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戯曲のゆりかご

児童向け戯曲『姨捨山(おばすてやま)』

【登場人物】


 太郎


 おっかあ


 村人1~5


 たぬき


 うさぎ


 りす


 むささび


 かもしか


 殿

 

 家来1~5


 隣国の殿


 隣国の家来1~5


 ナレーション



【上演予想時間】


 約45分

 (歌が入れなければ約35分)



【対象年齢】


 小学校4~6年生


【第一場  森の動物と村の人間】



    幕が開くと動物たちがいる。



   動物たちの歌 『僕たちの森』


     信州 更科さらしな その山奥に ♪

     楽しい森が あったとさ ♪

     冬には 雪が たくさん ふるし ♪

     春は ぽかぽか 暖かい ♪

     夏には すずしい 風ふくし ♪

     秋は 美味しい物が いっぱいあるよ ♪

     山ぶどう どんぐり いちじくに ぎんなん! ♪

     こんなに 楽しい 僕たちの森 ♪



たぬき:ああ、もうお腹いっぱい。


うさぎ:今日はとってもあったかいね。


たぬき:うん。


りす:本当。でも、もうすぐ寒い冬が来るよ。


むささび:寒い日は、木のほらにもぐって、じっとしてなきゃ。


かもしか:今は、こんなに食べる物があるのにね。


りす:私、どんぐりをたくさんためておこうっと。


かもしか:ぼくは、今のうちにたっぷり食べておくよ。


むささび:木のほらで、眠っちゃえばいいよ。


うさぎ:あ! 人間だ!


たぬき:たいへん! みんな、かくれて!



    動物たちは奥の草むら(かきわり)の陰に隠れる。

    下手(舞台に向かって左側)から、村人たち、話しながら登場。

    栗を探しながら、



村人1:稲刈りが終わったばっかりなのに、今度は栗ひろいか。


村人2:しょうがないよ。

    お殿様におさめる年貢が、足りないんだから。


村人3:おれたちが食べる分なんて、ほんのちょっとなのにな。


村人4:一生けんめい米を作ったって、みんなお殿様にとられちまう。



   村人たちの歌 『俺たちの村』



     信州 更科さらしな その山奥に ♪

     貧しい村が あったとさ ♪

     冬には 毎日 雪降るし ♪

     春は 田植えで 大いそがし ♪

     夏には 日照りが おっかない ♪

     秋は 美味しい物を 見てるだけ ♪

     米もち 柿・栗 さつまいもに まつたけ! ♪

     やっぱり 食べるのは お殿様 ♪


    (注)メロディーは、動物たちの歌『僕たちの森』と同じ



村人5:お殿様なんて、ただ偉そうに、いばってるだけの、ただめしぐいさ。


村人1:しっ! めったなこと言うんじゃねえ!


村人2:誰かに聞かれたら、大変だぞ。


村人5:だって、本当のことじゃないか。

    お殿様がおれたちに何かしてくれるのか?


村人1:それは……。


村人3:ほかの国の奴らが攻めて来ないように、おれらを守ってくれてるんだろ?


村人5:本当か?


村人4:敵が攻めて来た時に、お殿様はちゃんと守ってくれるのか?

    おれらのことなんて、何とも思ってないんじゃないのか?


村人2:そういえば、また何か、お殿様からおふれが出るそうだぞ。


村人1:ええ!?


村人3:変なおふれじゃないといいけどな。(暗転)




【第二場  殿様とおふれ】



    上手(かみて。客席から見た舞台右側)に照明。

    お殿様と家来が座っている。



家来4:殿。折り入ってご相談したいことがあります。


殿:ウムッ!


家来1:実は、今年はあまり米がとれませんでした。


家来2:日照りが続いて、みのりが悪かったのです。


殿:ウム?


家来3:このままでは、いつもより年貢が減ってしまいます。


殿:ウムぅ。


家来5:軍が弱くなってしまうかもしれません。


家来1:隣の国が攻めて来た時に、負けてしまうかもしれません。


殿:ウムッ!? それは大変だ。


家来2:いかがいたしましょう。


殿:ウムぅ。いかがいたそう。


家来1〜5:(家来1〜5はお互いに目を見合わせて「うん」とうなづき)


      年貢を上げては、いかがでしょう。


殿:年貢を上げる? ウーム?


家来1〜5:いかがでしょう。


殿:ウーム。そんなことをしたら、村人たちが困ってしまうのではないか?


