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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.4 < chapter.7 >

 舞飛ぶ羽毛。

 肉も骨も残さず、羽根だけを残して消えてしまったカナリア。

 フワフワと揺れる黄色い羽根の只中に、キールとベイカーが立ち尽くしていた。

 言ってしまった言葉、聞いてしまった言葉の意味は分かるのだが、互いに、なぜこの言葉でカナリアの呪いが解けたのかが分からない。

「あー……キール? 今後のためにも確認しておきたいのだが、その大好きはどっち方向の『好き』だ? 単刀直入に、宝刀挿入か?」

「四字熟語っぽくプレイ内容を表現するなよ。そんなわけあるか。友情とかそっち系のアレだ」

「だよな? だが、なぜいまさら? 俺とお前がゲイ一歩手前レベルで仲良くしているズッ友であることは、周知の事実だと思うのだが?」

「ああ、そうだよな……っと。いや、そうか。だから俺は何も言えなかったのか……?」

「うん? なんだ? なにか、お前の言い分を無視するような言動があっただろうか。もしもそうなら謝る。教えてくれ」

「それだよ」

「それ?」

「お前が気を利かせてなんでも先回りしちまうから、俺は肝心な言葉を何も言えないままだったんだ」

「肝心な言葉とは?」

「カナリアの腹の中で、色々思い出した。思い出せた限り全部、ここでぶちまけていいか?」

「ああ。是非聞かせてくれ」

「叩いてゴメン。雨降ってるのに、追い出してゴメン。名前のこと、バカにしてゴメン。本当に酷いことをした。ごめんなさい」

「……はじめて会った日のことか?」

「そうだ」

「あれは俺が悪かったんだ。お前の秘密基地に、俺が勝手に入ったから……」

「そう。お前はあの時もそう言って謝りに来た。だから俺は何も言えなくなったんだ。お前がいきなり『大人の対応』でケジメをつけるもんだから……なんか、置いて行かれたような気がした」

「いいや。俺だって、全然大人じゃなかったさ。お前と仲直りしてもう一度遊びたいのに、どうやって謝ったらいいか分からなかったんだ。だから、執事やメイドたちに相談して、ああすることにした」

「なんだ。大人の入れ知恵だったのか?」

「当たり前だ。あんなの、子供が自分で考えつくワケないだろう? それに、俺だってあの時は、お前のほうが大人に見えて必死に背伸びしてたんだぞ?」

「俺が大人に? どの辺が?」

「俺のことを責めたり、許すための条件をつけたりしなかっただろう? だから、なんて器の大きい男だろう、って……」

「やめろよ。バツが悪くて、ほかに答えようがなかっただけだって」

「なんだ、そうだったのか? 全然知らなかったな。こんなに一緒に居たのに……」

「なあ、続けていいか?」

「まだあるのか?」

「高校の入学式で言えなかった言葉。『久しぶり! 元気だったか!? なんでそんな大人っぽくスピーチしてるんだよ! また俺より先に大人になりやがって! 俺を置いていくな!』」

「それはこちらのセリフだ! 俺はちっとも背が伸びなかったのに、お前はすごく大きくなっているし、顔も声もすっかり『大人の男』になっていて……正直、目の前が真っ暗になった! お前が、俺の手が届かないくらい先を歩いているような気がしたんだぞ!?」

「いや、逆だろ!? 俺はお前に追いつきたくて、頑張って『大人っぽく落ち着いたヤツ』を目指してたんだ。風紀委員とか弁論サークルとか、それっぽいものは一通りチャレンジした。それでもいつも、お前のほうが一歩も二歩も前にいたじゃないか!」

「違う! 俺だってお前に負けたくなくて、お前の出る大会は全部チェックしてエントリーした! 剣術以外は体格が良くて筋力がないとキツイ競技ばかりだったが、どうしても勝ち残って、決勝でお前と戦いたかった! でも、やっぱり駄目だった! 俺はいつだって初戦敗退だったんだ!」

