そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.4 < chapter.4 >
トニーが構築した『炎の檻』は、そのままの形では状態を維持できなかった。
あたりに響く不気味な重低音。
一気に降下する気温。
ざわざわと震え出す樹木。
足元の大地も小刻みに揺れている。
それらの現象を見て、感じて、トニーはようやく己の失敗を悟る。
この魔法陣を完成させるということは、亜空間ゲートを開くということである。
つい数秒前まで、魔法陣の中にカナリアを閉じ込めようと必死になっていた。そのため、魔法陣が完成した後のことはすっかり失念していたのだ。
(ヤ……ヤバい! これは……!)
芝生広場に出現する扉。
朽ちた木製の扉が自動的に開き、その中にカナリアを吸い込んでしまった。
咄嗟に後を追い、トニーは扉に飛び込む。
すると直後、扉は自動的に閉まり、そのまま消失。
マルコとベイカーが一階の廊下に降りてきたのは、この数秒前だった。
「なんだ!? 亜空間ゲート!?」
「中に入っていったのは、トニーさんでしたよね!?」
ベイカーは放送の指示に従って隊員の健康チェックを行い、その結果を持って医務室に向かっていた。マルコもトニーを心配してそれに同行していたのだが、これはいったいどうしたことだろう。トニーはよくわからない鳥のようなものを追って、亜空間ゲートの向こうへ消えてしまった。なにがどうしてそうなったのか、二人には何一つ理解できない。
「あの、隊長? 一瞬でしたが、あの術式は先日の……」
「ああ……アレだよな?」
「いかがいたしましょう。後を追うのでしたら、私も同じゲートを開けますが?」
「え? なんて?」
「トニーさんとゴヤさんにできて私にできないはずはないと思い、ゲンちゃんと一緒に、密かに練習しておりました。昨夜、ついにあの魔法陣の文様を、《緊縛》の鎖で再現することに成功したのですが……」
「しちゃったのか」
「はい。意外と普通に開きました。先ほど見たのと全く同じ、朽ちた木製の扉でした」
「扉の中には入ったか?」
「いえ、まだ。一人で入って扉が消失してしまったら、今度こそ戻ってこられなくなると思いまして」
「賢明な判断だ。というか、頼むからそういう対抗心でこっそり練習するのはナシにしてくれないか? 心臓に悪い」
「では、今後は密かにではなく、トニーさんに宣戦布告したうえで堂々と練習します」
「ああ、うん、それなら結構……なのか? いや、よくない気もするが……まあいい。放っておくわけにもいかんからな。追うぞ」
「はい。《緊縛》発動!」
マルコは自己申告した通り、魔力で造り出した鎖を操り、トニーが構築したのと同じ立体魔法陣を編み上げていった。そして仕上げに《火炎弾》を使い、魔法陣上に炎を駆け巡らせ――。
「おおっ! 本当に出た!?」
「扉の開閉時間は約三秒です。間を空けずに駆け込みましょう!!」
「わかった!」
自動的に開かれていく扉。それは全開されたと同時に、再び自動で閉じはじめてしまう。
マルコとベイカーはタイミングを合わせて駆け出し、無事、扉を通過することに成功した。
その扉の先にあったものは、廃墟と化した町だった。
わずかに雲の見える晴天、太陽は直上。
風はなく、虫や小鳥、その他小動物の気配もない。町中に生い茂る雑草はひっそりと息をひそめているようで、身じろぎもせずにそこにある。
ここは『物音』というものが存在しない空間のようだった。
マルコは足元の草を引き抜き、断面を見たり、匂いを嗅いだりしている。
「……ごく普通のねこじゃらしのように見えますが……前回のことがありますからね……」
「ああ、人間の五感はことごとく当てにできん。マルコ。俺は今から感覚器官を切り替える。たまに訳の分からないことを口走るかもしれんが、ほんの少し特殊な獣人化の類いと思って流してほしい」
「はい?」
ベイカーは両手で顔を覆いながら下を向いた。そしてもう一度顔を上げると、ニッと笑ってこう言った。
「どうだ? 見た目はさほど変わらぬだろう?」
姿かたちは変わっていない。だが、瞳の色が違う。
脈打つ血潮の鮮紅色。
ピンクダイヤモンドのような虹色の輝きは消え、熱と命を滾らせた、血の色だけがそこにある。
「……隊長……では、ありませんね?」
自分の口から出た言葉の意味を、自分でも考えてしまう。
ここにいるのは間違いなくベイカーだ。それなのに、本能が『これは違う』と告げている。人の皮を被った、人ではない何か。けれどもこの『何か』は、人に仇を為す存在でないことも理解できる。
ベイカーの顔をした『何か』は、ベイカーと全く同じ、柔らかい笑みを浮かべてこう言う。
「細かいことを気にしている余裕はないぞ。そうら、カナリアが歌いに来た……」
地面に落ちる影。
何の影かと頭上を見上げれば、そこには超巨大なカナリアがいた。はるか上空、雲より高い場所をグルグルと旋回している。
カナリアは一切の声を発しない。その代わりとでも言うように、潤んだ瞳から涙を流しているのだが――。
「ッ!! 隊長!!」
「《バスタード・ドライヴ》を使え!!」
雲より上にいて、なお『カナリアである』と認識できるサイズなのだ。涙一滴で何トンあるのか。直撃すれば即死は免れない。
巨大な水の塊は後から後から降ってくる。あの鳥が何かは分からないが、マルコはベイカーに言われたとおり、足元に魔法の車輪を出現させて素早く逃げ回る。
