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第三十二話 領民皆学へ

この話は以前、投稿した閑話を加筆修正したものです。次話から本格的にストーリーを進めてまいります。

 翌日、さっそく家臣それぞれが選んだ代官が伊豆へと出発した。統治方針は、ここ筑前からも京からも遠く離れた遠国なので、上納金ならぬ上納年貢は当分の間、免除。自分や家族の身を養える程度に年貢は取り、出来るだけ農民に配慮するように。といった感じのである。


 伊豆へと向かう代官たちを城の正門から見送り、いったん自室へと戻った俺はふと思った。


「あれ? この時代の学校ってどうなってるんだ?」


 見送りの後に開かれた恒例の評定が終わった後、俺は退出しかけていた頼勝を呼び止め、教育について尋ねた。


「頼勝。領民のみんなって、どれくらいの学があるんだ?」

「学でございますか……? 寺で、簡単な読み書き程度なら教えられているようでございまするが、詳しくは……」

「そうか……でも、そんなんじゃダメだ!」

「と、おっしゃいますと?」


 今というか未来では、誰でも学校で最低でも九年は教育を受ける。だがやはりこの時代、戦国時代はそうではなかったわけだ。未来から来た者として、三百年以上先駆けて、領民皆学を成し遂げるぜ。


「領内にくまなく、小学校と中学校を建設するんだ」

「しょうがっこうとちゅうがっこう? 殿、それはいったい、なんでござりまするか?」


しまった。小学校と中学校なんてこの時代にはないんだから、わからなくても当たり前だった。


小学校と中学校、義務教育についてじっくりと説明しようかとも思ったが、さすがにこの時代に現代と同じような教育システムは構築できないだろう、と考え直し、領民全員が読み書きと簡単な知識を知っているようにしたいという考えを頼勝に説明した。


「殿! それはいくらなんでも無謀な試みでござりまする! そもそも農民たちは、自分たちの生活で精一杯なのですぞ。みすみす、子供達をそのようなところに通わせてくれるわけがございませぬ!」

「うーん。それでも俺はやるぞ! 寺子屋に子供を通わせる家庭には年貢を減免しよう。お金もこの小早川家から出す。無論、領民だけではなく家臣みんなの子供たちにも相応の教育を受けさせよう」

「……承知いたしました、殿。では、国中に命令を出しましょう」


頼勝はそう言うと、広間から出ていった。だが、俺はここで終わりにはしなかった。


城からこっそりと一人で脱け出すと、近場の寺へ向かったのである。


小学校と中学校を建設するといっても、一から全て作っていたら、金銭的に疲弊してしまう。寺の敷地や建物の一部を借りるなり、買い上げるなりして有効活用することが大事だ。


そもそも寺の坊さんなら、ある程度の教育を受けているはずだし、教師として採用できる人物も、武士か坊さんぐらいしかいないだろうし、ここで現場を見ておくのも必要なはず。そう俺は考えたのだった。


寺の正門に着くなり、掃除をしていた小僧に「領主の小早川秀秋だ。住職に会いたい」という告げると、慌てて奥へ駆けて行った。


しばらく待っていると、俺の登場に驚いたらしい寺の坊さんがわざわざ出てきて、奥の本堂へ案内してくれた。


ちなみに住職の名前は、義慶と言うらしい。頭も服もいかにも坊さんという感じが醸し出されている住職殿である。


座布団の敷かれた床に座り、小僧が持ってきた緑茶を一口すすると、俺は話し始めた。


「住職殿。この寺では、民に学問を教えたりしておりますか?」

「はい。ひらがなとカタカナ、簡単な漢字の読み書きなどを拙僧が教えておりまする」

「報酬は受け取っておるのですか?」

「いいえ! 僧職の身で、お礼などを受け取るわけには参りません。全て、タダで教えておりまする」


なかなかの良い坊さんらしい。戦国時代の坊さんや寺といえば、堕落した生活を送ったあげく、信長の焼き討ちされた比叡山延暦寺がまっさきに思い浮かぶため、現代でもイメージはよくないが、この坊さんは確実にそういう悪僧ではない。


「計算も教えているので?」

「いえ、それは……拙僧の力不足で教えることが叶っておりませぬ」


まだまだ数学は一部の人にしか広まっていないらしい。俺も、もともと数学は得意ではないが、一応、中学生レベルの数学なら教えられるレベルに達している……はず。ここでひとつ、実践してみよう。


学校で領民に教育を受けさせるからには、最低でも小学校レベルの算数は出来たほうがいいだろう。きっと、日常生活に役立つはず。この坊さんにも先生になってもらいたいし、教えた方がいいはず。


「左様でございますか。では、ここでワシが南蛮から伝わった簡単な算術をやってみまする。書くものを用意していただきたい。それを見て、子供達にどうか教えてくだされ」


俺はそう告げた。今からやる計算はどう考えても和算ではないので、一応、南蛮の算術ということにしておく。


「わかりました。しかし、さすが領主様です。南蛮の算術までお出来になるとは……感服いたしました」

「いやいや、そんな」


住職から褒められ、すこしいい気になる。しばらくして、紙と墨、硯、筆が用意された。俺は素早く簡単な計算を書いてみた。まずは、小一レベルからである。


「1+1=2 1+2=3 1+3=4 etc……」という具合に書く。1+1から9+9までという一桁の足し算からだ。


すると、住職がすかさず尋ねてきた。


「小早川様、これはなんと書いてあるので? 拙僧には、この珍妙な文字がサッパリ読めませぬ」


この言葉を聞いて、俺はふとまた気が付いた。アラビア数字と計算記号がこの時代、戦国時代にまだ伝わっている訳がない。数字のことをまず教えなければ。


俺はその疑問に丁寧に答えた。1は一、2は二、3は三、4は四、5は五、6は六、7は七、8は八、9は九という意味だという風に。それに計算記号の+は足すという意味だということも加えて説明した。


「おお、そうでございましたか。いやはや、誠に素晴らしいですな」


住職が納得すると、俺は説明を続けた。足し算はいったんこの辺にしておいて、次は反対の引き算である。


住職にも簡単な算術、というか算数・数学の知識はあるらしい。簡単に理解してくれた。


その次は掛け算、割り算である。まず初めに九九を教えてみた。


「いちいちがいち、いちにがに、いちさんがさん、いちよんがよん、いちごがご、いちろくがろく、いちなながなな、いちはちがはち、いちくがく……」


これを九の段まで暗唱してみた。


「これはこれは! 本当に素晴らしいですな。これは役立ちまする」


住職が感嘆の声をあげる。だが、まだまだ教えた方がいいことはある。これは長くなりそうだ。とはいえ、この時代でアラビア数字と計算記号で算数を教えるのはやっぱりなかなか難しいのかもしれない。だが、まあ九九ぐらいなら暗記すればそれなりに役立つはずだ。


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