始まりのあの日。
回想。なかなかお話が進まない。
僕がこのFWOを始めたのはおそよ1年前。
きっかけは、入学から数か月たったある日の、修二の一言だった。
「なあ、チキン食いにいかねえ?」
最初は単純に放課後に飯食いに行こうぜー、という事かと思った。が、話を聞いてみるとどうも違う。曰く、始まりの街の隅っこにひっそりと開かれている店が、とんでもなく美味なチキンを出すらしい、と。
「なあ」
「ん?」
「始まりの街ってなんだ」
そう言った時の、修二の愕然とした表情は忘れられない。目つきの悪い彼がとんでもなく面白い顔になっていたのだ、今でもふと思い出し笑ってしまう。
その後、よほど衝撃的だったのかしばらく固まっていた修二だが、再起動を果たした後に教えてくれた。フリーワールドオンラインの存在を。
限りなく現実に近い、けれども、確実に現実とは違うファンタジー世界。そんな世界を、彼は、教えてくれた。
「ギアは持ってるのか?」
「ん、ああ。埃、被ってるけど」
「うし、じゃあ問題ないな。どうする、帰りに買っていくか? 付き合うぜ」
どうやらこのお人好しは。買い物に付き合ってくれる気らしい。
「いや、いい」
「ほんとか? ちゃんと買えるか? 迷子にならねえ?」
「大丈夫だから……って、お前は僕をなんだと思ってるんだよ!」
「方向音痴の根暗野郎」
ほう、いい度胸だ。表に出ろこの野郎。
「はは、やめとけやめとけ。どうせ俺が勝つ。……つーか、んなことしたらまた変な噂が」
あー、と。僕の後ろに目を向け。
「もう、手遅れっぽいなぁ……」
同級生たちが、ひそひそと。こちらを見ながら何やら話していた。
「まあ冗談はともかく。マジで大丈夫か? あの店、行ったことないだろ」
「大丈夫だって……たぶん」
「お、おう。まあそう言うんならいいか」
迷ったら電話でもしろよー、なんて。そんな事をいいながら、彼は去って行った。
放課後。なんとか目的の物を手に入れた僕は。
「ここ、どこ……?」
見事に迷っていた。
大丈夫なんて言ったけど。
結局、迎えに来てもらいました。恥ずかしい。
「な、俺も来た方がよかったろ?」
やかましい。
「せっかく合流したんだ、何か食って行こうぜ」
「ん」
その日食べたのは、ラーメンだった。
ラーメンうまい。
帰宅後、僕はヘッドギアを被り仮想空間へとダイブする。
――新しいアイコンが登録されました。
一つだけぽつんと浮かんでいるアイコン。FWOを選択、起動する。
ようこそ、新しい冒険者――。
何やらメッセージが流れてきたがスキップ。修二を待たせているのだから。
――クラスを選択してください。選択可能クラス:剣士、魔術師、魔導士、医師。
クラスは魔術師を選択。その後、容姿等いくつか設定が続く。
――お疲れ様でした。最後にキャラクターネームを登録します。
「む、名前なんて考えてなかった。まあミナミでいいか」
――ミナミ、ですね。登録完了しました。それでは、始まりの街へと転送を開始します。
さて、とりあえず探さないとなあ。
転送地点に人が少ないといいなぁなんて。そんな事を考えながら光に包まれて――。
『ふふ、私の世界へようこそ。存分に楽しむといいのです、最後の瞬間まで』
視界が暗転した。
……うん?