「なんだよ! お前、俺のこと好きすぎないか!?」

「ああ、好きだ! 昔からずぅ~っと大好きだぞ!? どうして気付いてなかったんだよ!?」

「そっちこそ、俺の目標がお前だって分かってなかったのか!?」

「分かるか! だって! 俺とお前じゃ、何もかも全然違うし……っ!」

「……言ってみないと分からないことって、こんなに近くにあったんだな……」

「……キール。俺にも、まだお前に言っていない言葉がある」

「なんだ?」

「俺はもう、泣きながら雨の中を歩いた子供じゃない。いい加減、俺相手に手加減するのはやめてくれないか?」

「あー……それ、本気で言ってるのか?」

「本気だとも。俺はお前の本気が見たい」

「本当にいいんだな? その……自惚れではなくて、あくまでも客観的事実なんだが……今の俺が全力でやったら、ただでは済まないと思う……」

「誰に物を言っている? 『その条件』なら俺も同じだ。俺の目を見ればわかるだろう?」

「サイト……いや、今は『神』のほうか?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。それは貴殿も同じであろう?」

「ああ……不思議な感覚だ……」

 二人の瞳は血潮のごとき鮮紅色に変じている。互いに己の種族の始祖となった『神』と一体化している証である。

 キールは逡巡し、それから言う。

「それなら、やるか? 全力で」

「ああ、やろう。全力で!」

 拳と拳をぶつけ合い、二人はゴーレムホースに騎乗して大きく距離を取る。

 周囲にはまだ、自分の言葉を呟き続ける言霊たちがいる。だが、二人の目にそんなものは映っていなかった。

「英霊召喚! 《源氏武者》!!」

「英霊召喚! 《ヴァイキング》!!」

 地面に浮かび上がる無数の魔法陣。そこから出現したのは、古めかしい鎧を身に纏った戦士たちだった。

 源氏武者は騎乗し、刀と弓矢を装備している。対するヴァイキングは鉄兜とチェーンメイルに丸盾、バトルアックス。機動力と攻撃射程では源氏武者が圧倒しているが、ヴァイキングの装備は防御力が高い。手足が一部露出した大鎧、胴丸を想定したやじりでは、よほどうまく狙わないと攻撃が通らない。

 数はどちらも百程度。

 双方、指揮官はゴーレムホースに騎乗して軍勢の先頭に立つ。

「各々がた! 久方ぶりの『祭り』じゃ! 異国の武士もののふとの手合わせ、存分に楽しもうぞ!!」

「ピクニック気分のあの連中に、史上最強の強襲部隊を見せつけてやろうじゃないか! やれるよなぁっ!?」

 双方の陣営に上がる鬨の声。

 ベイカーとキールが掲げた剣を振り下ろした瞬間、両軍の英霊たちが動き出す。


 一斉に放たれる矢。

 はじめのうちは長距離射撃であるため、軌道は必然的に放物線を描く。

 ヴァイキングは頭上に盾を構え、矢印のような鋒矢ほうし陣形で突っ込んでくる。

 源氏武者は横一列にずらりと馬を並べ、間髪入れぬ早番えにより弾幕を形成。両軍の距離が近づくほどに矢の軌道は水平に近づき、威力は増す。するとヴァイキングの突撃の足は、嫌が応にも鈍ることになる。

