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星の知らせ

作者: 川里隼生

「あ、席にタオル忘れてきた」

 つい声に出た。私はそのことを、ゲートを出る直前に思い出した。すぐに旋回して取りに戻る。途中から小雨が降る中で行われた試合だったので、お客さんはいつもより早く帰っている気がする。すみません、すみません、と言いながら人混みをすり抜ける。横浜スタジアムに屋根はない。もちろん、私が座っていた内野指定席にも。


 TSUJIMOTOと書かれたタオルを見つけた。私と同じ苗字の選手のものだ。記憶通り、背もたれに掛けたままだった。びしょ濡れのタオルを掴み、さて帰ろうと上を向いたときだった。

「……寂しい」

 口からそんな言葉が漏れた。たった今まで三万人も集まっていたスタジアムには、今は一人も残っていない。私だけ。選手たちも早々とロッカーに引き上げてしまったようだ。


 ベイスターズが負けたから、寂しいと感じたのかも知れない。ずっと母子家庭で育って、いつも寂しい思いをしてきた。私はもうすぐ大学を卒業する。とりあえずは会社に入って働くけど、もし結婚することがあれば、離婚だけはしないようにしよう。そう考えを巡らせていると、雨脚が一層強くなっていることに気づいた。


 よし、帰ろう。ここはまるで終末世界みたいだ。先週テレビでやっていた映画を思い出した。その映画のエンディングテーマが鳴ったものだから、少し嫌な予感がした。母のケータイからの着メロだ。

「もしもし」

 電話の向こうにいたのは叔母だった。病院からかけているという。とても寂しい、別れの知らせだった。


 マンションまで歩いて帰った。一時間かかった。いくら治安が良いからって、若い女が出歩く時間ではない。彼氏も誘えばよかった。しかも傘は持っていない。でも電車に乗る気がしなかった。終末だと思った世界は、壁ひとつ越えれば賑やかな日常だった。横浜は十一時になっても騒がしい。帰ったら箪笥から喪服を引っ張り出さないと。里帰りはお正月以来かな。私の泣く声は、雨に掻き消されて、きっと誰にも届いていない。

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