家来3:えーと、それは、あの……。


殿:そうだ! いいことを思い付いたぞ。


家来4:何でしょう。


殿:年寄りは、山へ捨ててしまおう!


家来1〜5:えええっ!?



   殿の歌 『おばすて』


     年寄りなんて 役立たず ♪

     汚いうえに 働けないし ♪

     年寄りなんて 捨てればいいさ ♪

     森へ ぽいっと かんたんさ ♪




殿:70才になったら、みんな森へ連れて行って、捨ててくるのだ。

  年寄りは、もうたくさん生きたのだ。

  かまわないだろう。


家来5:いやいや殿。それは、さすがに……。


殿:なんだ? 名案であろう!


家来5:ははっ。


殿:さっそく、おふれを出せ! みんな喜ぶぞ!(暗転)




【第三場  森】



    草むらの陰でじっとしていた動物たちが前へ出る。



りす:ねえねえ。


うさぎ:なに?


りす:なんか最近、森にやたらと人間が来ない?


うさぎ:ほんとね。なんなのかしら?


たぬき:道に迷って、帰れなくなる人間も、たくさんいるな。


かもしか:帰れなくなった人間は、森で暮らしているのかい?


むささび:違うよ。人間は森にずっといると、死んじゃうんだ。

     人間は、集まって村に住まないと、生きられないんだよ。


かもしか:へええ? 人間って、弱いんだね。


りす:じゃあ、なんで森にくるの?


むささび:さあ? 食べ物がたくさんあるからかな?


たぬき:そうか。食べ物を探して、森の奥まで来ちゃうのか。


うさぎ:でも、なんで、年をとった人間ばっかりなのかな?


かもしか:そういえば、おじいちゃんとかおばあちゃんばっかりだね。


たぬき:(かわいらしい仕草で)なんでだろう?


動物全員:(たぬきと同じポーズで)なんでだろう?


太郎の声:(客席通路から声)おっかあ、気をつけてな。


おっかあの声:はいよ。



    動物たち、舞台奥手(草むらの陰)にあわてて隠れて見ている。

    太郎が、おっかあの手を引いて、客席通路から登場。

    太郎とおっかあを、ピンスポット(照明)で追う。

    おっかあは歩きながら、時々、手に持った枝を地面に落とす。



太郎:おっかあ、そこ、すべりやすいところがあるから。


おっかあ:はいよ。


太郎:おっかあ、大丈夫か。


おっかあ:大丈夫だ。


太郎:足が痛むのに、こんな山の中まで歩かせちまって、申しわけねえ。


おっかあ:いいよお。


太郎:もうすぐ着くから。ごめんな。


おっかあ:いいよお。


太郎:おっかあ、ここ登れっかあ?


おっかあ:はいよ。



    舞台中央下から、おっかあを「よっこらせ」と登らせる。

    後から太郎も舞台に上がる。



太郎:すまねえなあ、おっかあ。あと、もうちょっとで、その……。

   ごめんな。


おっかあ:いいよお。

     うまい柿がたくさんなってるところに連れて行ってくれるんだろ。


太郎:うん……。


おっかあ:それじゃあ、そんなに、あやまることはないよ。


太郎:違う。違うんだよ、おっかあ。

   おれ、おっかあをだまして、こんなところまで……。


おっかあ:(太郎の言ったことは聞こえなかったように)いいよお。

     ああ、おっかあは、ちょっと疲れたから、ここで一休みするよ。

     お前、先に行って、柿を取って来ておくれ。


太郎:うん、わかった。(舞台下手へ、少し進む)


おっかあ:違うよ。そっちじゃないよ。

     あっちに柿があったよ。(元来た道を指さす)


太郎:(はっとして、おっかあを見るが、あわてて目をそらす)

   ごめん、ありがとう、おっかあ。(逃げるように道を戻る)



    しばらく歩くと折った枝が落ちていることに気付いて拾いながら歩く。



太郎:なんだ、この枝? まだ折れたばっかりの、新しい枝だ。

   なんでこんなに、たくさん、落ちてるんだ?(立ち止まって考える)


りす:(草むらの中でうさぎにむかって)おっかあが、折ってたよねえ?


うさぎ:うん。折ってた。道しるべだね。


りす:帰りに迷わないようにだね。


たぬき:でも、おっかあは、帰らないみたいだよ?


かもしか:じゃあ、太郎さんが帰りに迷わないようにだね。


むささび:そうだね。太郎さんが帰りに迷わないようにだね。



    太郎、あわてておっかあのところに戻る。



太郎:おっかあ! おっかあ!


