第三十四話 安土桃山宝くじ
とはいえ、もう時間は夜に入っていた。今から準備をすることもできないので、家臣みんなをそれぞれの屋敷に帰らせると、俺も簡単に食事と入浴を済ませて、さっさと寝た。
翌日から本格的な宝くじ発行の準備が始まった。木箱や木札はとりあえず、城下の木工職人に製作を依頼し、当選番号を決定する木札を突くための錐など、あえて作るほどのものではないものは適当に調達、そして城下に宝くじ販売の立札を出した。販売は一週間後から開始で抽選前日に終了、販売場所は城の正門前の特設売り場、抽選は二週間後ということにした。
ちなみに、くじは一枚二十文、当選金は四桁全ての数とその順番が一致した一等が二十貫、最後の一桁以外が一致した二等が一貫、上の二桁のみが当たった一番下の三等は三十文である。
一貫は千文と同価である。この通貨を現代の円に換算するのは、比較対象があまりないので、なかなか難しいのだが、一貫で約一万円から二万円といったところだと思うので、一等は現代で言えば、二十万円から四十万円、前後賞は五万から十万円、三等は三百円から六百円といったところだろう。
もっと当選金額を上げたいのはやまやまだったのだが、あまり上げすぎて当選者が続出、赤字なんてことになったら本末転倒なので、一回目はこの程度にしておくことにした。
販売担当はお城勤めの武士の皆さんである。そのトップは山口右京亮修弘。あの宗永の長男である。現場の責任者を誰にしようかと悩んでいた時に、宗永が自信満々で推薦してきたのでそれを信頼して任命したのだ。彼自身のやる気も満々のようである。
三日後、城に木箱と木札が届けられた。木札には一から九までの当たり前だが漢数字、木箱には小早川家の家紋、左三つ巴が黒で描かれている。
小早川家の家紋というと、違い鎌というイメージがあった。そう、あの二本の鎌がクロスしているやつである。だが、それは小早川家代々の家紋ではないことに養子に入ったときに初めて知った。どうやら、違い鎌は史実での秀秋がひとりで使用していたものらしい。
「殿、これで万事準備は整いましてござるな。しかし、このような物で多大な金子が調達できますかどうか……」
宝くじの販売開始が前日に迫った日の評定の時間、頼勝が疑問そうに俺にそう言ってきた。
「まあ、物は試しだからな。そういう頼勝だって、『最低でも予算の足しぐらいにはなりそう』と言っていたじゃないか」
「左様にはござりまするが……」
「まあ、平岡殿。殿らしい面白いお考えではあったでござろう。殿のおっしゃる通り、一度試してみる価値は十分にあるはずでござるよ」
俺にそう追加でフォローしてくれたのは宗永だった。その日は販売の手順などの最終打ち合わせを終えると、俺と家臣一同早めに休んだ。
その翌日、朝食と毎日恒例の評定もそこそこに正門前の特設売り場の様子を窺いにいくと、そこは予想以上の状況だった。
販売用の窓口三つの前には、町人、商人、農民などさまざまな職業風の人たちが長蛇の列を作ってならんんでいる。現代で例えるならば、まるで超人気のレストランの前にできているような行列である。
売り場も大忙しのようだ。ちなみに宝くじの売り方というのは、至極単純な方法だ。購入者が自分で好きな一から九までの数字を四桁まで選び、それを聞いた担当者が横長の和紙にその番号と購入者の氏名を書き、小早川家の印章を押して、購入者に渡す。ただそれだけである。
ちなみに印章を押させるのは、万が一誰かが偽造をたくらんだ時に、それを阻止するためだ。
「殿、お考えはまことに素晴らしいものでござりました。くじが飛ぶように売れていきまする!」
売り場まで行き、状況の確認と激励をした俺にそう答えたのは、担当者の修弘である。年は二十代後半。俺の周りの家臣たちでは、若い分類に入る。
結局、初日の販売が終了した時点で売り上げは三十貫であった。とりあえず、一等分の代金程度は回収できたようだ。
その翌日も、そのまた翌日もくじは相変わらず売れ続けた。その結果、最終的な売り上げは百二十貫。現代の円に換算すれば百万を優に越える。
そして運命の抽選当日、売り場と同じく抽選会場となった城の正門前には人だかりができた。それを確認した俺は抽選をするために設けられた木製の台の上に登った。そう、抽選担当はこの俺なのだ。
「領主の小早川大納言秀俊である。ただいまより、宝くじの抽選を行う!」
俺が錐を持って高らかにそう宣言すると、領民たちはさらに盛り上がり始めた。係が木箱を回転させ始めたのを見ると、俺はすばやく錐を木箱の中に突き立てた。
コンと木が刺さった感覚を感じる。俺はそれを感じるなり、すぐさま錐を木箱の外に出した。やはり、先っぽに木の札が突き刺さっている。手に取り上げ、それを大声で叫ぶ。
「さーん! 最初の数は三だ!」
それを聞くなり、さらに盛り上がる人と残念がる人に反応が分かれ始めた。ただ、残念がる人の方が数は多い。
木札を木箱の中に戻し、係が再び木箱を回転させ始めると、俺はもう一度、勢いよく錐を突き立てた。またもやコンという感触がすぐにしたので、すぐさま取り出し、叫んだ。
「はちー! 二つ目の数は八だ!」
二回目の時点で大多数の領民たちが残念そうな顔に変わった。だが、まだ盛り上がっている人もいる。少なくとも三等以上が確定したのだろうし、それはそうだろう。
三回目も無難にこなし、番号をまた叫ぶ。
「ごー! 三つ目の数は五だ!」
あー、という惜しがる声が一部から聞こえてきた。だが、それとは逆におーっ! と興奮する声もごく一部から聞こえてきた。二等以上が確定したようだ。
最後の木札を突き、それを叫んだ。これで当選者が確定する。
「いちー! 最後の数は一だ! さあ、一等は誰だ!?」
そう呼びかけてはみたものの、すぐに反応する人は出てこなかった。まさか、一人も当選者が出なかったのか? そう思い始めたその時、声が聞こえてきた。
「ご領主様ー! 当たりましただー!」
人の波を掻き分け、三十から四十代ぐらいの農民が向かってきた。
「おお、おめでとう! 金子は係の者から受け取ってくれ!」
奥に控えていた係の者を指さして言った。そう、当選金は現金で直接渡されるのである。
「他にはおらぬのか!?」
もう一度、人だかりの中に叫んでみたが、先ほどの農民以外出てくるものはいなかった。
農民の方に目を向きなおすと、ちょうど金子を受け取っていたところだった。ちなみに小銭で払うと相当な重荷になってしまうので、一等の当選金は大判で支払われる。その数、二枚。とはいえ、金でできているのでそれだけの価値は十分にある。
貰った大判をちょうど大切そうに風呂敷包みに包んでいた農民に俺は話しかけた。
「いやはや、一等おめでとう。お主、名はなんと申す?」
できるだけ領主らしい言葉遣いで話しかける。昔から慣れよう慣れようと思っても相変わらず慣れないのだが、年も若いことだし、あまり変な言葉遣いだとうつけ者扱いされかねない。
「へえ、おいは吾作と申しますばい」
「吾作か。うまいもんでも食って、大切に使うのだぞ」
「ありがとうごぜえます!」
本当に嬉しそうな顔をしている。やった甲斐があったというものだ。