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第二十一話 出発

 雑談が長引き、俺が割り当てられた部屋に戻った時には夕方になっていた。運ばれてきた夕食を食べ終わると、あとは本当にやることがなくなってしまった。そんななかで、うとうとしていると、障子の外に人影が現れた。 

 俺は一瞬身構えた。だが、心配はすぐに消えた。その人影はどう考えても頼勝のものだったからだ。


「殿、頼勝にござりまする」

「うん、ああ。入っていいぞ」


 俺が入室を許可すると、頼勝が入ってきた。そしてその手には、書状が握られている。


「殿……内府の忍びが書状をまたもや届けてまいりました……明日また、返事を伺いに参上するとのこと。いかがいたしましょう?」


 頼勝が声を潜めて言う。これで二回目か……懲りないものである。

 燭台の明かりが灯る机の上で書状を広げる。内容は前回と同じく予想通り、東軍への寝返りをすすめるものだった。


 だが、俺の考えはもう決まっている。高台院様が東軍派であることは残念ではあるが、秀吉の恩のほうが大きい。


「前にも言ったが、俺は東軍には寝返ることはない。もう決めたことだ」

「左様にござりまするか……ではこの書状、破り捨てましょうか?」

「いや、ここはあえて乗ってみよう」

「と、言いますると?」

「東軍に寝返る約束をするのだ、合戦の際には必ず寝返ると言ってな。当然、嘘だが。何かに使えるかもしれない」

「おお、それは名案。さすが殿でござりまするな」


 俺の作戦に頼勝が感心する。


「このこと、石田殿や宇喜多殿にもお伝えするのですか?」

「ああ、俺があとで言っておく……ただ、全員が揃っているところでは言わんな。どこかに間者がいないとも限らんし……あと他の家臣のみんなにも言うんじゃないぞ。これは俺との秘密だ」

「承知いたしました。ではこの書状、いったん持ち帰ることにいたします」

「ああ、頼む。書状は今日中に書いておくよ」

「ハッ!」


 頼勝が一礼して立ち去ると、俺はまた一人になった。それから何時間か掛けて寝る前に急いで寝返りを承諾する書状を書き上げた。一通りの仕事を終え、外に出ると夜空には三日月が浮かんでいた、綺麗なものだ……


 翌日、俺たちは岐阜城から清洲城へ向かって出発することにした。そして、それと同時に三好武蔵守吉房

の元にも使者を派遣した。


 三好吉房。彼は尾張犬山城主にして秀次の実父である。三好という名字を名乗ってはいるものの、当然彼も武家の出ではない。農民の出であり、もとは弥助と名乗っていたとのことである。秀吉の親族であったことが幸いし、とんとん拍子で出世を成し遂げた。

 俺も以前、会ったことがある。なんということはない、人の良いおじさんという感じだ。

 

 なぜそんな彼に使者を送るかというと、秀次説得の助けになるようにという考えがあるからだ。

 秀次の父は秀吉とはいえ、あの事件以降、秀次が秀吉のことをどう思っているのかは定かではない。書状にはっきりと拒絶の意思を示さないということは完全に憎んでいるというわけではないはず。まだ望みはあるはずだ。

 

 そしてもう一人のキーマンである菊亭晴季のところへもたっぷりの土産と手紙を携えた使者を出した。晴季は右大臣という高位に就いており、京都の公家衆、朝廷とのパイプ役である。その娘の一の台は秀次の正室でもある。

 今の時代、朝廷には戦を止める力はない。もっとも、朝廷はこの戦いに限らず、たいがいの戦争にはどちらかの勢力に与するということはほとんどない。だが、晴季の気持ちが西軍に傾いてくれれば、なにかと有利であることは間違いない。義父である彼の意向も秀次の心境に多少は影響するであろう。


 そうした準備を完璧に整えると、俺と三成は、護衛の兵卒を五十人ほど引き連れて、清洲城へと移動を開始した。俺の留守中の軍の指揮などなどは、頼勝ら家臣たちにすべて任せることにした。

