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第二十話 使者

 大広間に戻ってからは特にイベントは起こらなかった。残っていたするめと枝豆をとりあえず、ちまちまと食い、それが終わると、すごすごと部屋に戻った。西軍諸将の方々もそれぞれで盛り上がっているようではあったが、時間も時間なので泥酔しているか、よっぽど陽気になっているかのどちらかであったようである。


 その翌日、9月3日。俺たち西軍諸将は評定の間にて軍議を行っていた。議題はもちろん、これからの西軍の行動指針である。


「それでは忌憚のないご意見を皆様から伺いたい」


 と議論をリードするのは岐阜城主、織田秀信である。


「次兵衛尉殿がこちらに付いていただけぬ以上、内府方を攻撃することは出来ませぬ。やはり、ここは辛抱強く次兵衛尉殿に書状を送っていくのが得策ではござらぬか」

 

 真っ先に発言したのは宇喜多秀家であった。それは確かにそうなのである。秀次の領国である尾張を通行しなければ内府方のいる三河に攻め入ることはできない。正確に言えば、尾張を通らず美濃領内を大きく迂回すれば三河攻撃は可能ではある。だがそれはあまりにも面倒な行軍であり、事前に家康方に察知される可能性が非常に高い。


「それはしかりでござるが、ずっとやっておるではないか。だが、次兵衛尉殿からは返事すら来ぬ。これでは埒が明かないのではないか?」


 そう疑問を呈したのは島津義弘である。九州一の強兵を率いる猛将だが、決して猪武者というわけではない男だ。


「では島津殿。どうすればよいのだ?」


 と秀家が疑問を投げ返す。


「知れたこと。尾張を通らずに迂回して三河に攻め入るのだ!」


 先ほど、自分が心の中で却下した案を義弘が提案する。


「島津殿、それはあまりに危険な作戦じゃ。兵たちが疲労する上に、内府方に察知されて奇襲を受ける可能性すらある」


 自分も思っていたことを、そっくりそのまま義弘に言い返す秀家。


「そのようなことはわかっておる! だが、このまま傍観しているだけでは駄目だと言っておるのだ。兵糧にも限りがある、兵たちの士気の問題もある。いつまでもこの岐阜城に籠っておるわけにはいくまい!」


 義弘が口調を少し荒らげて言う。


「島津殿のご意見も宇喜多殿のご意見もどちらも、ごもっともである。他の皆様はいかが思われるか?」


 ここで秀信が議論に割って入り、議論の激化を防ぐ。


「こうなれば、もはや大将である石田殿が自ら説得に赴かれるというのはいかがか?」


 秀信の問いかけに一番最初に応じたのは小西行長であった。


「ふむ。石田殿はどうお考えになるか? 清洲城へ行く気はございまするか?」


 秀信が三成に使者としての意欲があるかどうかを問う。


「それが一番の得策であるならば、この石田治部少輔、喜んで清洲城へ向かう所存である。だが、こたびの戦の総大将はそれがしではなく毛利殿であり、副将は宇喜多殿じゃ。それがしが行ってよろしいのであろうか?」


 三成がそう言うと、秀家が


「総大将の毛利殿は大坂城の守備についておられるがゆえ、ここにはおらぬし、使者になるわけにはいかぬ。それがしも副将とはいえ、次兵衛尉殿の説得を主に行っていたのは、治部である。使者としては最適なのではあるまいか?……もっとも、総大将の代理として派遣されてきた毛利参議殿でもよろしいのではありまするが」


 と返すなり、秀元とその隣にいる吉川広家のほうに視線を向ける。


「いや……宇喜多殿、確かにそれは道理ではあるが……一軍の将である某がそう簡単に行けるものでは……」


 急に話を振られた秀元が少し動揺しながら慎重に断ろうとする。


「左様でございまする、宇喜多殿。殿から派遣された者として陣からそう軽々と離れるわけには参りませぬ」


 広家が秀元に助け舟を出す。


「わしもやはり、治部に使者として赴いてもらうほうがよいと思いまするぞ、宇喜多殿」


 ここで長束正家が口を出す。


「拙者も左様に思いまするな」


 長宗我部盛親もそれに同調する。


「なるほど。では、石田殿に清洲城へ向かっていただくということで……」


「待たれよ。それがしも石田殿に同行いたしまする!」


 ここで立ち上がりこう叫んだ男がいた。それは誰か? そう、それはまさにこの俺、小早川秀俊である。


「おお、小早川殿! しかし、なにゆえ……?」


 秀家が驚きの声と同時に疑問を呈してきた。


「ご存知の方もいらっしゃるかもしれませぬが、それがしはかつて、次兵衛尉殿が謀反の疑いを掛けられたときに、太閤殿下を説得いたしましたことがございまする。もしかしたら、次兵衛尉殿の耳にもそれが入っているやもしれませぬ。必ずや、説得に役立つかと」


 俺はこう説明した。そう、俺の言ったことはすべて事実である。しかも、多少の弁論の自信もある。


「なるほど。では、小早川殿も治部に同行して清洲城へ行ってもらいましょうぞ」


 秀家がそう言うと、


「それがしは賛成でござる」

「それが、ようござるな」

「拙者も異論はござりませぬ」


 諸将もあらかた賛成してくれたようだ。


「では、石田殿と小早川殿に清洲城へ向かっていただくということで……よろしいですな?」


 秀信が最終確認で諸将に問いかけるが、誰も異議を唱える者はいなかった。そして軍議は解散となった。


 城主である秀信や正家、秀元といった武将たちが次々と評定の間から去っていくなか、部屋には秀家と三成、そして俺が残った。


「小早川殿、かたじけない……正直言って、拙者だけでは不安だったのだ」


 少しの間の沈黙を最初に破ったのは三成だった。俺の助力に心の底から感謝しているようで、表情からは安心している様子が感じられる。


「いやいや、それがしは豊家のために尽力したいだけでござる。そして、石田殿は太閤殿下に忠誠を尽くされた信用できるお方じゃ。協力するのは至極当然のことでありまする」


「さすが、太閤殿下の甥でいらっしゃる小早川殿じゃ! これで治部も安心であるし、後は次兵衛殿を説得できるかですな」


 俺の言葉を聞いた秀家が感心したように言う。歴史上に有名人物に褒められるって、いまさらながら凄いことだと改めて思う。


「そう、そこなのだ宇喜多殿」


 三成が少し心配げに話を続ける。


「ずっと前から書状を送っておるのだが、次兵衛尉殿からはなしのつぶて。誠心誠意、心をこめてこちらに付いてただけるように頼んでおるつもりなのだが……」


「失礼を承知で言うのだが、治部。お主は少し冷徹というか……頭が固いという評判じゃ。それが影響しておるのやもしれぬ」


 三成の話に秀家が答える。家康より三成に人望がないのは残念だが事実だ。会って分かり合うことができれば、そんなに悪い冷たい男ではないとわかるのではあるが。


 それからしばらく、俺たちは話を続けた。


 


 






 


 






 

再開したばかり、しかもまだまだ話の途中ではありますが、なにかご感想やご意見がございましたら、どうか書き込んでいただければ、とてもうれしいです。

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