第三十七話 次代の後継者
それからの俺は特にこれといったことはせず、城に籠っていた。ただ、二週間ごとにある宝くじの抽選には係として参加したが。
正月には大坂城に出向いた。主君である秀頼公に年賀の挨拶をするためである。
早めに登城し、大広間で待機していると、秀家が現れた。俺と秀家以外にはまだ誰一人として来ていない。少し早めに来すぎたのかも。
「おう、小早川殿ではござらぬか。最近はいかがでござる?」
秀家は俺を見つけるなり、駆け寄ってきて話しかけてきた。先の戦以来だから三か月ぶりぐらいだろうか。
「ああ、宇喜多殿。まあ、ぼちぼちでござる」
「何やらいろいろなことをなさっておるようですな。何でも、たからくじ、なる物を発行なされたとか。聞いておりまするぞ」
宇喜多領内にまで知れ渡っているとは。俺は少し驚いたが、とりあえず宝くじのしくみと目的を簡単に秀家に説明した。
「なるほど、なかなかよい考えでござるな。それがしの領内でも採用してみてもよろしいですかな?」
「左様でござりますか。ぜひぜひ、どうぞ。それなりには儲かりまするぞ。アハハ」
「ハハッ、相違ござりませんな!」
こんな風に雑談をしていると、続々と大名たちが集まってきた。そして、最後には秀頼が輝元に伴われて現れたのだった。
「みなの者、よくぞ参った。これからも余のためにつくしてくれ」
秀頼の挨拶をひれ伏しながら聞く。だが、秀頼はまだ子供なのでこれ以上大名たちに命令を下したりするわけではない。この挨拶の後は輝元が秀頼の代わりに進行しはじめた。と言っても、それほど決定したり議論すべきことはあまりない。一番重要な議題は五大老の穴を誰が埋めるかというものだった。
「この儀をどうすべきかは明らかにござりましょう。小早川殿が最も適任にござる」
「宇喜多殿のおっしゃる通り。しかも、小早川殿は太閤殿下のご眷属にござる」
秀家と三成はそう言って、俺を推薦してくれたが丁重に断った。天下の政治をつかさどるのに俺より優れている人物はたくさんいる。
最終的には小西行長と三成の朋友、佐竹義宣が家康と利長の後釜として五大老に就任することとなった。ちなみに今後は五大老全員が大坂城に詰め、直接秀頼を補佐するらしい。まあ、輝元ひとりよりはそっちの方が圧倒的に安心である。
あらかたの議論が終わると、俺は帰路についた。秀家や三成たちに会えただけで、だいぶ意味はあっただろう。
名島城に帰り着いた後の俺は、しばらく何もしなかった。季節は冬なので外にも出たくなく、かといってすることもない。恒例の評定以外にする政務もなかったので、ダラダラと過ごしていたら、あっという間に春になってしまった。
だが、春になったからといってすることもない。惰性で毎日を過ごしていると春も過ぎ、夏も過ぎ、ついに秋になり、新年がすぐに来てしまった。そしてまた春に……だが、その間に何も起こらなかったわけではない。ついに俺の後継者が誕生したのだ。本当に嬉しい!
悠太郎と名付けた。漢字の読み方は違うが、俺の前世の名前から一文字拝借して名付けたものである。適当に思われるかもしれないが、戦のない世の中で悠々と生きてもらいたいという願いからつけた。とはいえ、これは幼名なので元服したら名前は変わる。それまでの仮の名前のようなものだ。
悠太郎はすくすくと育った。医療が発達していない時代なので、病気にかからないかとハラハラしていたが、丈夫な子だったらしい。
そしてもう一つ嬉しいことが起こった。悠太郎に二歳差の妹ができたのである。名前は初子。これは姫がつけた名前だ。戦国時代の女の子の名付けとしては初という感じを入れるのは定番の一つらしい。
子供の成長を見守りながら過ごす年月は矢のように速く過ぎ去っていき、悠太郎は五歳になった。
「エーイ!」
「おおっ、悠太郎は強いなあ!」
そして俺は城内の庭で悠太郎とチャンバラをしている。
「ふふ、必ず強くなりますね、悠太郎は」
初子をあやしながらそれを見守っているのはもちろん、俺の妻である古満姫だ。ちなみに俺には今でも側室はいない。一夫一妻制が現代の常識だからね。
「殿ー! もうそろそろ城にお戻りくだされ。皆が待っておりまするぞ!」
そう大声で叫びながらこちらに向かってきたのは、頼勝である。頼勝にもおととし、子供が生まれた。これで二人そろって、家の心配をする必要はない。
「わかったわかった。じゃ、悠太郎。またな」
「えー、父上ぇ! まだ遊びたい!」
「こらこら、悠太郎。父上に迷惑をかけるのではありません」
俺はそんな家族の声を聞きながら、いつもの評定の間に頼勝と共に向かった。俺は体は二十五歳とまだだいぶ若い。だが、心はすでに四十一歳。もうそろそろ休みたい気持ちもある。悠太郎が元服したら……俺には考えがあった。