第七話
西日が差し込む玉座の間で、ギルバートは図書館から借りてきた本を広げていた。
「『ポイント1、準備編。薬草などの消費アイテムは多めに用意すること』……あたりまえだろうよ」
大きな指は本のページをパラリパラリとめくっていく。
「『ポイント16、実戦編。足のウラをくすぐると、魔王が行動不能になる可能性あり』……あ~。お祖父さん苦手だったらしいけど、僕はなんともない。というかこの程度なの?」
そう言ってギルバートは手に持っている本の最後のページをひらく。宝石の挿絵が描かれているそのページは、一部の文字がすり切れていた。
「『ポイント20、秘密兵器編。伝説の退魔の宝石として伝わるアー……』……読めない」
宝石のページを近づけたり遠ざけたりとしばらく眺めた後、ギルバートは本を閉じてテーブルに置いた。
「……まあ、いいや。他の項目を見るに、これもたぶんおまじないレベルだろうね」
城の最上階に差す西日は玉座に届くまでの長さに伸びていた。
「彼女に会いに行こ」
夕暮れ時、門番に挨拶してからシーファは街の外に出る。街から少し離れたタイミングを見計らって、国境の森から彼はやって来る。
「あなた、最近いつも来るよね」
「そりゃ好きだからさ」
間髪入れずに戻ってきた答えは、シーファの頬をわずかに染めた。
「あなたくらいはっきりそう言う人、初めて」
美しくたくましいシーファを物欲しげに見る若い男は多かった。だが、有象無象のなかから名乗り上げ、彼女のガードを崩せるほど自信と根性のある者はいなかったのである。
ただ一人、ある日突然やって来て、初日は撃沈しながらも引き下がることのなかった黒髪の旅人を除いては。
「見回り大変?」
「全然。このあたり魔物出ないの。不思議なくらい。森にはいるけれどね」
「……無駄な争いは避けたいんじゃない?」
「まさか」
示された穏便な可能性をシーファは一蹴する。ギルバートは少しだけ肩をすくめた。
「……きみは、さ。魔王を、倒しにいくの?」
日没に向かって暗くなりかける街道を歩きながら、ゆっくりとギルバートが問う。
「そう。もちろん私だけじゃなくて団で行くけれど」
「……もし、戦う気のない魔王がいたとしたら?」
「そんなのいる? 魔王なのに」
ホルンの響きの声は迷いもせずに笑って答える。魔王なのに、の言葉にギルバートは瞳を一瞬だけ伏せた。
「……でも、実際に見ないとわからないかな。そんなのが本当にいるとするなら」
門の周辺を片付け終わったころ、シーファは言う。
「そろそろ帰ったらどう」
「了解。明日も来るね」
「ご自由に」
仕事を終えたシーファは街へと帰っていく。門番に閉門の指示を出すシーファを遠くで眺めながら、ギルバートは呟いた。
「実際に見ないと、ね……」
閉じられた門の外で、ギルバートは自らの頭に触れる。魔法で隠して今は見えない魔族のツノがそこにはあった。