堤防
その日、無性に骨煎餅が食べたかった。
釣り竿を手に、堤防へと向かった。
平日の昼間だと言うのに、数人のおっさんが、ひたすらに波間と睨めっこをしている。
シュールな光景だ。私も今からその一人となるわけだが。
適当な場所に荷物を下ろして、小さな折り畳み式の椅子に腰かけた。
竿を伸ばして餌を着けたら、竿を振って少し先へ投げる。
着水したら、錘が底に着くのを見計らって、竿を縦に振り上げる。
この堤防では、これだけで簡単に魚が釣れた。
しかし、上がってくるのは雑魚ばかりで、目当てのカサゴはいっこうに釣れなかった。
凪いだ水面を覗き込むと、有象無象の雑魚ばかり。
これでは入れた瞬間に、餌が取られてしまうのも仕方がない。
何の気無しに後ろを振りかえってみた。
野良猫が私の背中を見つめていた。
視線を会わせると、ビクリと体を硬直させて、右の前足を上げたまま固まった。
おこぼれを貰おうとやって来たのか。
私の手元には、今しがた釣り上げた10㎝程のクロの稚魚がぶら下がっていた。
私は気のない素振りで向き直り、針を外しに取りかかった。
喉奥まで呑み込まれて、なかなか外れそうにない。
頭を鷲掴みして、口の中に指を突っ込んだ。グリグリと釣り針を回していると、ようやく外すことが出来た。
ホッとして、背後の視線に気を配ってみた。
まだそこにいるのか。
私は敢えて、期待を裏切る事にした。
他の者に気をやっている場合ではない。
まだ望む釣果は一つもないのだから。
ばたつく稚魚を海に放り込んだ。
胸鰭を懸命にふって、海中に潜ろうとしている。しかし、体が横倒しのままで、力なく浮かんできた。
その様子を見届けた後で、ゆっくり後ろを振り返ってみた。猫はその場を動かないまま、鋭く此方を睨んでいた。
そこにいても何も起きないぞ。
お前の期待することは何一つ起きない。
諭すように視線を送るが、一向に動く気配はない。
正面に向き直って、もう一度針を投げた。
錘は二十メートル程先に落ちた。
底に着いた手応えを頼りに、グッと竿をふった。
次の瞬間、ギギギと竿がしなった。
…根掛かりしてしまった。
ぐいぐいと糸を引いてみた。更にギギギと竿が鳴る。
一気に緩めて糸を流した。巻き上げてみるが、外れた気配はない。
一か八か、一気に竿を立ててみた。
バチンと糸が弾けて、スッと重みが消えていった。
…切れてしまった。
何の手応えもない糸を巻いてみた。案の定、針も錘も消えていた。
今日私は、あの針と錘しかもって来ていない。
…やってしまった。これで、今日のお楽しみはお終いだ。
時間にして三十分。釣り上げたのは数匹の雑魚。それらも全て海に還して、結局釣果は一匹も無し。餌代と針と錘を失って、実質成果はマイナス収支ときたもんだ。
更には、急に吹いた海風のせいで、餌入れのトレーが転げて、オキアミが巻き散らされる始末。
もう帰ろうというのに、この仕打ちは何なのだ。
私は、ハッとして後ろに目をやってみた。件の猫はもう居なかった。辺りを見回して探してみると、私以外のおっさんの背中を見つめるソイツが居た。
お前も薄情な奴だな。
私が視線を送っていると、一瞬此方をチラリと見たが、またおっさんの背中に向き直ってしまった。
なかなか思い通りにはいかないものだ。
足元に散らばったオキアミを拾いながら思う。
荷を片して、最後に水面を覗いてみた。
さっき逃がしたはずのクロは、影も形も無くなっていた。
抱えた荷物がずしりと重い。
私はトボトボと堤防を後にした。
その後、ナポリタンを食べていた。