おっかあ:あれあれ。この子は。戻って来ちゃ、ダメだろう。


太郎:おれ。おっかあのこと、だまして。こんな山の中に。

   大切なおっかあを!


おっかあ:いいんだよお。みいんな知ってるよ。

     お殿様のおふれだろ。お殿様には誰も逆らえないよ。


太郎:おっかあ!……おっかあは、おふれのこと知ってたのに。

   おれが帰りに迷わないようにって、枝を折って道しるべを残してくれて。

   こんな優しいおっかあを、おれは。おれは……。


おっかあ:お前は優しい子だよ。でも、帰らなきゃいけないよ。

     おふれを破ったら、お前がつかまってしまうよ。


太郎:おれ、おっかあを連れて帰る。

   屋根裏にかくしてしまえば、大丈夫だ。


おっかあ:そんなことして、見付かったら、打ち首になってしまうかもしれないよ。

     それにもう、疲れてしまって、おっかあは歩けないよ。


太郎:おれが、おぶって帰る!(太郎とおっかあの照明消える。2人は元来た道を退場)



    動物たちが、草むらから出てくる。



かもしか:なあんだ。やっぱり、いっしょに帰るのか。


むささび:そうだよね。おばあちゃんだけ置いて行ったら、死んじゃうもん。


たぬき:太郎さん、気が付いて良かったね。(かわいらしいポーズ)


動物たち:うん。良かったね!(たぬきと同じポーズ)


うさぎ:あれ? 何か聞こえない?


りす:なんだろう。遠くの方で、ザッザッザッザッって。


うさぎ:足音じゃない?


りす:人間の?


むささび:だとしたら、ものすごい数の人間だよ。



    曲「いくさ」の前奏が流れる。



かもしか:大変だ! こっちのほうに来る。


たぬき:逃げなきゃ。


かもしか:ここにいたら、見つかっちゃう。


むささび:(下手そでを指さして)ああ! 人間だ!


うさぎ:ものすごい数!


りす:あんなにたくさんの人間、見たことない。


むささび:何か長い棒を持ってるよ。


かもしか:やりだ。やりを持ってる。


たぬき:逃げよう。食べられちゃう。


かもしか:急げ!(動物たち、あわてて上手へ退場)



【第四場  隣の国の大軍勢】



    村人・家来・太郎・おっかあ等、できるだけ大勢の人たちで、

    隣国の兵隊たちの役を演じる。

    長いやりを持ち、隣国の兵隊たちとなって、整列して静かに行進。

    下手から登場して、舞台中央よりやや後ろに並んで一斉に客席の方を向く。

    照明は、シルエットが出る程度に、(顔があまり見えないように)後ろか横から、ぼんやりと当てる。


    前奏が終わるころ、隣国の殿と家来たちが、下手から登場。

    隣村の殿と家来には、前から照明を当てる。(顔が見えるように)



   隣国の殿と家来と、兵隊たちの歌  『いくさ』


     隣国の殿と家来 「さあ始まるぞ ♪」

     兵隊たち    「さあ始まるぞ ♪」

     隣国の殿と家来 「いくさの始まり ♪」

     兵隊たち    「いくさの始まり ♪」

     隣国の殿と家来 「そう こんな小さな国など ♪」

             「我が軍をもってすれば ♪」

             「赤子の手を ひねるようなもの ♪」

             「さあ始まるぞ ♪」

     兵隊たち    「さあ始まるぞ ♪」

     隣国の殿と家来 「いくさの始まり ♪」

     兵隊たち    「いくさの始まり ♪」

     隣国の殿と家来 「しかし こんな小さな国でも ♪」

             「油断は禁物だ ♪」

             「しんちょうに さぐりを入れてみよう ♪」

     隣国の殿    「いくさは それからだ ♪」



隣国の家来1:殿。もうそろそろ城に着きます。


隣国の殿:うむ。


隣国の家来2:思った以上に、小さな国ですね。


隣国の殿:うむ。


隣国の家来3:このような国、我々の軍勢で、あっという間に落ちるでしょう。


隣国の殿:うむ。


隣国の家来4:せっかく大軍勢で参ったのです。このまま攻め入ってはいかがでしょう。


隣国の殿:まあ、待て。せいてはことをしそんじるぞ。


隣国の家来:はは。


隣国の殿:攻め込むのは、春になってからでも遅くはない。

     まずは、この大軍勢を見せつけて、相手の力量をはかるのだ。


隣国家来全員:はは。(暗転)




【第五場  知恵比べ】



    舞台上手に照明。

    そこには殿と家来1〜4がいる。



家来1:殿! 大変です! 隣の国が攻めて来ました。


殿:なに!?