音のない世界に響き渡る破壊音。
壊れていく町。
その中に、マルコは見慣れた建物を見つけた。
「隊長! 情報部庁舎があります!!」
「あっちには駅前のパン屋もあるぞ! そこにあるのはミラ・メラ市の市庁舎だな!」
「見たことのある建物ばかりです! 実在する建物が出鱈目に配置されているのでしょうか!?」
「いや、配置というよりは、寄せ集めただけだな! この世界には『持ち主』となる『神』がいない!」
「あのカナリアは!?」
「この世界に影響を与えてはいるが、あれは神でも何でもない! ただのカナリアだ! マルコ、避けろ!」
「……っ!?」
物陰から撃ち込まれた攻撃魔法。それはトニーの《冥王の祝砲》だった。
「トニーさん!?」
「ん? なんだ、本物か?」
「とりあえず撃ってから確かめるのはやめてください! 危うく当たるところでしたよ!?」
「そんなところにいるお前が悪い! 何をしに来た!」
「あなたを探しに来たんです!」
「来なくて良かったのに!」
「よくはありません! 誰にもなにも言わずに一人で亜空間ゲートなんか開いたら、誰だって心配するに決まっているでしょう!?」
「お前に心配される筋合いはない! というか、どうやって来たんだよ!?」
「立体魔法陣の文様を見て覚えて、自分なりに《緊縛》による再現を試みました。あの構造の魔法陣でしたら、他の属性の魔法でも再現可能かと思いましたので!」
「ほほ~う! 要するに、俺の真似をしたってワケか! このパクリ野郎!」
「他の属性で同一の現象が再現された魔法は魔法省規定第三十六条によって『別の魔法』と定義されます! パクリという言葉はふさわしくありません!」
「うるさい! 結局は二番煎じじゃないか! 決闘だ!」
「望むところです!」
ここまでテンポよく掛け合いができて、なぜ仲良くできないのだろう。ベイカーは生ぬるい目で「まあまあまあ」と割って入った。
「喧嘩するのは後にしてくれ。今はひとまず、亜空間ゲートを開いた理由から聞かせてもらおうか?」
ベイカーに視線を向けられ、トニーも瞳の色の違いに気付いた。
「隊長……いや、あなたは『神』か?」
「分かるか? こちらの世界では無名だが、一応は『神』で、この『器』の始祖に当たる者だ。ケルベロス、何があったか順を追って話してもらえるか?」
「はい。実は……」
三人は《バスタード・ドライヴ》で逃げ回りながら情報を共有していく。
トニーは医務室で老師から呪詛感染を告げられた。その直後に怪我をしたデニスが搬送されてきて、デニスにも検査用呪符が反応。老師はこの呪詛が『種の記憶』に関わるものではないかと推測していたが、話の途中であのカナリアが現れた。
カナリアにキールが呑み込まれ、外に出たカナリアを追いかけ、捕えるために立体魔法陣を構築して――。
「なるほど。では、思い切り戦うために亜空間に移動したワケではなかったのか」
「はい。その……完全構築したら勝手に発動することを失念していました」
「忘れますか!? あれだけのことがあったばかりなのに!?」
「うるさい! 先輩が呑み込まれたんだぞ!? 鳥を焼き殺すわけにはいかなかったし、俺の魔法属性で使える丁度いい技がなかったんだよ!!」
カナリアの涙を避けながら、トニーはマルコ目がけて《火炎弾》を撃ち出す。
マルコも動じることなく、さも当然のように《魔鏡》を使って跳ね返す。
二人の間を走るベイカーを絶対に巻き込まないように超精密射撃&超精密反射を繰り返しているのだから、どちらも恐るべき天才だ。しかし、こういう最高のコンビネーションは使いどころを考えてもらいたいところである。
単独で行動すれば賢く勇敢な騎士なのに、二人揃うと、どうして小学生の喧嘩のようになってしまうのか。
ベイカーは眉間に深いシワを寄せ、王子と犬のキャッチボールを眺めながらこの状況について考えていた。
(ふむ……『世界』そのものには、闇の気配が欠片もない。構造物も、どれもこれもマルコの知る物ばかりのようだし……。時系列的に、マルコと玄武の再現実験によって『創造』されてしまった『新しい世界』で間違いなさそうなのだが……)
空を飛ぶカナリアは、はじめに見たときよりもさらに大きくなっている。高度は変わらず雲の上。遠近感の都合で大きく見えるわけではない。
マルコとトニーはそれに気付かず、終わりのない超剛速球キャッチボールに熱中している。
(だが、あの扉はどう見ても『秘密基地』の扉だった。なぜだ? マルコはあの『秘密基地』を知らないのに……)
あのカナリアは神的存在ではない。人間の記憶を抜き出して、それを『持ち主』のいない世界に反映することは不可能であるはずだ。
(と、すると……これは『あの神』からの干渉か……?)
現状、攻略の手掛かりとなりそうなものは『朽ちた木の扉』と、それが取り付けられていた『秘密基地』のみ。それ以外には何もない。
(巨大化も、キールと一緒に呑み込まれた『あの神』の影響と考えれば納得できるが……いや、しかし……?)
ベイカーの身体を借りた『神』は、小さな声でこう呟く。
「キール、秘密基地のことを覚えているか?」
この瞬間、カナリアが鳴いた。
喉を大きく振るわせて、全身全霊で、思いのすべてを吐き出すかのように。
「なんだ!?」
「急に鳴き始めましたね!?」
驚くマルコとトニー。
ベイカーは確信する。
この鳥がキールを呑み込んだのは偶然などではない。
キールの中にいる『神』が、自らの意思でカナリアを呼び寄せたのだ。