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第二話 赤ちゃん時代

 そんなことを考えながら、体は0歳、頭脳は16歳の木下辰之助として二度目の人生を送ることになった俺だが、予想以上に大変だった。


 まず、目が見えない。ここに生まれてから、だいたい三か月は視界がぼんやりとしていて、物の色を見分けるのが精いっぱいといった感じだった。口ももごもごとしていて、思うように動かせず、あーとかうーとか言うのでこれまた精いっぱいだった。転生するのも簡単なもんじゃない。


 もちろん、赤ちゃんなので外に出してもらえるわけでもない。ずっと、同じ和室で育てられる。おもちゃとして、でんでん太鼓や人形などが与えられたものの、容姿的にはともかく、精神的にはもうそれで遊ぶような年齢ではない。だが、そんな贅沢は言っていられないのだ。少なくとも、何もしないよりは暇つぶしになるのである。そう思った俺はそれで遊んでみた。

 でんでん太鼓を鳴らして遊んでみると、思わず笑みがこぼれる。言葉では言い表せないが、何かが楽しいのである。そして、それを見ている母のおあこさんも嬉しそうだった。


 兄たちもよく遊びに来た。特に一番来たのは、長男の大蔵兄さんだった。年が離れていたせいか、来るたび来るたび、おもちゃを買ってきてくれたりと、とても可愛がってもらった。

 なんでも、大蔵兄さんはあの天下人、豊臣秀吉に小姓として仕えているらしい。しかも一門衆なのでなかなか厚遇してもらっているとか。そういえば、秀吉の親族って弟の秀長と甥の秀次、それに子供の秀頼ぐらいしか一般常識的には知られていないのだが、我が木下家も当主の家定が豊臣秀吉の奥さん、しかも正室の兄なのだからもちろん立派な一門衆なのである。当然、この俺もだ。


 ちなみに、父の家定はときどき会いには来るものの、育児の手伝いはまったくしていないようだった。イクメンなんて戦国時代にはまったくいなかったのだろうか。奥さんも俺の母だけでなく、何人かいるらしかった。現代の倫理的にはありえないことだが、昔はそれが当たり前だったとはいえ、家臣クラスでも複数の奥さんが持てることは驚きだった。

 

 それとこれは生まれてから一年ほど立ってから気付いたことなのだが、俺のいるこの場所は……城ではない。館である。まあ、それでも父親が重臣クラスであることは間違いないのではあるが。


 そんなこんなで、一年が過ぎた。目もはっきりと見えるようになり、口も自由に動かせるようになった。ただ、いきなり普通に話し始めたら、物の怪に憑かれたとでも思われるかもしれないので、父上。とか母上とかそういう言葉しかあえて言わないように心掛けた。


 とはいえ、特にすることが増えたわけではない。まだ一歳の幼児、相変わらず館の外にも出られない。唯一、変わったことといえば、食事が重湯やおかゆといった離乳食的なものに変わった程度である。


 だが、季節が秋へと差し掛かろうという時に、もうひとつ、ビッグイベントが起こった。俺に弟ができたのである。母も俺と同じおあこさんだ。名前は六郎と名付けられた。六男だから六郎。なんともシンプルである。だだ、信長の嫡男である信忠が顔が奇妙だったからという理由で奇妙丸と名付けられたというエピソードに比べれば、六郎のほうがよっぽどマシな名前ではあるのだが。

 とはいえ、元服したらどうせ名前は変わるので、変な名前や手抜きな名前だったとしても、そう悲観することはないのはメリットだ……本当にこれってメリットか?


 そんなこんなで、俺の普段の生活にも多少の変化が現れた。母親にとっては、面倒を見なければならない子供を一か所に集めておいたほうが楽なのは至極当然のことである。そしてその結果、俺は六郎と共同生活を送ることとなった。


 おもちゃの大半は奪い取られ、母親も弟の世話でいっぱいいっぱい。赤ちゃんも嫉妬するという話を以前に聞いたことがあったが、それも頷けた。


 しかし、別に悪いことばかりというわけでもなかった。弟という遊び相手が出来たのである。一回目の人生では一人っ子だったので、兄弟姉妹がいる生活というのは想像できなかったが、今回、この二回目の人生では違う。しかも、かなりの大家族だ。姉や妹がいないのは、どこか残念ではあるが。


 それと、もう一つ嬉しいことがあった。絵本の読み聞かせが始まったのである。絵本で喜ぶというのもおかしいとは思うのだが、なにぶん六郎やおもちゃで遊ぶのにも限界があり、暇を持て余している身なので、新しい話が聞けるだけで嬉しいのである。


 読み聞かせられる絵本の内容もさまざまだった。桃太郎やさるかに合戦といった定番の昔話から、牛若丸といった聞いたことのない昔話もあった。ただ、どの絵本にも共通していたのは、カラー刷りの豪華なものだったいうことである。ちなみに、牛若丸とは源義経の子供のころのことを描いた絵本だった。

 最初のときは、書いてある文字ももしかしたら読めるかもしれないと凝視してみたが、無理だった。当たり前の話なのだが理由は文字が草書体で書いてあるためである。


 だが、それ以外は特にこれといったこともなく暇であるということには変わりなかった。なので結局、またおもちゃで遊ぶことになるのであったが、弟が生まれたので以前とは少し状況が異なる。どう異なるかというとつまり、おもちゃの奪い合いが発生したということである。


 だが所詮、相手は体的には俺の半分以下、精神的には十分の一も生きていない赤子である。余裕かつ華麗におもちゃ争奪戦に勝ち、そもおもちゃで遊ぶことができた。ただ、これも必ず成功するわけではない。


 おもちゃを奪われた六郎は当然泣く。このときに、何か他のものに興味を移してくれたり、母さんが泣き止ませてくれればいいのであるが……そう行かないときも、もちろんある。そしてそのときはどうなるかというと……「兄なのだから弟におもちゃぐらい譲っておやりなさい!」ということになるのである。今も昔もこの光景は変わらないのであろうか。


 こんな平和な生活がしばらく続いた。


 


 


 


 

 

 

 

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