勇者、出会う
勇者エステル=マルガレーテは人類に残された最後の希望である。大陸のほとんどを魔王によって侵略されていたのを、人類がほとんどを侵略し返すまで盛り返し、魔王の四天王のうち3人を打ち取ったのは、全て勇者である彼女の功績である。
人類の英雄。世界で一番の有名人。
そうして、ジークはそんな幼馴染の大活躍をお店のお客さんの会話から聞いていた。
「しかも、勇者様は容姿すらも、神がかっているらしいぜ。」
「ああ。俺もそれを聞いたぞ。透き通る様な金髪と真っ白な肌。ずっと戦場にいるのにも関わらず、そんなに綺麗なのも信じられないよな。」
「天は二物を与えずって、あれ嘘だな」
「はっはっは。そう考えると、うちのかみさんなんてなあ」
楽しくなってきたのか、周りにも聞こえるような大きな声で話している。
「ただ、勇者様にはこれがいるらしいな。」
そうやって、一人のお客さんは自らの薬指を指す。
「これって何だよ?」
「恋人だよ。恋人。なにやら結婚を約束した人がいるとか言って、男を近づけないらしい。」
「かあー。そりゃまた、約束してる男も羨ましいなあ。」
「でも、結局、勇者様は王子様と結婚すんだろ?」
「当たり前だろ。結局、金だよ。金。」
正直、田舎でトウモロコシを育ててたジークから見ると、「勇者様、凄えなあ」という感想しかない。
ただ、結婚の約束というのが本気の婚約だけではなく、小さい頃にした本気かどうかもわからない物ならジークもしたということになるのだろうか。
どこかでどしんと誰かが椅子から落ちた音がしたが、食器が割れる音がしなかったから大丈夫だろう。
だけど、そんな話を続けていた、お客さん達の一人がポツンと言った。
「でも、今、西部の攻略が止まっているらしいな?」
「おい。バカ!それは軍の情報だろうが。」
「あっ。やべ!」
「お前もあの門兵に聞いたのか?」
「あいつ、あんなに色々言って大丈夫か?」
だけど、ジークは常連のお客さん達がお互いに「今の話は聞かなかった様にしよう」と言っているのを見ながら少し不思議に思った。人間は魔王を追い詰める最終局面に入っている筈だし、それに最重要戦力である勇者様を加えない訳がない。だから、勇者様に何かあったんだろうかと。
だけど、それについて考えている間に店長からの声がかかった。
「ジーク。5番のテーブル。」
「あっ、はいい。」
大きく返事をして、常連のお客さん達からそう遠く離れた所にない5番テーブルに向かう。とりあえず、考え事はとりあえず後にして、今は仕事に集中しようと。
そうして、その5番テーブルには明らかにフードを深く被った怪しい人達がいた。一人は完全にこちらを見て固まっていて、もう一人はそんなもう一人を見て、多分驚いたような感じ。とはいえ、いかんせんフードを被っているような人達の表情は読み取りにくい。だから、ジークは最終的に業を煮やして、口火を切った。
「どうされました?」
「い、いえ、なんでも」
ちらっとこちらを見て、固まるその人。フードをこんなに被っていることからしても、かなり怪しいが、どんなに怪しい人がお客さんだったとしてもジークは店員だから、対応しなければならない。
「はい。ご注文をお伺いします。」
ジークはできる限りの笑顔で話しかける。だけど、その人は注文をするだけなのに何故かやたらと手間取って、そうして注文をし始めるまでにもやたらと時間がかかった。
「えっと、すいません。このシチューとパイとこのお魚も、あとこのパンも頂いてもいいですか?えっと、量は大盛りでお願いします。」
めっちゃ食べるなというのは置いておいて、口調から察するにこの人は女性みたいだ。それに何だかこんな感じは懐かしい気持ちがする。
注文を紙に書いて、大きな声で注文を店長に叫ぶ。そうして、戻ろうとしたジークの袖が思いっきり引っ張られて、ジークは少しよろめく。指先で引っ張られただけなのに、だいたい50キロくらいあるジークが躓いたということはこの人は結構、力があるのかもしれない。
そうして、そのフード姿の人はジークの顔に近づいて言った。
「お店、何時に終わる?」
「いえ、7時ぐらいかと。」
何でため口になったんだと少し戸惑うジークにも構わず、その人は話し続ける。
「そう。ならちょうど良いわ。」
「はい。うん?」
「良いから。それに、そのあんまり、見られると。その・・・」
恥ずかしそうに俯くフードに、ジークは「何なんだこいつ」と思いながらも、その不可解な客の事は置いておいて、全力でその後の仕事に取り組んだ。接客に厨房、掃除と料理屋は意外とやることが多い。要するに、やる事が終わらないと、定時に帰らしてもらえない。
