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それは、ある晴れた日のこと。
エリンギ伯爵であるお父様が、小さな男の子を連れて帰ってきた。
そして、6歳のわたくしに微笑んで、おっしゃることには。
「アリーシャ。この子はミハエル。今日からきみの弟だよ」
びっくりです。
お父様の後ろに隠れて、体半分くらいしか見えていない少年は、わたくしより2、3歳年下でしょうか。
しかし現在は亡くなっているとはいえ、4年前ならまだわたくしのお母様が生きていらした頃にこの子は生まれたはず。
「お父様。それでは、その子はお父様の不義の子というわけですの?」
自分でも驚くほど、冷たい声がでました。
わたくし、前世の記憶があるスーパー幼女です。
前世のわたくしは、日本という男女同権がうたわれた国生まれ育ち、女子高生という最もデリケートな年頃で死亡いたしました。
この国の貴族の令嬢としては異質なほど、愛人とか浮気とかには厳しいと思います!
……っていうか、単純に、わたくしのお父様がよその女の人との間に子供をつくっていたとかショックです。
涙目で、お父様を睨んでしまいます。
お父様は、わたくしの言葉に目をまるくすると、わたくしの前に膝をついて、ぽんと頭をたたかれました。
「意味が分かっていってるのかなぁ。すごいことを言うね。……まぁ、それは杞憂だよ。この子は、マイタケ伯爵の遠縁の子なんだけど、そこのお家は平民でね。ミハエルは突出した魔力を持つから、マイタケ伯爵の家に引き取られたんだが……」
お父様は、そこで言葉をにごされました。
マイタケ伯爵のお名前は、社交界に出たことなどないわたくしでも存じています。
このキノコ王国で知らぬ人はいないほどの魔力持ち。
まだ25歳とお若いのに、議会でもその意見は重んじられる実力の持ち主です。
ですが、ご本人は研究肌で、魔力院の自室にこもって、滅多にお家にも戻られないとか。
なるほど、そんな方に養子を育てるなど、できないでしょう。
それで、マイタケ伯爵と親しくしている父が、この子を引き取ることになったのでしょうか。
「納得いたしましたわ。汚い言葉を申し上げて、申し訳ございません」
お父様と、その後ろにいた男の子に、頭をさげる。
お父様は「まぁ、急に弟だなんて言った私も悪かったからね」と言って、わたくしの頭を撫でてくださった。
そして、お父様の後ろに隠れていた男の子をそっと前におしだされる。
「君は、アリーシャの無礼を許してくれるかい?ミハエル」
「あ……、ぼ、僕は、その、もちろん……」
おどおどとした態度で、男の子はわたくしの前に立った。
幼いとはいえ、貴族の子弟としてはみっともないともいえる情けない所作だ。
けれど、わたくしはその子を見た瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けた。
(か、かっわいいいいいいいいいい……!)
小さなころからみっちりと鍛えられてきた淑女としての教育のおかげで、叫ばなかった。
けれど、全身がぶわっと熱を持つ。
ふわふわした銀色の髪。
真っ赤な目。
あぁ、それは火の魔力の凝固した色。
強い魔力を持つという証。
けれど、その真っ赤な大きな目を、うるうるうるませてわたくしを見上げてきた男の子は、まさに子ウサギちゃん!
撫でたい。
撫でまわしたい。
右手がうずうずしちゃう。
だけど、ここは我慢。我慢。
素敵なお姉様として、距離を縮めて、警戒心を解いて。
仲良くなったら、なでなでしよう!
わたくしは、細心の注意をはらって、にこやかでかわいらしい笑顔をつくった。
「ありがとう、ミハエル。わたくしのことは、お姉様って呼んでね」
「お、お姉様……?」
「ええ、そうよ、ミハエル。わたくしたち、姉弟ですもの。仲良くしましょうね!」
目線をミハエルにあわせて、言う。
ミハエルはちょっぴり恥ずかしそうにうなずき、わたくしは我慢できずにミハエルに抱き付いた。
そして、その晩、ベッドに入ったわたくしは思い出した。
あ、この世界、前世でやっていた乙女ゲームの世界じゃない?
でもって、ミハエルは攻略対象。
わたくしはミハエルをいじめていた悪役令嬢で、断罪されて修道院にいれられる役だわって。
わたくしは一瞬困惑して、それからすぐ眠りの世界についた。
だって、わたくしはミハエルをいじめるつもりなんてないもの。
悩むだけ無意味、無意味。
それより早起きして、明日はミハエルといっぱいあそばなくちゃ!
まぁ、ゲーム補正とかで修道院に送られても、それはそれでいっかーって気はしている。
この世界、貴族は愛人とかいる人多い上に、政略結婚が多いんだもん。
いやな男と結婚したうえ、愛人で悩まされるくらいなら、クリーンな修道院生活のほうが楽しそうだよね。
しっかし、乙女ゲームの世界なら、恋愛結婚と永遠に一途な恋ってのをデフォルトにしておいてほしいよね。