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堤防

作者: 耳ハム
掲載日:2015/10/08

その日、無性に骨煎餅が食べたかった。

釣り竿を手に、堤防へと向かった。

平日の昼間だと言うのに、数人のおっさんが、ひたすらに波間と睨めっこをしている。

シュールな光景だ。私も今からその一人となるわけだが。


適当な場所に荷物を下ろして、小さな折り畳み式の椅子に腰かけた。


竿を伸ばして餌を着けたら、竿を振って少し先へ投げる。

着水したら、錘が底に着くのを見計らって、竿を縦に振り上げる。


この堤防では、これだけで簡単に魚が釣れた。

しかし、上がってくるのは雑魚ばかりで、目当てのカサゴはいっこうに釣れなかった。


凪いだ水面を覗き込むと、有象無象の雑魚ばかり。

これでは入れた瞬間に、餌が取られてしまうのも仕方がない。


何の気無しに後ろを振りかえってみた。

野良猫が私の背中を見つめていた。

視線を会わせると、ビクリと体を硬直させて、右の前足を上げたまま固まった。


おこぼれを貰おうとやって来たのか。

私の手元には、今しがた釣り上げた10㎝程のクロの稚魚がぶら下がっていた。


私は気のない素振りで向き直り、針を外しに取りかかった。

喉奥まで呑み込まれて、なかなか外れそうにない。

頭を鷲掴みして、口の中に指を突っ込んだ。グリグリと釣り針を回していると、ようやく外すことが出来た。


ホッとして、背後の視線に気を配ってみた。

まだそこにいるのか。

私は敢えて、期待を裏切る事にした。

他の者に気をやっている場合ではない。

まだ望む釣果は一つもないのだから。


ばたつく稚魚を海に放り込んだ。

胸鰭を懸命にふって、海中に潜ろうとしている。しかし、体が横倒しのままで、力なく浮かんできた。

その様子を見届けた後で、ゆっくり後ろを振り返ってみた。猫はその場を動かないまま、鋭く此方を睨んでいた。


そこにいても何も起きないぞ。

お前の期待することは何一つ起きない。

諭すように視線を送るが、一向に動く気配はない。


正面に向き直って、もう一度針を投げた。

錘は二十メートル程先に落ちた。

底に着いた手応えを頼りに、グッと竿をふった。

次の瞬間、ギギギと竿がしなった。


…根掛かりしてしまった。

ぐいぐいと糸を引いてみた。更にギギギと竿が鳴る。

一気に緩めて糸を流した。巻き上げてみるが、外れた気配はない。


一か八か、一気に竿を立ててみた。

バチンと糸が弾けて、スッと重みが消えていった。


…切れてしまった。

何の手応えもない糸を巻いてみた。案の定、針も錘も消えていた。


今日私は、あの針と錘しかもって来ていない。

…やってしまった。これで、今日のお楽しみはお終いだ。

時間にして三十分。釣り上げたのは数匹の雑魚。それらも全て海に還して、結局釣果は一匹も無し。餌代と針と錘を失って、実質成果はマイナス収支ときたもんだ。


更には、急に吹いた海風のせいで、餌入れのトレーが転げて、オキアミが巻き散らされる始末。

もう帰ろうというのに、この仕打ちは何なのだ。


私は、ハッとして後ろに目をやってみた。件の猫はもう居なかった。辺りを見回して探してみると、私以外のおっさんの背中を見つめるソイツが居た。


お前も薄情な奴だな。

私が視線を送っていると、一瞬此方をチラリと見たが、またおっさんの背中に向き直ってしまった。


なかなか思い通りにはいかないものだ。

足元に散らばったオキアミを拾いながら思う。

荷を片して、最後に水面を覗いてみた。

さっき逃がしたはずのクロは、影も形も無くなっていた。


抱えた荷物がずしりと重い。

私はトボトボと堤防を後にした。

その後、ナポリタンを食べていた。

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