表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お笑いコンビ フクフク

いもうとのおもい

作者: 川里隼生

「ただいまー」

 疲れ気味な姉ちゃんの声。塾から帰ってきたんだ。二階の俺は特に返事しない。一階にいる誰かが返事するだろう。と思ってたら、階段を上る音が聞こえてきた。軽い足音からして姉ちゃんだ。勢いよくドアが開かれた。

快奈かいな、晩ご飯できてるで!」


「下から呼んでも聞こえるって」

「でるてきでんはごんば、ないか?」

「『下から読め』じゃねえよ。地味にすごいことすんなよ」

 姉ちゃんはケラケラ笑う。俺がまだ小五なのに、姉ちゃんはもう高三。来年三月には受験がある。ただ、姉ちゃんは大学に行く気はないらしい。東京の知り合いとアイドルやるって言ってる。誰だよ、その知り合い。確か唐魏野からぎのとかいう珍しい苗字だった。


 それはそうと、姉ちゃんについて最近どうも気になることがある。さっきみたいにわざわざ部屋まで来るのもだけど、後ろからいたずらしてきたり、意味もなく隣に座ったり。それから何故か最近になってアニメの話をすることが増えた。高校生が話題にするはずのないアニメの話を。


 日曜日は塾が休み。大学行かないんなら塾行かなくても良さそうだけど、両親がどうしても行かせたいという。まあ、いいか。うちって無駄に金あるし。

「……朝から何してんだ?」

 起きたら姉ちゃんが部屋にいた。俺の椅子から双眼鏡で俺の方を見てる。


「んー、観察?」

「何の」

「さあ?」

 この十八歳は何がしたいんだ。俺が部屋を出ると、姉ちゃんもついてきた。階段でこんな会話をした。

「今日はどっか出かけるん?」

「別に」


 この家のパソコンは居間にしかない。家族共用のやつと、大人たちの分。俺が使えるのは共用のパソコンだけ。アカウントを開くのにパスワードもいらない。ゲームをしてたら姉ちゃんが後ろに寝転がった。

「快奈は何しとんの?」

 鉄道シミュレーションゲームだけど、答える必要はないと判断した。画面を見ればわかることだし。


 しばらくすると背中を軽く引っ掻き始めた。痛くも痒くもない程度の力で引っ掻かれる。子猫かよ。

「ひまー」

「こっちは暇じゃねーし」

「えー」

 姉ちゃんは小一のときから水泳をやっていて、髪の色素が落ちてる。茶髪だ。


 夜になっても姉ちゃんは俺に絡み続けた。いい加減限界だった。

「あのさあ。無駄に関わんのやめてくんない?」

 言ってから気づいた。かなりきつい表現だ。一秒くらい黙って、姉ちゃんは言った。

「ごめん」

 その声にはさっきまでの元気がなかった。悪いと思ったけど、ごめんなさいは口から出なかった。


 私が起きる頃には姉ちゃんは家を出てる。高校が遠い場所にあるからだ。今時逆に珍しいセーラー服の学校。片道一時間くらいかかる高校に通ってる。高校ならもっと近い場所にもたくさんあるのに。やっぱり、水泳の施設が充実してるから? 俺はそんな基準より通学の便利さを考えるべきだと思う。その上、通学なら車で送迎してもらえばいいのに、姉ちゃんはバスを使ってる。


 吾輩の小学校には幼馴染の洋介ようすけがいる。趣味でやってる漫才の相方だ。そう言えば、洋介と姉ちゃんって会ったことなかったな。そうだ、洋介に昨日の俺をジャッジしてもらおう。ツッコミ役の洋介は中々鋭いことを言うから。きっと予想外の答えを出してくれる。


「話を聞く限りは、本馬ほんまさんが謝んなきゃいけないんじゃないかなあ?」

 苗字で呼ばなくてもいいのに。

「やっぱり?」

「うん。あと、これは多分なんだけど、お姉さんは寂しかったんじゃない?」

 予想通り、予想外の答えを返された。自分で言ってて変な言い方だな。


「本馬さんは今までずっとお姉さんと遊ばなかったの?」

「いや。もっと小さい頃はいっぱい遊んでた。どっかに出かけたり、一緒にテレビ見たり」

「それだよ。お姉さんが唐突に本馬さんの予定聞いたことあったんでしょ? 高校生が見ないようなアニメの話をし始めたってのも聞いた」


「つまりどういうこと?」

「もっと構ってあげな、ってこと。本馬さんにとって唯一のお姉さんなんだから」

 お姉さんなんだから。お母さんがよく姉ちゃんに言ってた。そのときは決まって、姉ちゃんが俺のために何か我慢しなきゃいけないときだった。


 放課後、高学年なのをいいことに校庭のシーソーを占領して新しい漫才のネタを考えた。洋介は別の場所を提案したけど、俺は何となくシーソーがよかった。それが終わって家に帰ってる途中、俺の前を女子高生が歩いてた。この辺でセーラー服を着た茶髪の女子高生は一人しか知らない。体格も雰囲気も間違いない。

「ねーちゃん」


 わざと子供っぽく呼んでみた。いつも遊んでたときみたいに。振り返ったその顔は、間違いなく俺の姉ちゃんだった。

「快奈!」

 昨日の俺の罪を忘れ去ったかのような元気な声。姉の偉大さをここまで感じたのは、後にも先にもこの日だけだ。

姉の基奈は妹が大好きです。LIKEの意味で。

快奈もお姉ちゃんが大好きです。LIKEじゃない方の意味で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