 ベイカーはここで声を上げる。

「囲み込めえええぇぇぇーっ!!」

 両翼の武者が前進を始め、陣形は横一列の横陣からV字型の鶴翼かくよく陣へ。V字の内側に敵を囲い込み、前面と側面の二方向から矢を射かける。

 だが、このような包囲陣の突破を得意とするのがヴァイキングである。

「中央突破だ! 分断して食い荒らせ!!」

 頭上に盾を、側面の守りには大型バトルアックスを。

 構え方次第で盾同様に使える大型武器には、弓の名手である源氏武者たちも苦戦を強いられた。

 盾と斧の隙間を縫って射殺せた者は二十数名。そもそも死者である英霊たちは、致命傷を負った時点で跡形もなく消え失せる。

 目に見えて数を減らしたヴァイキング。しかし、先鋒の精鋭たちはまだ一人も消えていない。

「図体のデカさに騙されるな! 素早さでは我らに分がある!! 斧を振り抜いた背中を狙え!!」

 大型戦斧は破壊力と引き換えに機動力と俊敏さを捨てている。ベイカーの言葉に従い、源氏武者たちは斧を振り抜いた直後の無防備な背中を狙って刀を振るう。

 だが、ここで最大の障害となる物が鉄兜とチェーンメイルである。

 よほどの力でなければ刀でチェーンメイルを攻略することは難しい。馬で駆けながら振り抜く『斬撃』では、ほとんど攻撃が通らないのだ。

「くっ、この……もう一度っ!」

「やめろ! いったん離れろ!!」

 ベイカーの声は、残念ながら届かなかった。

 既に互いの間合いに入った状態である。いちいち馬に動きを指示する必要がある源氏武者と自分の足で戦場を駆けるヴァイキングとでは、『動き始め』の速度が違う。

「が……っ!?」


 源氏武者が馬ごと斬られて消えた。


 キールはこの機を逃さず、大音声に叫ぶ。

「所詮は四つ足の獣! 鼻先に立て! 行く手を塞げばそれまでだ!!」

 一気に高まる士気。

 兵士の体格は一回りどころか、二回りも三回りも違う。馬も源氏武者も非常に小柄であるため、騎乗した状態でも体の大きなヴァイキングと目線が並んでしまうのだ。

 間合いに入ればこちらのモノ。

 嬉々として襲い掛かってくるヴァイキングに対し、一対一の力比べで勝ち目などあるはずがない。

「後退しろ! 陣を組み直す!!」

 ベイカーはそう命令するが、時すでに遅し。

 敵の総大将、キール・フランボワーズが動いていた。

「サイトオオオォォォーッ!!」

「っ!」

 咄嗟に雷撃を放つベイカー。だが、キールは《魔法障壁》と《銀の鎧》でそれを防ぐ。

 まったく足を緩めることなく突っ込んでくるキールに、ベイカーは神の名を冠した最強魔法、《武御雷タケミカヅチ》を放つのだが――。

「万象を破壊せよ! 《アウルゲルミル》!!」

 ベイカーはこの瞬間、己の敗北を悟った。

 キールの魔法もまた、神の名を冠した最強呪文である。その効果は全魔法呪文の強制解除だ。


 《アウルゲルミル》の巨大な光の拳はベイカーを馬ごと乱打。

 フィニッシュのアッパーカットで三十メートルほど吹っ飛ばした。


 指揮官であるベイカーが『強制解除』を受けたため、源氏武者たちも同時に消失。

 ヴァイキングたちに包囲され、地面に転がるベイカーは腹を見せて両手を広げた。

「降参だ」

 ヴァイキングたちと共に勝鬨を上げ、それから魔法を解除するキール。

 ベイカーは苦笑しながら起き上がり、文句を言う。

「手加減するなって言ったのに。最初から《アウルゲルミル》を使っていれば、俺は何もできずに降参したぞ?」

「だったら、今度は魔法なしで勝負するか?」

「それは困る。合戦以上に勝てる見込みがない」

「ったく、本当にワガママだなお前は。ほら、立てよ」

 ベイカーを立たせるキール。

 スカッとした顔で見つめ合う二人だが、ここでようやく、カナリアの置き土産がそのままの姿で残されていることに気付いた。

「あー……どうするサイト。なんか、黒いのがいっぱいいるが……」

「あれ自体は人の魂でも何でもなくて、行き場のない言霊が実体化しているだけだ。キール、《アウルゲルミル》は呪いも強制解除できるよな?」