家来2:ものすごい大軍勢です。


家来3:あのような大人数で攻め込まれては、ひとたまりもありません。


家来4:今のところ、しかけてくる様子はありませんが、ひとたびいくさが始まれば、あっという間に攻め落とされてしまうかもしれません。


家来5:(下手から走って登場)殿! 殿!

    隣の国のお殿様が、殿にお会いしたいと、来ています。


殿:ウ、ウム。


家来2:いくさになっては、大変です。


家来3:なにとぞ、話し合いで解決を。


家来4:殿、がんばってください。


殿:……うむ! お通ししろ!


家来たち:はは。



    舞台下手から、隣国の殿と家来たちが登場。

    舞台中央で、二つの国の殿様と家来たちが、向かい合う。



家来1:ようこそ、お越しくださいました。


隣国の家来1:お殿様におかれましては、ごきげんうるわしゅう。


殿:うむ。


隣国の殿:かたいあいさつは、抜きに致しましょう。

     今日は、こちらのお殿様に、折り入って、お話しがあって、参ったのです。


殿:うむ。


家来2:どんなお話しでしょう。


隣国の殿:先日、私たちの国の学者が古い文けんを読んでいたのですが。

     なんと、こちらの国は、もともとは私たちの領地だったのです。


殿・家来全員:ええ!?


家来3:まさか、そんなこと。


隣国の殿:そのようなしだいですので、こちらの領地を、私たちの国に明け渡していただきたいのです。


家来4:そんな。


隣国の殿:すぐにとは、言いません。

     準備もあるでしょうから、冬いっぱいは、待ちましょう。


家来1:城の明け渡しなど、できるわけがありません。


隣国の家来2:できないとおっしゃるなら、実力行使しかありませんな。


家来5:実力行使?


隣国の家来3:もちろん、いくさのことですよ。


殿:ま、待ってくれ! 私たちの国の学者は、そんなことは言っていないぞ。

  ここの国は、私や私の先祖が、代々守ってきたと言っておる。


隣国の殿:ほおお?(ニヤリ)


隣国の家来4:つまり、我らといくさをする構え、ということですな?


殿:ちがう。つまり、その。

  ど、どちらの国の学者が正しいか、知恵比べをするのだ。


隣国の殿:知恵比べ?

     なるほど、こちらの国には、それほど良い学者がいるというのかな?


殿:そ、そうだ。


隣国の殿:ふむ。では、この問題が解けるかな。


家来5:問題?


隣国の殿:ひとつ、「灰でなった縄が作れるか」。

     ひとつ、「曲がりくねった細い穴の通ったこの

    (隣にいる隣国の家来5が、客席から見えないように持ってきていた玉を、取り出して客席に見せる)

     玉に、糸を通せるか」。



    隣国の家来5は、家来3に玉を渡す。



家来4:「灰でなった縄」?


家来3:「曲がりくねった細い穴の通った玉に、糸を通す」?


家来2:ばかな。そんなこと、できるわけがなかろう。


隣国の殿:できるわけがない? 負けということですかな?


殿:できる! もちろんできる。

  問題が解ければ、私たちの国の学者が正しいということだな。

  この国は我らのものだ。


隣国の殿:そうですね。

     そして、問題が解けなければ、我らの国の学者が正しいということですな。


隣国の家来1:その時には、我らに城を、明け渡していただきますよ。



    一礼して、隣国の殿と家来たちは下手へ。下手に照明。

    上手には殿と家来たち。上手の照明は暗く。

    隣国の殿と家来たちは去りながら、



隣国の家来3:よろしかったのですか、殿?


