第六話
五階立ての図書館は三階までが一般解放されている。一階にあるのは新作の本や児童書、生活指南書など。二階は物語や歴史書が主となる。そして戦闘・魔法関連の本が置いてある三階は、他の階よりも男性客が多かった。
ギルバートは遠征対策関連と書かれた本棚から一冊の本を取り出した人物に迷いもなく声をかけた。
「やあ、シーファちゃん!」
たゆたう金色の髪とともにシーファは振り向く。それと同時に、テーブルで本を読んでいた数人の男たちの視線も二人のほうに向いてきた。
「……あなたは誰? この街では見ないけど」
手を伸ばせば届くほどの近さから、ホルンの響きを宿した声がギルバートの鼓膜を震わせる。オリーブの瞳は正面に立つ男を真っすぐに見上げた。
「……僕はギルバート。きみに会いたくて、この街に来たんだよ」
「そう。それはありがとう」
ほんの少しだけ笑みを浮かべたその頬を長く垂れた髪が覆った。金色の毛先まで追っていくと、彼女の持っている本の表紙が目に入る。
『よくわかる 魔界コンプリートガイド』
『必勝! 魔王の倒し方』
『対魔族用 便利な戦闘スキル集』
ギルバートの顔がひきつった。
「なにか、しらべてるの?」
「仕事でね。魔界や魔王について調べる必要があるの」
「そ、そう」
ギルバートの背筋を冷たい何かが滴った。
「じゃあ、他にも見たい資料があるから」
本を抱え直したシーファは階段へと向かう。
「僕も行く」
「旅人さんも忙しいでしょう? ミラさん、四階上がらせて」
階段近くの図書館係員に声をかけたシーファは、そのまま上の階へと上がっていった。
「ちょっと待って」
「申し訳ございません、お客さま。許可証がない場合、これより先の立ち入りはご遠慮いただいております」
「…………」
四階へ続く階段の下でギルバートは立ち止まる。その様子を見届けた図書館の男性客たちは、再び自分たちの本に集中し始めた。
一階の貸し出しカウンターに本を持って来たのは黒髪で長身の青年だった。受付に座る若い娘は、今しがた見送った客のよりも、明るく高い声で応対する。
「ご利用ありがとうございます! 貸し出しはこちらの三冊でよろしいですか?」
「うん。よろしく」
受付の娘は貸し出しの手続きを済ませると、三冊の本ーー
『魔王討伐でおさえるべき20のポイント』
『あの娘をふり向かせる恋愛テクニック』
『失敗しない デートへの誘い方』
ーーに、上目づかいを添えてギルバートに渡した。ギルバートは受け取った本を鞄にしまいながら外に出る。
「クウーン」
「悪かったね、待たせて」
「ワウーン?」
「あ~。全然ダメ。かるくかわされちゃった……けど」
昼下がりの眩しい日差しは、夢抱く青年をあたためる。きらりと光る風が図書館の入口を吹き抜けた。
「けど、諦めるものか」
『あの娘をふり向かせる恋愛テクニック』の本を片手に、ギルバートは図書館の上層部を仰いだ。
領主の館の一室で、ゲルツェンは机を指で叩く。
「街のヤツら。どいつもこいつもシーファの話ばかり。領主である俺様より、あの女がもてはやされるとはどういうことだ」
指の動きは速くなっていく。大きな机を鍵盤のように叩いては、コッコッという音を部屋の中で立てあげた。
「魔王に焼かれるまでなど待ってられん。何か落ち度を探してひっ捕らえてやる。おい!」
大声でゲルツェンが怒鳴ると、鎧を身に着けた一人の男が領主の部屋に入ってきた。鎧の男はひざまずく。
「お呼びでしょうか、旦那さま」
「シーファいるだろう。あいつを見張っておけ。何か変わったことがあれば知らせろ」
ゲルツェンは机の上に金貨をばらまく。
「上手くいけば、これだ」
「はい。仰せのままに」
金貨の山を見て鎧の男は答え、領主の部屋をあとにした。
「ふん。今に見てろよ」
濁った声を押し出すと、ゲルツェンは口元を歪ませた。