第三十話 凱旋
江戸城から本拠の名島城に帰還するのには、途中の丹後で正成とその配下の者たちと別れを告げるたりした結果、一か月と少しほど掛かった。
へとへとに疲れてようやく懐かしの名島城に帰ってきたときに、真っ先に出迎えに出てきたのは、留守を任せていた伊岐真利と日野龍右衛門だった。
「殿、ご無事で何よりでござりまする!」
「黒田が攻め寄せて参りまして、大変でござりました」
城に入ってからゆっくりと説明を聞いたところ、俺がいない間に、家康方の黒田如水が領内に侵入してきたらしい。兵力は息子の長政が残していった兵や金をばらまいて集めた浪人や領民、約一万人。軍を率いて正々堂々、真正面から迎撃しようとした真利を龍右衛門が迂闊に迎撃に出れば、戦上手の如水にボコボコにされると止め、籠城戦に突入した。
兵力は如水軍が約二倍と勝っていたものの、「城攻めには三倍の兵力が必要」という格言もある通り、二週間程度、如水軍は城を落とそうと攻めかけてきたらしいが、諦めて引き上げたという顛末だったという話だった。黒田如水はおそらく天下を狙っていたのだろう。まあ、今となってはそれは露と消えたが。
「日野殿の意見もたしかにごもっともではありましたが……それがしが出陣しておれば、黒田軍など虫けらのように蹴散らして御覧に入れたのでござるが。残念にござりまする、殿!」
話の最後に真利が本当に残念そうに俺に言ってきた。戦場で活躍できなかったのが悔しいのだろう。ただ、城を死守するという手柄は立てれくれた。真利や龍右衛門にも何か褒美を用意してやらないと。
城に帰ってからもやることは、たくさんあった。まずは、武器や鎧の整理整頓である。秀吉の刀狩令によって、農民たちは鹿や猪といった害獣駆除用や何か特別に持つ理由がない武器を没収されたので、武器は城からの貸し付けていたのである。鎧は没収対象ではなかったものの、最初から鎧まで持っている足軽たちはごく少数だった。ちろん、今回の戦でも。なので、貸し付けていたのである。
それを返却してもらって、武器庫に収めなおす。これをするだけで夕暮れまで掛かった。それが終わったところで、兵たちに帰宅を許可した。
命令を聞いた兵たちは歓喜の声をあげ、我先にと自宅へと帰り始めた。もともと、行きたくて行った戦ではない。早く帰りたいのは当たり前のことだろう。そんな彼らを従軍させ、一部は死なせてしまったり怪我をさせてしまったのは本当に申し訳ない。でも、そうしなければいけなかったのは確かなんだ。
そこまでやったところで、俺もようやく憩いの自室へと戻ることができた。ちなみに、家臣たちも兵たちと同時に自分たちの館へと帰っている。ゆえに、今この城にいるのは、警備兵と身の回りの世話をしてくれる侍女や小姓、それに姫だけである。
とりあえず座布団に座って落ち着き、小姓でも呼んで湯漬けでも一気にかきこむか、と思っていたら、突然、目の前の障子がガバッと開いた。
障子が開き、目に飛び込んできたのは、姫の姿だった。わざわざ会いに来てくれたのかと嬉しくなり、声を掛ける。
はずだったのだが、口を開いて言葉を発する前に抱きつかれた。
「殿、お怪我もなさらなかったようで私、嬉しいです!」
「え、ああ。あ、ありがとう」
何とか感謝の言葉を述べながら、俺は思わずニヤニヤしていた。前世では全く縁のなかったことだからどうも慣れない。どうしてもニヤケが出てしまう。もちろん、今世でも縁はあまりなかったのだが。
「お城まで敵が攻めてきて、とても怖うございました……」
「心配かけてごめんよ。でも、もう大丈夫」
ようやく俺から離れた姫が俺に言う。
「今日はお疲れのご様子。どうぞ、ごゆるりとお休みくださいね」
「ああ、うん。わざわざ来てくれて本当にありがとう」
深く礼をして彼女は去っていった。なんというか、あっという間の出来事だったな。
俺はそんなことを考えながら、感慨にふけっていたが、ふと気付いた。まだ、湯漬けを食っていない。
すぐさま小姓を呼ぶと、湯漬けの支度を命じる。とはいえ、簡単な食べ物なのでそれほど時間もかからずすぐに湯漬けは運び込まれてきた。
湯漬けといっても、本当にご飯とお湯だけという料理ではない。味噌や塩、漬物といった何か一品をおかずとして添え、それと一緒に食べるのである。
俺はどれも好きではあるのだが、一番好みなのは焼き味噌である。香ばしいかおりが何とも言えず、湯漬けが進む。本当に。
今回もその焼き味噌がおかずとして添えられてきた。焼き味噌をひとくち、口に入れるなり、薬味として入っている生姜とうまい具合にマッチした味噌のうまさが舌に染み渡る。それが消えないうちに湯漬けをかきこむ。ああ、やっぱりうまい。
うまいものはすぐに食べ終われるもので、湯漬けをあっという間に食べ終わると、頃合いを見計らって現れた小姓にお盆を預け、疲れた体を癒すために睡眠に突入した。