ちなみに、付き合ったら私は浮気を許さないからね。35歳以下の女の人と話した瞬間にあなたが爆発する魔法をかけるわ。」


「だから、落ち着けって。一旦。な?」

「何よ?」


エステルは話を遮られて憮然とした表情。


「あ、あの、その前に」

「だから、何よ?」

「もう一人女の人いたよな?お店の時にエステルの隣にいた人」

「ああ、アルミナの事?」

「あの人はなんなんだ?」

「まあ、うーん。ちゃんとした言い方がわかんないけど、私の奴隷ね」

「・・・・」

「冗談よ。冗談だって。私の直属の部下なだけよ」


大きく手を振って、否定する。


「で、どこにいるんだ?その人は」

「・・・・・外かな?」

「置いてきたのか?」


途端にエステルはジークから目線を逸らす。


「・・・・忘れてた」

「いや、普通忘れるか?」

「だって、ジークがいたんだもん。お店からジークが帰りそうだったからだもん」


確かに、急いで帰ろうとしていたことは事実だ。


「だったら、俺も悪いか。だけど、外に置いてくるのはないだろ。女の人一人じゃ危ないし。それにこんな季節に外にいたら、風邪ひくぞ!」


季節はまだ秋だが、今日はそんな季節が関係ないほど寒い。だから、追い詰められたエステルは、


「わ、分かったわよ!探してくればいいんでしょ?探してくるわよ!」

「いやいや、待てって」

「何よ?」

「俺も一緒に行くよ。話も途中で終わってるし。まだ、全然話足りないだろうから」


さっき脱いだコートをバサバサと振る。ちょっとしたゴミを払う。しかし、エステルは驚いた顔をしてジークを見つめていた。


「え?なんで?一緒に行ったらダメか?」

「いや、ジークって、そんな人だっかなと思って」


期待はずれというよりも不思議な感じの表情。


「まあ、いいわ。そりゃ、私が色々あったんだから、あなたも色々あったのよね。」

「・・・・まあな」


暗い顔を浮かべない様にとにっこりと笑う。


「じゃあ、行くわよ!」


そうして、ジークはエステルにほとんど引っ張られるようにして外へと連れて行かれた。


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