流星を待ち望む
山に行こう、と言われた。じゃあ日帰りの登山なのね、と答えたら、いや、山頂で止まるよ、と呆れられた。
行こうと企画している山は、別に富士山とか有名な山じゃない。そこにある宿泊施設だって、8部屋くらいしかない。なんでわざわざ泊まるんだろう、とネットを見ていたら、「流星群」の文字が目に入った。
『8月13日、ペルセウス座流星群極大。今年は月もないので、観測条件が良好です。都市内部でも空を見上げてみてはいかが? ……』
極大、という意味は分からなかったけど、どうやら一番流れる星が多い日のよう。そういえば彼は、天文部に入っていたとか言っていたっけ。じゃあ家のベランダでいいじゃない、と物ぐさな私は少し思った。
頂上まで運んでくれる特別タクシーがあって、私たちは山を登る苦も無く頂上に着いた。いっぱいに広がる草原を進んでいくと、小さなペンションが見えてくる。オレンジ色した、かわいらしい建物。思った以上に綺麗で驚いた。
私たち以外の客もちらほらいる。みんな望遠鏡とかカメラとか三脚とか持っていて、なんだか手持ちが少ない私たちの方がおかしく感じた。
日が暮れると、頂上と都市との違いがよく分かる。ビルが建ってないし、コンビニもないから、空を邪魔する明かりが無い。せわしく走る車もないから、吸い込む空気が朝露のように澄んでいる。
前を歩く彼は、小さなレジャーシートをひとつ持っていた。進んで草原の真ん中。私たち以外にいるはずの人たちすら闇に溶けて分からない場所で、彼はシートを広げた。
「寝転んで」
「ここに?」
「じゃないと、星が見れないよ」
「ふうん……」
既に仰向けになっている彼になんだか遠慮して、私はレジャーシートの隅に座って上を見上げた。
ああ、こんなに星があったのね。
普段――都会にいる時だって、私は空を見上げない。だって首を上げることは疲れるから。それなら猫背で地面を見ていた方が、楽だから。
でも、空は。月もなく何にも邪魔されず、輝く星たちは。
「ほーら」
突然肩を掴まれて、シートに倒される。何するのよ、と彼を睨めば、くすくす笑っているのが雰囲気で伝わった。
「疲れるだろ?」
「……うん」
寝転べば、力が抜ける。上を向く時に無意識に力んでいた肩が楽になって、視界も広くなった気がした。
「天の川って、ファンタジーじゃないんだ」
「そうだよ、あるよ。でもこうやって見れる場所が無くなれば、天の川は夢の話になるかもね」
「そこにあるのに、悲しいね」
「だって人間の目で見れる星は、4等くらいまでだぜ。そこにあるもの全て見るなんて、無理な話さ」
「そうね……」
東の空に目をやれば、一際輝く星があった。あれなに? と聞くと、木星だよ、と言われた。ああ、星じゃないんだね。やっぱり大きいなあ。すごいなあ。
その時、きらきら光る天の川の中を、すーっと星が流れた。
「あ」
「流れたね」
「けっこう簡単に見れるのね」
「そうだよ。多い時は、1時間で千個飛んだりするんだから」
「有難み、ないね」
「空を見上げていれば、流星なんて簡単に見れるよ。でも皆、見上げないから」
すぐさま消えた星がひとつ。長く飛んでいた星がひとつ。現れては消えていく、流れ星。
「流れ星ってなんなの?」
「彗星から剥がれたゴミとかが、大気圏に入ることで燃えているんだ」
「夢のない言い方。彗星の落とし物って言えばいいじゃない。綺麗なんだから」
「ああ、そうだね。いい言葉だね」
落とし物、と彼が呟く。また流れる、星ひとつ。
「私たちが見てない世界って、いっぱいあるのね」
「そうだよ」
「当たり前のことだけど、なんか今更気付いたわ」
「こうやって空を見るとね、そういうのが自覚できるから好きだよ、俺は」
「空を見て、あなたはロマンに浸らないのね」
「そうだな……浸らないね。夢物語の場所じゃないよ、ここは。問答の場所だ」
「隣に私がいても哲学?」
「悪いけど、それは変わらないね」
まあいいか、と私は彼の手を握った。とりあえず握り返してくれる。それくらいで、いいか。
西の空で、木星くらいの明るさを持った星が流れた。地平線を駆ける様に、私たちに見せつける様に、ゆっくりと流れて光を失っていく。闇に溶けていた人たちから、一際大きい歓声があがった。
「今の、すごいね」
「火球って言うんだよ。レアもの」
「見れてラッキーね」
「そうだね」
『極大』というやつは、今からなのかな。火球が流れたのを皮切りに、空を飛ぶ星の量が増えた。
流れて、流れて、時に平行に、そしてぶつかり合うように、消えていく筋と、空に残る筋と。
「空って、案外綺麗ね」
「そう思ってくれるなら、連れてきたかいがある」
笑い声をあげる彼。私も隣で、そっと微笑んだ。
読んでいただきありがとうございました。ああ、流星群の日だ、と思って書きました。星空の記憶が蘇ります。もう一度流星を自分の夢の中で見れたようで、楽しかったです。
それでは、ありがとうございました。