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第二十四話 進軍開始と諸将の決断

 割り当てられた部屋に戻った俺は少し休憩すると、明日出陣だということを家臣のみんなに伝えた。だが、みんなにとってもそれは想定の範囲内だったようだ。


 そしてその翌日、俺たちは出陣前の最終確認である軍議を再び開いていた。ただ場所は前回のように天守ではなく、城門近くの櫓の中である。これは軍議が終わり次第、速やかに出陣できるようにするためである。もうすでに兵たちは出陣の準備を着々と進めているのだ。


 出席者はいつもの面々……と言いたかったところなのだが、そうではない。秀家の隣に謎の人物がいるのだ。年は五十歳程度、身なりからして最低でも大名の家臣程度であることは確かだ。

 秀家の表情を見ると、昨日の時のようにこれまた嬉しそうで笑みが少しこぼれている。秀家は諸将の顔を見て隣にいる男が誰なのかを聞かれる前に説明すべきだと思ったのか、話し出した。


「皆さま、喜ばしいご報告ででござる。内府方についておった伊賀の筒井殿がこちらと単独で和議を結びたいそうじゃ。そしてこちらにおるがその家臣である中坊飛騨守殿である」

「ご紹介に預かりました飛騨守でござる。我が主、筒井伊賀守は、関白殿下の為を思って内府方に付いておりました。ですが、左大臣様がこちらに付いたと聞きまして殿は目が覚めたのでござりまする。これ以上逆賊である内府に与することは出来ませぬゆえ、虫のいい話になってしまうのでござりまするが、どうかどうか、和議を結んでいただけませぬでしょうか?」


 秀家の話に続けて中坊飛騨守が頭を下げながら言う。中坊という名前を聞いてどこかで聞いたことがあるな、と話の途中ずっと思っていたのだが、今思い出した。おそらくこいつは筒井家のお取り潰しの原因となった筒井騒動を起こした張本人の中坊秀祐である。なんとも言えない人物を定次も使者に任命してきたものである。


「それがしとしては、和議を結ぼうと思っておりまする。内府の力を削げるのをわざわざ断る必要もないかと考えまするし、筒井殿は太閤殿下の信頼に厚かった方。このたびの戦に内府方として参戦したのも、ひとえに関白殿下のことを考えたゆえでござりましょう」


 秀家が自分の所見をまず話す。


「それがしはこう思ったのだが、皆さま何か異議はございまするか?」


 秀家が諸将に問いかける。だが、異議を申し立てる者は誰もいなかった。それも当然のことだろう、特に反対する必要性はどこにもない。


「では、こちらとしても和議を結ぼうと存ずる。本来は筒井殿のご処分は減封、あるいは改易といったところではござるのだが、内府方の諸将に先駆けて和議を結んだのを評価し、総大将との毛利殿との相談にはなりまするが、本領安堵ということにいたしましょう」


 秀家がそう中坊秀祐に言うと、彼の表情は途端に喜びに変わり始めた。


「おお、まことに寛大なご処分に感謝いたしまする。我が主に伝えたましたのち、我らはすぐに伊賀へ引き返します」

「そう致してくれ。とはいえ今、上野城には我が方の新庄殿らがおる。上野城は筒井殿の城ゆえ、当然お引渡し致しまするが一応、彼らを目付として城に留まらせていただくが、それもよいですな?」

「先ほどまで敵であった我らをすぐに信用できないのも至極当然のことでござりまする。承知いたしました」


 そう秀祐は言うと一礼して去っていた。その後はしばらくシーンとしていたが、その静けさを最初に打ち破ったのは、島津義弘だった。


「一段落したところで、すみやかに三河へ向かいましょうぞ。この清洲城に長く留まる理由はないかと存ずる」


 義弘の声をきっかけに諸将があわただしく動き始めた。


 一時間後、俺たちは城を出て三河へと出陣した。間者からの報告によると家康方は西三河の最前線で待ち構えているとのこと。三河に着くのに掛かる時間は多く見積もって二日。大きな戦になることは間違いない。

 ちなみに秀次も西軍の一員として出陣した。秀次は百万石を超える大大名であるがゆえに当然、動員可能な兵力も多い。おおよそ二万五千といったところで毛利輝元や家康にも匹敵する。とはいえ、清洲城の守備にも兵を割かなければならないので、秀次と共に出陣したのは一万五千程度だ……それでもすごく頼りになる大兵力なのだが。


 いろんなことを考えながら馬の太郎に揺れながら、行軍を続けていると、あっという間に夕暮れになってしまったので俺は行軍中毎晩定例の軍議に出席するために秀家の陣へ向かった。まあ、軍議とはいってもなにか重要な事態が発生しない限り、軍議というより状況報告会という名称のほうが似合っている。


 秀家の陣に着くと、集まっていたのは大将の秀家とその身の回りの者を除けば俺だけだった。秀家の様子を窺うと、これまたまたもや上機嫌そうである。近頃、秀家の焦った表情や厳しい表情を見た記憶がない。もちろん軍議の時は真剣な顔をしてはいるのだが。


 そんなことを考えていると、秀家が話しかけてきた。


「小早川殿。近頃は嬉しい報告ばかりでござるが、今回もまた嬉しい報告が間者から届きましたぞ!」

「なるほど……それはもしや、福島殿らが内府方から離脱したとか?」

「その通り! 当たりでござる。次兵衛尉殿の加入に驚いておったようですが、太閤殿下のご親族に歯向かうわけにはいかないと考えたようで。ただ福島殿らは治部が嫌いゆえ、こちらに使者を派遣してくるつもりはないようにござりまするがな」


 秀家はここまで話すと笑い始めた。たまらないらしい。


「狸の焦った表情が目に浮かんできますなあ! 実に愉快でござる」

「左様でござりまするな。これで狸狩りが楽になろうというものでござるよ」


 俺も秀家に釣られて少し笑いが出る。秀家と雑談しているうちに諸将が集まりだしてきたので、秀家は元いた場所に戻り、軍議の開催を宣言した。


 冒頭に先ほど、俺に話してくれたことを諸将にも同じように秀家が報告すると、歓喜の声や笑い声が所掌から飛び出した。もはや負ける気がしないといった様子である。ただ、やはり油断は禁物というわけでしばらくたつと、真剣な顔に戻っていた。

 しばらく諸将からの現状報告が続いていたが、とくにこれといった事はなかったので、すぐに軍議はお開きとなった。


 俺も特になにか用事があったわけでもなかったので、自分の陣へと戻った。明日かあさってには、徳川軍と激突する可能性もある。覚悟しておかなければ。


 


 

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