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馬車が襲われたのは、帰宅途中で唯一人気がなくなる道だった。

没落した貴族の家が数件立ち並んでいる場所で、彼らが家を追い出されてからも、このあたりの屋敷は呪われているとかいわれて、後に住む人がいない屋敷がつらなっていた。


わたくしは、馬車の中でバレンタインについて考えていた。

自分が、ミハエルに告白するなんて考えてられない。

けれど、ヒロインがミハエルに告白するかもしれない、ミハエルもそれを受け入れるかもしれないと思うと……。

心が、ちぎれそうにいたくなった。


好きですと、ミハエルに告げられれば、どんなに幸せだろう。

そう夢想する。


けれどその夢想はすぐ、ミハエルからの軽蔑の眼差しに変わってしまう。


ラザンと結婚して、数年もたてば、この想いは忘れられるのだろうか。

むかしのように、ただの姉として、ミハエルの幸せを祈れるようになるのだろうか。


いつものようにうつうつと考えていたとき、御者の悲鳴があがった。


「うわぁっ、お前たち、何者だ……っ」


馬車が、大きく揺れる。

馬たちが、高い声でいななく。


悲鳴。

剣がぶつかる音。


わたくしは揺れる馬車の中で、じっと身を縮めていた。

戦う術を持たないわたくしが、馬車の外に出るなんて、愚かな行動だと知っているから。


けれど、わたくしを守ってくれている見知った人々の悲鳴が聞こえると、じっとしてなんていられない。

焦燥にかられる。


落ち着け。

落ち着かねば。


守られる人間は、守られることに徹すべきだ。


わたくしはスカートの中に手を入れ、守り刀を手に取った。

小さな女性用の剣は、女性の身を守るためのものだ。

剣を鞘からぬき、鋭い切っ先を自分の首へ向ける。


わたくしは、王太子の婚約者だ。

いざとなれば、この身が敵にわたるより前に自害せねばならない。


がたがたと馬車が大きく揺れて、扉がこじ開けられた。

大柄な男の姿が、月に照らされて見える。

その大きな手がわたくしに伸ばされようとする。


捕まるよりも前に、喉をつかねば……!


王太子妃としての教育通りの行動をとろうとしたけれど、荒事になれた男の前では、わたくしの覚悟など羽よりも軽かった。

男は、剣をもったわたくしの手をなぎはらうと、わたくしの頭をつかんで、馬車からひきずりおろした。


「おい、お姫さんは捕まえたぜぇっ」


男は、わたくしを軽々と肩にかついで、仲間たちに吠えた。

すると周囲の男たちから歓声がわきあがる。


「よっしゃ、じゃぁ、ずらかるぞ」


「あぁ、長居は無用だ!」


男たちに連れ去られそうになって、わたくしは抵抗しなければと思った。

けれど、何もできなかった。

わたくしにできたのは、ただ叫ぶことだけ。


「ガーシャ!イスリオ!」


地に倒れた護衛たちの名前を叫ぶ。

御者の名前は、知らなかった。

けれど、顔はよく知っていた。

最近、娘が生まれたのだと、かわいい子なのだと、そう言っていたのに……!


「はなしてぇっ、はなしなさいっ!」


猛烈な怒りにかられて、男の背をバンバンとたたく。

けれど、男は走る足さえとめず、けらけらと笑った。


「かっわいい抵抗だなぁ、お姫さん!残念だけどなぁ、恨むなら、大物の恨みを買った自分を恨むんだな!ま、俺たちのねぐらについたら、たっぷりかわいがってやるから、そう嘆くこともないけどなぁっ」


廃墟の影にとまっていた馬車に、男はわたくしを放り投げた。

きっと男を睨む。


男はわたくしを怯えさせるように、いやらしく舌なめずりをした。


「いい表情だねぇ。俺は、そういう生意気な女が好きでね」


男が、わたくしに手を伸ばす。

その時。


ドサリ、と男は倒れた。


「え……?」


男の周囲にいて、同じく下卑た笑いをあげていた男たちが、周囲を見回す。

しかしその男たちも次々に倒れていった。


「な、なに……?」


とつぜんのことに、わたくしもおそるおそる周囲をうかがった。

男たちは、動かない。

……助かったの?

でも、どうして?


周囲には、わたくしと男たちしかいなかった。

けれど。


「姉様……!」


闇を切り裂くように、銀色の光が見えた。

あれは。あれは……!


「ミハエル……!」


その姿を見た瞬間、恐怖も怒りも消えてなくなった。

放り投げられた馬車の座席から身を起こし、彼のほうへ走っていく。


「ミハエル……!ミハエル……!」


わたくしは、ただ彼の胸に抱き付いて、彼の名前を呼んだ。


「姉様。……無事、だよね」


「ええ!あなたが来てくれたから。無事だったわ!」


いつのまに、ミハエルはこんなにも男の子になっていたのだろう。

騎士としての訓練のせいか、抱き付いた胸は見た目では想像もつかないくらいがっしりとして頼りがいがあった。

たくましい腕に抱かれて、心配そうに見つめられると、心細かった心が凪いでいくのを感じる。


「よかった。……ほんとうに、よかった!」


ミハエルは、そう言って、わたくしをぎゅっと抱きしめてくれた。


それが家族として、無事を安堵する抱擁でも、わたくしにはとても嬉しいものだった。

これが一生の宝物になる、そう思えるほど。


「姉様、動ける?ここでは、まだあいつらの仲間がいるかもしれない。安全なところに移動したいんだけど」


「もちろんよ。……護衛たちは、どうしている……?」


「厳しい状況だけど、家に光魔術師をよんでる。助かるかどうかは、彼らの体力次第になりそうだけどね」


「そう……」


わたくしは、目をふせた。

彼らが全員回復してくれるよう、祈る。


馬車が襲われた場所に戻ると、青の騎士が何人もかけつけてくれていた。

わたくしの帰りが遅いことを心配した弟が襲われた馬車を見つけ、魔術で救助をよんでくれていたらしい。

さっきの男たちを倒したのもミハエルの魔術だと聞いて、彼の成長ぶりに驚いた。

あんな遠距離から、的確に敵を倒せるようになっていただなんて……。

ミハエルは、どこまで格好良くなれば気がすむというの?


ここまでくれば安全だと言われ、ほっと体から力がぬける。

脱力したわたくしを、ミハエルは優しく肩を抱いてくれた。


まるで、幸せな夢みたい。


ずっとこうしていたい、そう思うのに。

襲われたショックが今頃出たのか、わたくしはミハエルの腕の中で、気が遠くなっていくのを感じた。

実はこの事件が、ゲーム上で悪役令嬢が王太子との婚約が解消された理由でした。


ゲームではエミリオを苛めていたため助けは来ず、拐われ……。

後日助け出されたものの、王太子との婚約はなくなるという「ざまぁ」イベントですが、全年齢ぬるゲーにふさわしくないとして、ゲーム内では曖昧に語られていた、という設定。

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