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第十二話 決断

 名島城に着いたのは6月12日、昼のことだった。


 その道中で、俺は決断した。西軍に付くと。


 三成と家康の二人には会った。だが踏み込んだ話は出来ず、迷ったままに終わってしまった。そして、どちらも好人物にしか、俺には見えない。


 結局のところ、東軍に付いても先は、減封、悪けりゃ改易。そうなったら、大坂の陣に参戦して、もっと絶望的な戦いに身を投じるか、寺子屋の先生でもして、なんとか暮らすかの二択になってしまう。


 西軍に付けば、勝利すれば安泰。加増恩賞は思いのまま。後世にいい意味で語り伝えられる武将になるだろう。だが、史実通りに負ければ……また先程の二択を迫られる。


 どちらを選んでも難しい……こうなったら、父秀吉の恩に報い、西軍に付こう。そう思ったのだ。


 そういう決意を胸に名島城に入ると、家臣一同がまたもや迎えに来ていた。


「殿! お帰りなさいませ。会談はいかがでございましたか?」


 頼勝が代表として尋ねてくる。


「ああ、まあ。話してはきたけど……突っ込んだ話はできなかったかな」


 事実をありのままに述べる。


「左様でござりまするか。では、殿。石田方、徳川方のどちらに付くのかは……」

「いや、それはもう決めた。小早川家は石田方に付く!」


 俺は断固として言った。


「……そのご決意はもう変わりませぬか?」

「ああ。もう変わらない」

「承知いたしました。では、家臣一同、殿に従いまする」


 頼勝がそう言うと、家臣みんなも賛同の声をあげてくれた。


「ですが、殿。今はそれより重要なことが迫っております」

「え?」

「会津の上杉家を征伐に諸将が出陣することになりました。そのうち、我らにも出陣の要請が来るかもしれませぬゆえ……総大将は内府でござりまする」


 結局、家康は三成の計略通り、上杉に釣りだされ出陣することになったようだ。その隙を突いて、三成が挙兵……うーん、歴史通りだ。


「そうか。じゃあ、鉄砲、弓、具足、兵糧の買い付けと用意、あと武器の手入れとかか……頼む」

「かしこまりました」

「じゃあ、俺は疲れたから……いったん、休むよ」


 そう言って、俺は自室に引き下がった。


 その日は結局、疲労のためか、特にこれといったことも出来ず、飯を食って、また寝て終わった。


 その翌日も帰ってきたという挨拶を姫にしたり、頼勝の手には負えなかった農民同士の訴訟の円満な解決への仲裁など、やることは盛りだくさんだった。だが、これで疲れたとはいえなくなるほど、次の日からはもっと忙しくなった。戦の用意の手伝いをしなければならなかったからである。


 城内もバタバタとしていた。城内の武器庫から、槍、刀、弓、鉄砲などを取り出し、手入れをさせたり、新たに買い付けたそれらの武器を反対に武器庫に納入したり……領内の農民を招集しての大掛かりな仕事である。


 この時代、まだ兵農分離は完全ではない。完全な武士というのも、頼勝のような重臣ぐらいである。大概の兵士たちは、農民の次男、三男といった人たちだったのだ。


 そんなこんなで忙しいなかの17日、俺も参加して、武器庫で刀の手入れをしていると、頼勝が慌ててこちらにやってきた。


「ん? 頼勝、どうしたんだ?」

「殿! 徳川殿から早馬が参りました。上杉征討の件だそうです」


 え? いや……ちょっと、会津に出兵は御免蒙りたいんですけど。


「使者は、二の丸にて待たせております。殿、早く参りましょうぞ」 


 頼勝に促され、俺はしぶしぶ駆けだした。ここもそんなに小さい城ではない。結構、広いのである。体力を消耗し、二の丸にようやく辿り着き、中に入ると、どうやらそれらしき青年が待っていた。


「小早川殿、それがし、徳川家家臣の鳥居土佐守と申す者。我が主、徳川内大臣より文をお届けに参上仕りました。どうか、これをお受け取りください」

「おお、それはご苦労様」

「では、それがしはこれにて」


 使者は立ち去って行った。徳川家家臣で鳥居という名字の武将は、元忠しか思いつかない。ただ、年齢がどう考えても合わない。もしかして、元忠の息子か親族なのだろうか? まあ、それはさておき、どれどれ内容は……


 封を解き開いた途端、草書体の文字がこれでもかと目に飛び込んでくる。だが、これは問題ない。ちゃんと教育を受けていたからな。候文で書かれているので難解だが……現代語にアバウトに訳してみると……


『 先日お話した通り、天下の泰平を乱す上杉家を征伐する運びになりました。清洲の次兵衛尉様に総大将としてご出陣をお頼みしましたが「私はすでにそのような立場にはない」と丁重に断られましたので、僭越ながら私自身が総大将として出陣いたします。

  ただ、小早川殿にはご出陣には及びません。他の九州、中国の諸将も同じです。朝鮮出兵で多大なる被害を蒙られた皆様に出兵を強いるのは、おかしいと思ったからです。だからといって、小早川殿を頼りにしていないわけではありません。もしものときは、よろしくお願いいたします。なお、この書状は我が家臣、鳥居土佐守がお届けいたしますので、よしなにお取り計らいください。 』


 宛名や署名を除くとこんな内容である。長文、長文である。腰が低い、丁寧な文章なのは好感を抱くが……


「殿、内府からの書状の内容は? 我が方に出陣を要求してくるものではありませんか?」


 一通り読み終わったのを見計らったのか、頼勝が尋ねてくる。


「出兵は不要だとさ……朝鮮で国力を消耗させただろからって」

「左様でござりまするか……では、殿。戦の用意はいかがいたしますか? 会津へ兵は出さなくともよくなったようでございまするし……中止いたしますか?」 

「いや。準備は可能な限り、続けてくれ……会津征伐以外の戦が必ず起こる」


 それは間違いない。多少、史実との違いはあるが……歴史の流れ通り。時が進むならば。


「はっ。承知いたしました」


 頼勝は、それを伝えるためか二の丸から走って出て行った。歩きでも別にいいと思うんだが、そんなことにも手を抜かないのが、頼勝のいいところである。


 さあて。運命の決戦は、すぐ近くまで迫っている。





 


 



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