第三話
「もう少しで街に着くよ。頑張って」
「はい!」
陽が落ちてからすでに時を告げる鐘が数度鳴ったが、騎士団の士気は落ちない。ほとんどの兵士は顔を上げて整然とした足並みを保っている。時々、歩みの止まりかける兵士はいる。しかしその兵士も、先頭を進む金髪の女騎士の姿を見ると、またしっかりとした足どりを取り戻し街を目指していく。
「シーファ殿! それに騎士団の皆さま! ご無事そうで何よりです」
「あったりまえじゃない。英雄のシーファ様がいれば、あたしたちは無敵よ!」
少女と呼ぶべき年頃の、しかしここまで大の男にも遅れをとらずに歩いてきた小さな騎士が、門番に対して胸を張る。
「アリシア、私はそんな立派なものじゃ」
「何を言っているのですか! 世界に平和をもたらす者との神託を受けたシーファ様は、このアルツバリエの街の英雄です! それに、その……あたしの、憧れの存在といいますか……」
「えっ?」
「な、なんでもありません」
少女の騎士が顔をそむけ言葉を切ったところで、青年騎士が領主の館を示して言う。
「シーファ様、ゲルツェン領主に依頼のご報告を。遅れるとまた厄介なことになります」
ゲルツェンの名を聞いた兵士たちは、みな一様に顔をしかめた。
「そうだね。早く済ませようか」
「あ、あたしも行きます!」
宝石のちりばめられた上着を羽織り、上等な椅子にふんぞり返る男にシーファは言う。
「アルツバリエ騎士団、ただいま戻りました」
「依頼の件は?」
「無事に終わりましたよ。騎士団内の負傷者もいません」
「ふん……」
ねぎらいの言葉もかけない領主は依頼の結果を聞くと口の中で舌を動かし、持っていた羽ペンを騎士団には見えない机の下で折った。領主は団内の数人の騎士とともに報告にやって来た英雄を見る。齢五十を数え、頭髪の抜け毛量の増加がめざましい彼には、シーファの腰の丈ほどまで伸びた豊かな金髪がよく目についた。
「……お前ら、次は魔王を倒してこい」
「魔王……ですか?」
「そうだ。街の平和のために必要なことだろう」
ゲルツェンは街の保安に関する事業に対して、さほど熱心ではない。ただ、魔王が普通の人間ではまるでかなわないほど強い存在であるという噂は知っていた。
「……魔王の情報は少ないですが、強大な魔力を持つ存在だと聞きます。街の騎士団一隊だけでどうにかなるものではないと」
「領主である俺様の命令に文句をつけるのか」
「……分かりました」
シーファは短く答えて他の団員たちに退室を促す。アリシアあたりは領主に殴りかかりそうになったが、挙げかけた手をシーファに制されそのまま引っ張られて部屋を出ていった。
領主の部屋の扉が閉められてから、ゲルツェンは靴底でどんどんと床を鳴らす。
「……ふん。なにが英雄だ。庶民の女のくせに」
かつてはゲルツェンも騎士として剣技の鍛錬を積んでいた。しかし、彼が現役時代にあげた実績をシーファはうんと若くして、そしてあっさりと超えていった。また彼には、自分を慕ってあちこちついて回ってくるような後輩もいなければ、門番に愛想のよい対応をされたことも無かった。
「あんな目障りなやつ、魔王にでもやられてしまえばいいんだ」
「魔王さま? 魔王さま? 起きていらっしゃいますか? もう森から出ても問題ありませんよ?」
森の魔物は騎士団が見えなくなってから幾分たっても動く気配のない魔王をかるく揺さぶった。
「……起きているよ。本当に、目が覚めるみたいだった」
森の魔物は首をかしげる。騎士団がやって来たときには、彼は寝てなどいなかったから。
「チャールズがよく言っていたことが、少しだけ分かった気がするよ」
ギルバートは騎士団が向かっていった街を見つめる。その頬はほのかに熱を帯び、暁を照らしだした陽の色のように染まっていた。