私の婚約者は悪役令嬢
私の婚約者は悪役令嬢。
そう伝えてきたのは婚約者の弟。
自分の姉を「悪役」と呼ぶとは酷い。
しかし彼から押し付けられた「直訴状」なるぶ厚い書簡は、そのことを大真面目に論じていた。
まるで私が婚約者を棄てることが既定路線であるかのように。
「なにを言っているのかわからないよ」
確かに私はそう言った。
その時は実際にわからなかったから。
今はもう、わかっている。
弟君の言によると私は卒業パーティーの公衆の面前で婚約者に横暴な振る舞いをするらしい。
笑ってしまう、そこまで私が色恋に惑わされると?私はこの国の第二王子で、兄の右腕になるべく幼い頃から研鑽してきた人間だ。
それなのにそれら全ての努力を無に帰すような愚行を犯すのだという。
随分と見くびられたものだ。
…本当はわかっている。
私の心には「ヒロイン」が住んでいる。
『あなたがお姉ちゃんとの婚約を破棄しようと、ヒロインと幸せになろうと、僕には関係ありません。
ただ、お姉ちゃんを僕からとらないでください。
お願いしたいのはそれだけです。』
書簡はそう締め括られていた。
私は言葉なく筆を執る。
理解のできなかった部分を淡々と書き出して封をして届けさせた。
本当は、わかっている。
返信が届いたので、ため息混じりに検める。
いくつかの疑問が解消されて、更に新たな疑問が湧いた。
また訊ねる前に、自らの目でいくらか確かめることにした。
『お姉ちゃんはツンデレなんです。
言葉の通りに捉えるとは浅はかの極みですね。
お姉ちゃんが目を逸らすのは恥ずかしいからだし、きつい言葉を言ってしまうのも照れ隠しです。
その後にひとりで落ち込むまでがワンセットです。
そんなことも今までわからなかったなんて本当にあなたは愚かですね。
さくっとヒロインに鞍替えして僕たちに領地謹慎命令をください。』
学校で会うことがあっても私の側から無視していた。
「ヒロイン」のように真っ直ぐな笑顔を向けてくれはしないから。
見掛けてその手を取る。
振り返った婚約者は私の顔を見て硬直した。
「元気にしていたか」
我ながら間の抜けた問いだと思う。
婚約者は絶句していたが、私が手を握っているのを見ると赤面して身をよじった。
「君の顔が見たいと思ったんだ」
逃すまいと更に握りこんで言うと、真っ赤なまま全力で顔を背ける。
…なるほど可愛いな。
手を放してやると、転げるように逃げて行ってしまった。
そんな姿初めて見た。
可笑しくて、私は笑った。
人目憚らずに、笑った。