隣国の家来4:もし問題が解けてしまったら、この国に攻め込む口実を失ってしまいますよ。


隣国の殿:なあに、あんな問題、解けるものか。

     春まで待てば、いくさをせずに、ただで領地が手にはいるのだ。

     こんなに安い物はなかろう。


隣国の家来5:春が楽しみですな。(隣国の殿と家来たち退場)



    上手に照明。殿と家来たち、へなへなとへたり込む。



殿:ど、どうしよう……。


家来4:「灰でなった縄」……。


家来3:「曲がりくねった細い穴の通った玉に糸を通す」……。


家来1:そんなの、無理に決まってる。


家来2:わざと解けない問題を出して、この国を自分の物にしようとしてるんだ。


家来5:しかし、ムリだムリだと、言っていても始まらない。


家来1:国中の学者を集めて、知恵を出してもらおう。


家来3:ああ、お国の一大事だ。(全員頭を抱える)


ナレーション:お殿様は、国中の学者を集めて、この問題を解いてもらおうとしました。

       しかし、どれだけ知恵を絞ってみても、答えは出ませんでした。


殿:ああ。どうすればいいんだ。

  そうだ!おふれだ。おふれを出せ。

  学者だけでなく、国中のすべての者に、この問題を考えさせるのだ。(暗転)




【第六場  こたえ】



    太郎と村人全員、舞台中央全面で、おふれ(客席)を、見ている。



村人1:おいおい。またおふれだぞ。


村人2:もう、見たくないよ。


村人3:どうせまた、ひどいおふれだろう。


村人4:おい。何て書いてあるんだい?


村人5:えーと、「我が国は今、隣の大きな国からのきょういにさらされている」。


村人4:なんだって? 隣の国からのきょうい?


村人3:つまり、隣の国が、攻めて来るってことだろ。


村人1:ああ! それなら知ってるぞ。

    こないだ、ものすごい大軍勢が、街道を行進していったからな。


村人2:ああ、あれか!

    あれは、隣の国が、いくさをしかけてきてたのか。


村人4:続きを読んでくれ。


村人5:「次の問題が解けなければ、我が国は敵の領地となってしまう。

    どうか、国中の者が知恵を出し合って、答えを出して欲しい」


村人3:問題?


村人5:「ひとつ『灰でなった縄を作れるか』。

    ひとつ『曲がりくねった細い穴の通った玉に、糸を通せるか』」


村人2:なんだ、そりゃ。そんなこと、できっこないだろう。


村人5:「この問題が解けた者には、望みどおりのほうびを与える」


村人1:望みどおりのほうび!


村人4:金がいっぱいもらえるのか!?


村人5:田んぼをたくさんもらえるのか!?


村人3:いやいや、しかし、この問題は解けないだろう。


村人2:おれたちの国が、なくなっちまうのか?


村人4:そうかもしれないなあ。

    隣の国は大きいから、攻めて来られたら、負けちまうだろう。



    村人たちは、難しい顔で退場。

    太郎だけが、その場に残る。



太郎:こんな無理難題、ふっかけられて、お殿様は、さぞ困っていなさるだろう。

   お気の毒に。

   そうだ。家に帰って、おっかあに相談してみよう。



    舞台奥、ひな壇のすみに、いつの間にかおっかあが座っている。

    おっかあにぽつんと照明が当たる。



太郎:ただいまあ。


おっかあ:お帰り。お疲れさんだったなあ。


太郎:すまねえなあ、おっかあ。

   こんなせまいところに押し込んじまって。


おっかあ:何言ってんだよお。

     「年寄りは山へ捨てるように」っていう、お殿様のおふれにそむいてまで、かくまってくれてるんだ。充分だよお。


太郎:なあ、おっかあ。そのおふれなんだがな。

   「灰でなった縄を作る」なんて、できると思うか?


おっかあ:なんだい。やぶからぼうに。


太郎:また、お殿様のおふれなんだよ。

   なんでも、この問題が解けないと隣の国と、いくさになっちまうらしいよ。


おっかあ:おやおや、それは大変だ。

     そうだねえ、灰でなった縄ねえ。

     (しばらく考えて)ああ、そうだ。

     縄を塩水につけてから、燃やすといいよ。

     そうすると、縄は燃えて灰になっても形はくずれないからね。


太郎:へええ! 本当かい。すごいよ。

   塩水につけた縄は、灰になっても形がくずれないなんて!

   初めて知ったよ。おっかあは物知りだなあ!


おっかあ:何言ってんだい。

     長く生きてれば、そんだけ、色んな物を見るさね。


太郎:でも、問題はもうひとつあるんだ。


おっかあ:あれ、まだあるのかい?