ということで、ジークはきっちり残業していた。
「おし、ジーク帰って良いぞ。」
「もう、8時なんですけど。」
とは、言いつつすぐに準備をして、挨拶をしながらお店を出る。家に帰ったら、とりあえず文字の勉強でもするかなんて少し心の中に残しながら。そう考えたら、勇者様は偉大だ。勇者様が魔王をほとんど押し込めたから、勉強が意味のある時代になったのだから。
と、そんなことを考えながら、ジークは家の帰り道を歩いていた。だから、そのフード姿の人が俺の目の前で仁王立ちするまでは、完全にフードのことを忘れていた事に気付いた。
「遅い!」
「すいません!」
反射的に謝るが、よくよく考えたら、こいつ誰だ?という思いは拭いきれない。
だけど、そのフードは付いて来なさいとでも言うようにくいくいと指を振る。そうして、ジークはその後ろをついて歩く。それで、そのフードは人のいない道まで来るとやっと振り向いた。そうして、ゆっくりとフードを外す。
パラパラと長い金髪が落ちる。
そこに立っていたのは透き通る様な金髪と真っ白な肌をした、少女。いや、女性が立っていた。
「久しぶりね。ジーク」
「エ、エステル?」
驚くのも無理はない。
「何で、お前、こんな所にいるんだよ?」
エステルという女性はジークの幼馴染である。人の数そのものが少なかった、ジークの生まれ故郷の村では、ジークと幼い時に、類まれな才能があると判断され、ジーク達の故郷の村から王都へと送られていった少女である。
つまり、彼女は王都に住んでいるはずなのである。というか、今は大陸の西部で魔王軍と戦っているはずなのである。
だけど、その少女はそんな返事では満足しない。
「はあ?10年ぶりに幼馴染に会ったのに何よ、その返事。」
「いや、嬉しいよ。嬉しいけど。この状況じゃ喜べねえだろ。」
そして、ジークは思い出した。自らの幼馴染がその力に匹敵する様に、結構強引だった事を。と言うか、忘れていた。エステルは美しい見た目は成長したかもしれないが、元々の性格は全てを自ら中心で考える、暴君だったと言う事を。
「お前、勇者だろ?何でこんな所にいるんだよ?」
「ちょっと。声が大きい!静かにして」
「あ、ごめん。」
「もう、本当にあんたはダメね。やっぱり、私が付いてないと。」
「いや、何で俺がダメだしされてんの?」
エステルはフンとした口調で、ジークに告げる。
「とにかく、こんな所では話せないわ。あんた、自分の家は?」
エステルの言う通りで、今、この道は人がいないが、こんな魔物が蔓延る世界では、いつどこで人が聞いているかは分からない。
「じゃあ、俺の家に行くか。」
「そうね。じゃあ、あんたお菓子とお酒買ってきなさい。」
「え?」
「え?何よ。」
「いやいや、何で俺が使いっ走りにされてんの?っていうか、お酒飲むなよ。」
エステルはただただ、不思議な表情を浮かべたまま、ジークに尋ねる。
「でも、あんた遅れてきたじゃない。」
「まあ、仕事があったからな」
「10年振りに会った大切な幼馴染を放っておいて、遅れてきたじゃない。」
「いや、だから、仕事が」
「お詫びの気持ちはないの?」
「でも、エステルは気づいてたかも知れないけど、俺はお前がいるって全く知らなかったんだけど。」
「は?殴るわよ」
「はい。行ってきます」
ジークは急いで、お酒とお菓子を買いに行く。勿論、普段から店長や先輩達から使いっ走りにされているジークはそういう事には慣れているのだが、慣れているのと実際使いっ走りをするのが好きなのは別物だ。とはいえ、ジークはその短い時間でできる限り、エステルの好きそうな物を買って、更にエステルのお腹が空いた時の為に軽食まで買うという気配りまでしてエステルの元に戻ってきた。
でも、エステルは満足しなかった。
「遅い!」
「いや、これは仕方なくない?」
「もう、あんたはダメね、本当にダメだから罰を与えるわ。」
エステルは罰を与えるとか言っているのにも関わらず、楽しそうな表情を浮かべて、ジークに手を差し出す。
「だから、あんたは罰として、私と手を繋いで家まで連れて行きなさい」
「はいはい。」
ジークは笑いながら、手を握る。だけど、エステルは自分から言ったのにも関わらず、少し顔を赤くする。
「早く連れて行きなさいよ!」
「分かってるって」
そうして、道を知らない筈のエステルが何故かジークの前に立って、ジークを引っ張って歩く。それは、まるで彼女達の幼い頃の村での光景の続きのように見えなくもなかった。