「ん、まぶし……」
目を開けると、太陽の光が目を直撃する。思わず手で顔を覆い――『それ』に瞬間、思わず声を上げていた。
「ふわぁ……なんだこれ。すげーきれい」
目の前は噴水だった。水は光を浴びきらきらと輝き。時折虹色をその身に纏う。
周囲には人。プレイヤーも、おそらくNPCであろう人物もみな楽しそうに笑っていた。
露店を眺めるもの。仲間たちと冗談を言い合い笑い合うもの。
みんな、輝いていた。
その時、ぴこん、と。メッセージの受信を知らせる音がした。
「ん、ああ修二か」
目の前を切るように手を軽く振ると、メニューが表示される。
「おー」
それにちょっとだけ感動しつつ、メッセージを呼び出す。
『キャラネーム求む』
返信しようと手を動かし、ふと、ニヤニヤしながらこっちを見ているそいつに気付いた。
メッセージの内容を変更。
『気持ち悪い顔でこっちを見るな』
送信。案の定、そいつが笑いながら近寄ってきた。
「なんだ、気が付いてたのか」
「名前教えてなかったし。あと顔キモかったし」
「キモくねーし!」
「はいはい。で、この後どうすんの?」
決まってんじゃん、と。
「チキンだ」
ですよね。
「にしてもお前、ほとんど容姿変えてないじゃないか」
チキンを食べながらこのゲームについて教えてもらい、修二おすすめという『お昼寝推奨ロビー』にてだらーんとしているとそんな事を言ってきた。
「まあお前待たせてたし。それにほら、ちゃんと目の色は変えてあるだろう?」
「んー、いやお前がいいなら構わんが」
「それに、修二だって目つき悪いままじゃないか」
「これでも修正はしたんだよ……。あとミナミ。こっちではナセだから」
リアルネームで呼んではいけない、と。
そりゃそうだ。気を付けよう。
「ふむ、クラスは魔術師か。武器はどうした?」
「拳」
ほあっ? とナセが間抜けな声を上げた。
「拳」
「いやなんでまた、短剣とかもあったろうに」
「適当に選んだからなあ」
「適当にってお前……はっ、まさか特性も」
「おう、速度特化ってやつにした」
そう言うと、ナセは頭を抱えてしまった。
魔力特化とか他にもあっただろう、とのことだが。
選んでしまったものは仕方がない。そもそもあまり戦う気なかったし。
「ま、俺がサポートすりゃいいか」
ん、よろしくお願いします。
ナセこと水無瀬修二は本当に面倒見がいい。
僕がFWOを始めてから一週間。文句も言わず、それどころか実に楽しそうに支援してくれていた。
学校内でも次はどこへ行こう、あのモンスターの肉はうまいと話をしてくれる。おかげで僕のモチベーションも上がっていた。
「ナセ、今日言ってた肉が食べたい」
「ああ、そう言うだろうと思ってな。今日のクエストの討伐対象はそいつなんだわ」
「よくやった」
というわけでやってきました森エリア。対象はどうやらイノシシ型のモンスターらしい。
ああ、どんな味がするのかわくわくする。
だけど――。
「敵が、いない」
ぽつりと、呟く。
「ああ」
答えるナセの声も訝し気だ。
「もう少し移動してみるか、ミナミ――っと、いたぞ」
ようやく一体を発見した。
ナセと視線を交わし、こくりと頷く。
さあようやく戦闘だと気合を入れ、スキルを発動しようとした瞬間。
「……え?」
敵が。
目の前で。
燃え尽きた。
「なあ、ナセ――ッ」
ナセは。凶悪な顔をさらに歪めて。僕の後ろを睨んでいた。
その視線を追うと、そこには他のプレイヤーの姿。剣士の男が二人、魔導士が一人。
三人とも、ニヤニヤと。
とても、嫌な笑顔を浮かべていた。
「お前ら、今のはちょっとないんじゃないか」
「いやーごめんごめん、全然気が付かなかったわー」
それでようやく。このパーティーが獲物を横取りしたのだと理解した。
「っ、行くぞミナミ」
「ちょ、ナセ? あいつら――」
いいから、と。あいつらに関わると面倒だとナセは言う。
「……わかった。だけどさ、ナセ」
「ああ」
「お前の顔超コワい、また噂が増えるな」
うっせ、と。ほんの少しだけ、笑ってくれた。