「ああ、たぶんいけると思うが……」

 キールはもう一度同じ魔法を使う。

 しかしこの魔法は消費魔力が大きく、一日に何回も使えるものではない。二度目の発動はかなり出力を抑えることになり、ボクシンググローブ程度の大きさにしかならなかった。

 手近な影をその拳で殴ると、影はあっさり消滅。『野蛮なる巨神の拳』は、言葉によって紡がれた『言霊』を完全に打ち砕くことができるらしい。

「うん、普通に使えるぞ」

「野蛮人相手に言葉は無力、ということか」

「ああ。知的生命体には負ける気がしないな」

「どんなパワーワードだ? それじゃ、後始末を始めようか」

「ああ!」

 ベイカーが雷撃で影を弾き飛ばし、キールの目の前に移動させる。キールはそれをテンポよく、左右のパンチで始末する。

 まるで野球の千本ノックのように、二人は息の合ったチームワークで影たちを駆逐していった。

「アハハハハ! 本物のシャドウボクシングをしたのは、人類史上お前が初かもな!」

「サイト! もっとペースを上げてくれ! 生ぬるい!!」

「お? 言ったな!? 覚悟しろよ!!」

「おう! いつでも来い!!」

 ド派手に駆け巡る紫電の雷光。

 影たちは地面から引き剥がされ、巨神の拳に打ち砕かれる。

 誰かが胸に秘めた思いは、赤の他人が聞いたところでなんの意味もない音の集合体に過ぎない。トニーやマルコが浄化できた言霊は、本当に例外的に浄化できる条件が整っていたのだ。贈り手も受け取り手もいない宙ぶらりんの言霊は、こうして『なかったこと』にする以外、始末のつけようはないのである。

 しかし、ベイカーとキールはあるところで手を止める。言霊の群れの中に、デニスの言霊を見つけたのだ。

 それは人懐こいインコかオウムのようにベイカーに抱き着き、頬ずりしながら言う。

「あーっ! もおーぅ! なんで僕に声かけてくれないんですかー!? 僕、特務部隊が外行かない限りだいたい待機任務で暇なんですよ!? 実戦訓練とかやるなら教えてくださいよぉーっ! 僕も見に行きますからぁーっ!! 仲間外れはヤダヤダヤダアアアァァァーッ!!」

 デニスの影にぐりぐりと頬ずりされながら、ベイカーはキールに問う。

「これ、この間のことかな?」

「かもな?」

「次からは車両管理部と総務の三人娘にもお知らせを回そう」

「だな」

「デニス、すまなかった。次からはお前も呼ぶから。な?」

「本当ですか!? やった! ベイカー隊長、大好き!!」

 そう言うとデニスの影は消えた。

 ベイカーはキールを見て、真面目な顔で言う。

「実はみんな、友達や同僚に『大好きだーっ!』と叫びたい衝動を押し殺して生きているのかな? 飼い主がカナリアに聞かせていた仕事の愚痴というのも、もしかしたら、誰かの悪口などではなくて……」

「まあ、ほら、迂闊なタイミングで言ったら妙な勘違いをされかねないだろ? もう大人なんだし……同性でも異性でも……なあ?」

「しかし、だとすればカナリアの呪いが『大好きだーっ!』で解けたのも納得だな。よしキール。ストレスコントロールの観点からも、今後俺に胸キュンした場合、その場で告白してくれて構わないからな! 『言霊』を溜め込みすぎて、また変な呪いが誕生したら困る。世界平和のためなら、俺はいつでもどこでも愛されてやるぞ!」

「うん。お前のそういうところ、本当に大好きだぞ! この糞野郎!」

 繰り出された拳は手近な影でガードし、ベイカーはひらりと逃げる。

「待てコラ! サイトオオオォォォーッ!!」

「オホホホホ! つかまえてごらんなさ~い♪」

「何のプレイだこれ!?」

 子供のように駆け回りながら、二人は次々に影を打ち砕いていった。

 最後の一体、マルコを追い回し続けていたペドフィリアの言霊を浄化し終えたころには、二人はすっかり子供の顔に戻っていた。

 事情が分からないマルコとトニーは、無邪気にじゃれ合う先輩二人の姿に、ただただ困惑するしかなかった。


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