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第十話 三成

 俺の言葉を聞いたその門番は「小早川様! 少々、お待ちください」と言って、奥へと駆けていった。


 それからしばらく経った後、先ほどの門番が案内人らしきもう一人の人物を連れて、戻ってきた。


「小早川様、お待たせいたしました。それがしは、石田治部少輔が家臣、島左近と申す者でござりまする。これから、小早川様を我が主君のおります、本丸へご案内いたしまする」


 島左近! いきなりビッグネームが登場した。


「ご苦労様なことです。それがし、大坂に少し用がありましてな。かねてより、石田殿と話がしたかったゆえ……急な訪問、誠に失礼いたした」


 できるだけ丁寧に応じる。左近が案内を始めたので、歩き始めた。山道を本丸へと向かって歩く。櫓などの建物がそびえ立ち、なかなか立派な城だ。名島城にも雰囲気は似ている。


 本丸へと向かう道の途中で、供たちを二の丸へと預けた。三成との面会は、一対一に限る。それに、城内で刺客に襲われることもないだろう。武勇に優れる、あの島左近もいることだし。


 だいぶ歩き、ようやく本丸へとたどり着いた。中に入ると、外見とは裏腹に質素だった。城というと、豪華絢爛で金箔、銀箔で壁を飾り立て、屏風には名画が……なんていうのが一般的なイメージだが、実際は違うことが多い。事実、俺がいままで見てきた城でそんな雰囲気があるのは、大坂城に伏見城、小田原城ぐらいのものだ。


 普通の城というものは、質素なものが大半だ。山の上にある館、それを申し訳程度に覆った塀……そんな印象を抱く城の方が多い。


 ただこの城、佐和山城は外見が立派だったこともあり、中も立派だと思い込んでいた。しかし、そうではなかったのだった。合理的な三成の性格からすれば、それは当たり前なのかもしれない。


「治部は最上階の広間におります。どうぞ、もうしばらくお歩きください」


 左近がそう言った。前から思っていたことだが、彼の足取りは妙に軽い。この城に慣れているからというのはもちろんだろうが、彼自身も俺と三成の対面を楽しみにしているのだろうか。


 天守閣は城の最後の砦ということもあり、中はまわりくねり、上へ行くには階段を何度も上がらなければならない。ところどころに設けられている窓からは、城下町が一望できた。


 三成とは俺は、いまだにじっくり話したことはない。せいぜい、大坂城内で会って挨拶したりしたことがあった程度である。それだけに、どういう人物なのか楽しみだ。


 最上階に着き、三成の待つ広間へと向かう。ついにたどり着いた。


「ここが広間でございます。では、対談にお邪魔にならぬよう、それがしはこれにて……」


 そう言うと、左近は去っていった。てっきり、彼も一緒に行くのかと今まで思っていたのだが、そうではないらしい。三成の指示なのだろうか。


 襖を開ける。だが、そこには三成はいなかった。二重の襖になっている。


 歩みを進め、もう一つの襖の前に着いた。この襖の先に、彼はいるのだろう。


 襖を開け、自己紹介をする。


「それがし、小早川中納言と申す。急な訪問、誠に失礼」


 一礼して、前を向く。当たり前のことなのだが、そこには三成がいた。彼の顔は、何度か見ている。肖像画そのままというわけではないが、雰囲気は確かに似ていた。華奢な体と怜悧な感じを思わせる顔。簡単にまとめれば、そんなものだ。小男だったという話を前世、聞いていたのだが、自分の身長もあるのか、そこまで小さいようには感じられなかった。


「これはこれは、小早川殿。よくぞいらした」


 そう応じられる。彼の声は、女性のようだとまでは言えないがやや高いほうだろう。


「今日はいかがしたのですかな? 突然、謹慎中のそれがしの城を尋ねるとは」

「はい……」


 俺は畳の上に座り込むと、小声でささやくようにその疑問に答えた。


「石田殿、貴殿、内府打倒の機を伺っておりますな?」


 三成の顔を注視してみるが、表情がわずかに乱れる。


「小早川殿……貴殿を信用いたしてよいか?」

「もちろん。それがしも、内府めの専横、はらわたが煮えくり返る思いでした。太閤殿下の親戚として、あやつの動き、見過ごせませぬ」


 三成という人物は、人を疑うということをほとんどしないのだろう。普通、俺が三成の立場なら、絶対に俺、つまり小早川秀俊のことを家康方がさぐりを入れに派遣してきたか、家康に密告しようとしているのではないかと疑ってしまうだろう。


 ちなみに、三成に返した答えはある意味、事実である。たとえ、律儀で温厚ないい人だったとしても。史実での家康の秀吉死去の動きを考えると、好きにはなれない。


「では……お話いたす。小早川殿のお考え通り、拙者は、隙を窺って内府打倒の兵を挙げようと考えておる。会津の上杉家とも計画を練っておりましてな。この度の上杉の動きも、その一端に過ぎませぬ」


 なるほど……上杉家、つまり直江兼続と謀っていたというわけだ。


「左様で……お味方のあてはござるのか?」

「無論。備前宰相に、小早川殿の主家、毛利家、それに我が朋友、大谷刑部、佐竹右京大夫。清洲の次兵衛尉様も。その他にも太閤殿下のご恩を受けたものは数多いはずでござるゆえ」


 最初に出てきた備前宰相、つまり宇喜多秀家のこと。彼はかならずや、今回も西軍の主力になるだろう。清洲の次兵衛尉様というのは……前関白、豊臣秀次のことだろう。彼は……本当に味方してくれるのだろうか?


「なるほど……それはいいことですな。その際は微力ながら、それがしも協力いたしまする」

「おお。それは誠にありがたい」


 頭を下げられる。一応、この言葉も嘘ではない。今のところは。


「ところで石田殿……貴殿は内府めを倒した後、この日ノ本をどのようにしていきたいですかな?」


 これは是非、この機会に聞いておきたいことだった。三成のビジョンはどのようなものなのか?


「それはもちろん、太閤殿下のご子息である上様を頂点とする、太平の世でござる。そのためにも、内府はそのままにしておくわけにはいかない……それだけが拙者の考えでござる」

「誠に素晴らしいお考えで……それでは長々とお邪魔いたした。それがしは、もうそろそろ退出いたすことに……」

「おお、それはそれは。では、小早川殿。拙者は貴殿を頼りに思っておる。どうかどうか、お頼み申す……」


 俺はその言葉を聞くと三成に一礼して、襖を開け、帰り始めた。


 三成の印象……豊臣家に尽くす忠臣……俺には、そうとしか感じられなかった。だが、それが本当の姿なのかはわからない。


 いずれにせよ、家康と会ったうえで、どうするかを最終決定しよう。東軍に付けば、まあまず、一応大丈夫なのは間違いない。今回のことを密告すれば、さらに加増してくれるかもしれない。だが、それを自分自身の心、良心が許すだろうか?





 


 


 


 

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