第二話
黒い翼を持つ魔王とその相棒の青獅子が、魔界を駆け抜けると魔族の娘たちが噂する。
「ねぇ、見た? 今のギルバート様よ!」
「みたみた! もう、なんてかっこいいの!」
魔王が過ぎ去った後も娘たちは噂話を続ける。
「本当にハンサムよねぇ……。優しそうで、それでいて凛々しくて……」
「えんじ色の角もステキだわ。真っ黒な髪の毛にぴったり」
「なんといってもあの翼でしょう! 魔界の誰よりも大きいのよ。あたしのなんて、こんなに貧相なのに……」
「あなたはいいじゃないの。小さくても生えてるんだから」
魔族にとって、背に生える翼は一つの才能である。大きな者もいれば小さな者もいるし、全く生えて来ない者も数多くいる。当然大きな翼のほうが、長い距離を飛んで行けるため優れているとされている。
「あぁ、もう見えなくなっちゃったわ」
「しょうがないわよ。ギルバート様、飛ぶのとっても速いもの。さっ、仕事に戻りましょ」
「そうね。うふ。あたし、今日はいつもより頑張れそう!」
一つの街で甲高い声が落ち着くと、次の街の娘たちが色めき立つ。ギルバートはその中のどの声にも羽ばたきを止めることは無い。
魔界と人間界の国境にある森にギルバートは降り立った。ローブさえも羽織らない魔王の姿を、深い夜の闇と密に繁る木々が森の中に隠す。
「この森はいいよね。静かだし、空気も綺麗だし」
大木の太い枝に腰掛けてギルバートは言う。
「偵察? ふふ、口実だよ。チャールズがあんまりうるさかったからさ……」
若い魔王は相棒の背を撫でて笑う。その魔王のもとに数匹の森の魔物がやって来る。
「魔王さま。しばらくこの森から出ませぬよう」
「……なんで?」
「もうすぐ森の外をこの街の騎士団が通ります。もし見つかっては大事です」
「騎士団? あぁ、もうすぐ僕を討伐しに来るかもしれないとかいう、あれね。そういえば、まだ見たことは無かったな……」
魔王として底知れぬ魔力を持って産まれたギルバートは、体術でも魔法の勝負でも負け知らずだった。余裕に満ち溢れる魔王は片端の口角をあげ、枝からぐいと身を乗りだす。
「どんなもんだか見てやろうじゃん」
「魔王さま、あまりお身体を前に出しては」
「僕が落ちるとでも?」
「いえ……」
「あっ、来ました! やつらです!」
魔物のうちの一匹が森の外を進む集団を差し示す。二、三十人ほどの鎧を身に付けた人間たちが、街のほうへ向かって歩いていくところだった。
「あの騎士団? あれが僕を」
倒そうだなんて言ってるの、までは声にならずギルバートの眼差しはある一点から動かなくなる。黒い瞳が見つめるのは、団の先頭に立って兵士を率い、ゆるく波打つ金髪を月明かりにきらめかせた一人の女騎士だった。