第二十五話 刈屋の戦い(上)
翌日、俺たちは三河の最前線である刈屋付近まで進軍していた。間者からの報告によれば、上田城の攻略を断念して急行してきた家康の息子、秀忠の軍勢、三万八千が合流し、迎撃態勢を整えているとの話である。
いったん現在の我らが西軍の兵力を簡単にまとめてみみよう。
宇喜多秀家率いる一万八千、その補佐役の石田三成の六千、小西行長の六千、島津義弘の千五百、毛利秀元の一万五千、吉川広家の三千、安国寺恵瓊の二千、長宗我部盛親の六千五百、豊臣秀次の一万五千、鍋島勝茂の六千、長束正家の千五百、小川祐忠の二千、脇坂安治の千、赤座直保の六百、朽木元綱の六百、毛利元康を筆頭とした九州諸大名の一万五千、織田秀信の三千、それに俺の軍勢一万。足し合わせると、九万四千七百の大軍勢である。
それに対する東軍はどうかというと……豊臣恩顧の諸将の離脱が相次ぎ、秀忠の軍勢を足し合わせても総兵力は六万といったところである。
数の面からすれば、こちらが圧倒的に優勢だ。
その日の夕暮れ、俺たちはついに東軍との直接の睨み合いに突入した。場所はよく大河ドラマなどの戦闘シーンでよく見るような大草原である。ただ、ちらほらと農民が住んでいるのであろう簡素な家も見えるが、おそらく住民は避難した後なのであろう。
俺たち西軍は、鶴翼の陣に布陣した。この陣形は兵力で優っているときに敵を包囲殲滅するのに一番よい陣形である。今の俺たちには最適な陣形であろうということで諸将協議のうえで決められたものだ。
大将格である秀家が最も奥、その隣に三成と俺……という風に布陣していき、最も敵側に布陣させられたのは陣の最も左側にいる秀元と広家、陣右側は、小川、脇坂ら、史実の関ヶ原で史実の小早川秀秋に呼応して裏切った西軍四将として知られる皆さんが着陣することとなった。
敵である東軍は、魚鱗の陣で布陣したようだった。どうやら一点突破での勝利をを狙っているらしい。当然、家康はその最も奥にいる。
その日の夜は特に何事も起こらず、次の日の朝が訪れた。このままジーッとしていてもしょうがないと秀家も考えたのか、俺に少し前進してくるように使者を送ってきた。諸将全てに使者を派遣しているらしい。ご苦労様なことだ。
事態が動いたのは昼頃のことだった。俺が家臣のみんなと陣で昼食の弁当を食っていると、前線の方から息を切らした若武者が駆け込んできたのである。
「小早川様、戦が始まりましてござりまする!」
「なに、もう始まったか!」
俺が何か応答する前に、辰政が立ち上がって言う。よほど手柄を立てたいらしい。
「ハッ! 敵方の先鋒、井伊修理大夫が突撃を開始、それを防がんとした我が主の小川土佐守との戦闘となったものでござる」
この若武者は小川家所属らしい。主君のために報告に駆け回っているらしい。
「左様か、承知いたした。ご苦労なことでござる」
「それでは、拙者は他の皆様にも報告してまいりますゆえ、御免!」
若武者はそう言うと、陣から走り去っていった。
「殿! いよいよ今度こそ、それがしの出番にござりまするな!」
「ああ、そうだ。活躍を期待してるぞ! ただし、絶対に死ぬなよ?」
「ご安心くだされ、内府の手先になど討ち取られて堪るものですか!」
辰政が笑いながら言う。
「殿、前線に偵察の者を出しましょう。戦況の把握は大切にござりまする」
頼勝がそう提案してくる。確かにそれはそうだ。
「ああ、じゃよろしく頼む」
「承知いたしました」
頼勝は準備のためか、陣から走って出て行った。
俺も戦況は気になる。とりあえず、ここにいるより秀家の本陣に行った方が状況の把握はできるだろう。そう考えた俺は、秀家の陣に太郎を走らせた。
陣の前に太郎を止めると、陣幕をくぐって中に入る。
「おお、小早川殿ではないか」
秀家に声を掛けられる。
「宇喜多殿、戦況はどうですか?」
「ううむ、内府方の先鋒の井伊修理大夫がなかなか奮戦しておるようにござりまするな……小川殿の軍勢はとうに突破されたようでござる」
「ええ!?」
「井伊の後ろから本隊もまっすぐこちらに向かってきているようでござるが、まあ問題はござらぬ。我らがしばし持ちこたえれば、鶴翼の陣を敷いているこちらが圧倒的に有利。必ずや包囲殲滅できましょう」
秀家が自信満々に言いながら続ける。
「もちろん、小早川殿の軍勢にも期待しておりますぞ! 共に内府の軍勢を叩きのめしましょう!」
「しっかと承知しております。必ずやご期待に沿ってみせましょう」
俺はそう答えると、部隊の指揮のために一礼して、秀家の陣から去った。
本陣に戻ると、家臣のみんなが揃って出迎えてきた……と言いたいところだったのだが、頼勝しか見当たらない。
「殿、報告が二つござる。一つは、偵察に出した者が帰ってきました。二つ目は、内府方の軍勢が近づいております」
家臣のみんながいなかった理由はそれか。俺は納得がいった。
「それで、殿。偵察のことでござりまするが……なかなか敵は頑張っているようにござりまする。足軽一人一人が獅子奮迅といった様子だったようで」
「なるほど……って、それは大丈夫なのか!?」
「まあ、小川殿の軍勢はそこまで戦意が高かったわけではございませんから……小西殿らこちらの本隊と先頭になればあちらも撤退することになりましょう。勝利は確実にござりまする」
頼勝の言うことも、もっともだ。
俺たちの軍勢と東軍も間もなく戦いに突入するだろう。頑張らねば。