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あれから、5年が経ちました。
わたくしは、11歳に。
ミハエルは9歳になりました。
わたくしとミハエルは、今ではすっかり仲良し姉弟です!と言いたいけれど、最近ミハエルの様子がおかしい。
率直に言うと、避けられている気がする。
なんで……!?
乙女ゲームの世界では、わたくしはミハエルをいじめていたけど、現実にはいじめてなんかない。
ゲームの世界のわたくしはお子様だったから、お父様の愛情をミハエルにとられた気がするとか、魔力量の多いミハエルと比べられることで嫉妬してとかで、ミハエルをいじめていた。
でも、中身女子高生のわたくしとしては、魔力量が多いせいで生家から離され、知らない家に養子に入ることになったミハエルをお父様と一緒にかわいがる余裕があった。
ミハエルは見た目もだけど、中身もめちゃくちゃかわいくて、すぐにわたくしになついてくれて、なにかあると「お姉様」「お姉様」って後をついてまわるような子で。
魔力量が多くて注目を浴びるのも怖いみたいで、パーティでもわたくしの後ろにすぐ隠れちゃうような子で。
かわゆす。かわゆすよ、ミハエルたん。
お姉ちゃんは、君にめろめろだ!って感じで、わたくしたち姉弟は両想いのラブラブ姉弟だった。のに……!
「最近、ミハエルに避けられている気がしますの」
わたくしは、茶飲み友達の王太子ラザンにそっと打ち明けた。
「ほう?」
ラザンは、幼いながら整った冷たい美貌に笑みをうかべて、わたくしを見る。
「君たちは、仲のいい姉弟かと思っていたが」
「わたくしだって、そう思っていましたわ……」
ラザンはしょんぼりと告げるわたくしに同情的な視線を向けているふりをしつつ、目の前のチョコレート菓子に手を伸ばす。
いらっときたわたくしは、チョコレート菓子を横から横取りし、もりもりと口に入れた。
「あッ……、アリーシャ、君、なにもぜんぶ食べなくてもいいだろうっ」
「わたくしが持ってまいりました茶菓子ですもの。たくさん食べても文句など言われる筋合いはございませんわっ」
「あるに決まっているだろうっ!私に贈った時点で、それは私のものだろう……!あぁあ貴重な庶民菓子が」
王太子のくせに、ラザンったら涙目です。
「仕方ありませんわね。ひとつだけなら差し上げますわ」
わたくしは手に持っていたチョコレート菓子をひとつ、ラザンの手に落とす。
「お、おぉ……」
ラザンは感慨深そうに、けれどわたくしに奪われまいと、すかさず菓子を口に入れた。
「あぁ、この味わい。真に美味だ」
キノコ型のクッキーにチョコレートがかけられたこの菓子は、わたくしたちのお気に入りだ。
売っているのが主に安売りチェーンのパン屋さんなだけに、王太子のラザンは直接は買いに行けない。
ゆえに、茶飲み友達であるわたくしが貢ぐのを楽しみにしているのだ。
「で。ミハエルについてなんですけど」
貢物を食べたんだから、こっちの悩みも聞いてよね、と無言で脅す。
けれどチョコレート菓子を食べたラザンは、やる気もなさそうに、「うむ」とうなづいて尋ねてきた。
「具体的に、どう避けられているんだ?」
「まず、最近、わたくしとあまり遊んでくれないんです」
「そりゃ、ミハエルも学院に通いだしたからだろう?お互いに勉学にいそがしくなる時期だ。仕方ないのでは?」
「そんなことわかっていますわよ!でも、学院で話しかけても、すぐお友達のほうに行ってしまうんです」
「それが、普通だろう?いつも姉優先のほうがおどろくぞ」
「夕食のとき、今日なにをしたのかを聞いても、詳しくは教えてくれないし」
「それも、普通だろう。君だって、父上に秘密のことのひとつやふたつ、あるだろう?」
「それにっ、最近、お風呂も、寝るのも別々にしようって言うんです……っ!」
わたくしは、涙ながらに訴えた。
ラザンにも、かわいがっている弟がいる。
つれないながらわたくしの訴えに応えてくれいるのも、彼もブラコンで、わたくしの気持ちがわかるからだ。
だからこそ、わたくしはラザンならわたくしの気持ちをわかってくれると信じて、言った。
なのに……!
ラザンは、その年齢に似合わない沈痛なため息をついて、言った。
「アリーシャ、君はそろそろ弟離れすべきだ」
その日、わたくしは王太子の婚約者になった。
ミハエルはますます、わたくしと距離をとるようになった。
わたくしは、枕を涙でぬらした。