 昨日書き上げた書状は頼勝に託した。今日、また来るらしい家康の忍びに書状を渡してもらう。


 岐阜城から清洲城まではおおよそ一日ほどの道のりである、早馬であれば半日も経たずに着くことも可能ではあるのだが、俺たちはそうするわけにもいかない。家康方の密偵が暗殺を狙っているとも考えられなくはないからだ。命あっての物種である。

 俺たちが清洲城に向かっている間、当分西軍は岐阜城に滞在することとなった。兵糧の備えはおおよそ一か月ほど残っており、まだ余裕はある。最悪、近隣の米商人から兵糧は買い占めればいいのだ。大坂城を占拠しているうえに、秀頼の母の淀殿はおもてむき中立を保ってはいるが、西軍派である。金銭の融通程度はたいしたことではない。


 兵卒たちの中央に、俺と三成は馬を並べて進む。こっちに来てからしばらくたってわかったことではあるが、戦国時代の馬は小さい。ポニー並みである。時代劇などに出てくる馬などはそうそういないのだ。有名な武田騎馬隊も実際には騎兵は少数で、敵を攪乱する程度の効果しかなかったとの話だ。

 かくいう俺の馬も背はだいたい140cm程だ。正直言って、こいつにふさわしい形容詞はかっこいいではなくかわいいである。ちなみに名前は……太郎だ。


 そうしてテクテク、パカラパカラと歩みを進めていると、三成が話しかけてきた。


「のう、小早川殿。我らの説得は成功するであろうか?」

「石田殿、大丈夫でござりまするよ。三好武蔵守や菊亭様のもとにも使いを送ったでありましょう? もっとも……あの事件さえなければもっと確実ではあったのですがな……」


 三成の問いに俺は答えながら、話を振る。


「あの時の殿下は少しおかしかったのじゃ……棄丸様を失い、悲嘆に暮れていたところにようやく授かった拾丸様、今の関白殿下のことを溺愛するあまり、判断力を失っておられた。そして、次兵衛尉殿が謀反を企てておるという根も葉もない噂をお信じになられてしまってな……」

「なるほど」


 三成の話がいったん途切れたところで、相槌を打つ。


「それがしも、そのような流言を信じるべきではないとお止めいたしたのであるが……小早川殿の諫言がなかったら、あれ以上の大事になっていたやもしれませぬな」

「いやいや、それがしの働きなど大したことではござりませぬ。しかし、殿下にあのような噂を流したのはどこのどいつでありましょうか?」


 謙遜しつつ、俺は前から気になっていたことを尋ねた。秀吉の側近であった三成であれば俺よりも詳しい事情を知っているに違いない。


「それはまったくもってわかりませぬ。いつのまにやら、流れておったもので……」


 三成も残念ながら知っていないようだ。本当に誰があんな噂を?


 そして俺は、まだ昨日の書状の件を三成に伝えていないことに気付いた。会話の種が途切れた今こそがチャンス。俺は太郎を三成の馬にさらに寄せ、小声で話し始めた。


「石田殿、これは内密な話なのだがよろしいか?」

「もちろんでござる、小早川殿は豊家を思う方。遠慮なくお話しくだされ」


 三成の返事に安心した俺は、本題を切り出した。


「実は昨日、内府から寝返りを勧める書状が届きました」

「なんですと!?」

「当然、それがしは内府方に付くつもりはありませぬ。そこで一計を案じましてな」

「ほう、その一計とはどのようなものですかな?」

「機を見ての寝返りを承知する嘘の書状を送り返すのです。いくら慎重な内府といえども、これは必ず信用しましましょう。合戦の際には何らかの役に立つはずです」

「おお、それは妙計ですな」

 

 三成も頼勝と同じように感嘆する。


「ただし……どこに間者がいるともわかりませぬゆえ、この話は決して他の皆さんに漏らすことはなきようにお願いたしまする」

「承知いたした。だが、宇喜多殿と拙者の家臣のうち、特に信用における者にだけは話してもよいだろうか?」

「それは構いませぬ。ただ、くれぐれもご慎重にお願いいたしまする」

「わかった。そういたす」


 これで三成への説明も終えた。あとは清洲城に急ぐだけである。




 


 


 


 


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