太郎:うん。

   「曲がりくねった細い穴の通った玉に、糸を通す」っていうんだけど。

   これは、いくらなんでもムリかなあ。


おっかあ:うーん、そうだねえ。

     「曲がりくねった細い穴の通った玉に、糸を通す」ねえ。

     (しばらく考えて)ああ、そうだ。

     アリの体に絹糸をくくり付けて穴の中に入れてやるといいよ。

     それで、反対側の出口の方にハチミツをぬっておけば、アリはそのにおいにさそわれて、出口の方まで歩いてくれるよ。

     体に糸をくっつけたまんまね。


太郎:へええ! なるほどなあ。それならたしかにできそうだ。

   いやあ、聞いてしまえば、簡単なことのようだけど、おっかあ、よく思い付いたなあ!


おっかあ:何言ってんだい。長く生きてれば、そんだけ色んなことも考えるさね。


太郎:こうしちゃいられねえ。

   おれ、そっそく灰でなった縄を作ってお殿様に見てもらうよ。


おっかあ:はいよ。

     お殿様のお役に立てるといいけどねえ。(暗転)




【第七場  おきてやぶり】



    暗転中に、村人・動物・隣国の家来は、大勢の村人役として舞台に。

    おっかあと太郎は見えないようにその中にまぎれる。


    村人1〜5は前の方に位置する。

    暗転中にナレーションが流れる。



ナレーション:太郎は、「縄や絹糸」などの、問題を解くのに必要な物を集めて、うまく作れるか試しました。

       そのことがうわさとなり、やがて「おふれの問題が解けた者がいるらしい」といううわさは、お殿様の耳にも入りました。

       お殿様は、いても立ってもいられず、うわさの村へとやって来ました。



    暗転が明ける。



村人1:おい! お殿様が村にやってくるってよ。


村人2:ええ!?


村人3:お殿様が、こんなへんぴな村に、なにしに来るんだ?


村人4:わかんねえ。


村人5:もしかして、あれじゃないか。例の「おふれの問題の答え」さ。

    ああ、そういやあ、最近、太郎がなんかいっしょうけんめいやってるなあ。


村人2:まさか、あの問題を太郎が解いたのか?


村人3:それでお殿様が、じきじきに、見にいらっしゃったのか?


村人4:おい! お殿様がいらっしゃったぞ。


村人5:並べ、並べ。



    村人たち、その場に正座。(頭は上げたまま)

    殿と家来たち、上手から登場。



家来1:どうやら、みな集まっているようですな。


殿:うむ、ご苦労。


家来2:この村に、太郎という者がおるかな。


村人4:太郎だ。


村人5:やっぱり太郎だ。


太郎:(立ち上がって)はい。私が太郎でございます。


家来3:そなたが太郎か。


家来4:太郎よ。おぬし、おふれの問題が解けたというのは本当か。


家来5:城にまで、うわさが伝わってきたぞ。


太郎:はい。色々試しておりました。

   しっかりとできたら、お城に持っていこうと思っていました。


家来2:それで、問題は、解けたのか?


家来5:見せてみよ。


太郎:はい。(台の上に「灰でできた縄」をのせた物を持って前に出る)

   こちらが「灰でなった縄」でございます。


家来1:(受け取って殿に見せる)殿、すごいですね。


殿:おおお! すばらしい!

  本当に「灰でなった縄」だ。


家来3:不思議だなあ。


家来4:いったい、どのようにして作ったのだ。


太郎:はい。ふつうの縄を塩水につけるのでございます。

   その後に燃やしますと、このように灰になっても形がくずれません。


家来2:なんと、それは知らなかった。


殿:太郎よ、おぬしは、すばらしい知恵者であるな。


太郎:ははっ。


家来1:もしや、もうひとつの問題も、解けたのではないか。


家来3:そうだ。(玉を取り出す)

    この細い曲がりくねった穴の通った玉に、糸は通せるか?


太郎:はい。ここに、絹糸をアリの体にくくり付けた物があります。

   このアリを、穴の中に入れます。

   そして、反対側の出口の方には、ハチミツをぬっておきます。

   そうすると、アリはハチミツのにおいにさそわれて、反対側の穴まで歩いて、糸を通してくれる……と、思うのですが……。


家来5:どれどれ、そんなにうまくいくものか?


家来1:おお。アリがどんどん奥へ進むぞ。


家来2:糸もどんどん中へ入っていく。


家来3:通った。通ったぞ。

    曲がりくねった細い穴に、糸が本当に通ったぞ。



       (玉には、始めから糸を付けておいて、糸は隠しておく。)

       家来3の台詞の時に、糸を出して観客に見せる。



殿:太郎よ、これは大した思い付きじゃ。


太郎:はは。


家来4:殿、良かったですなあ!


家来1:これで、隣の国との知恵比べは、我が国の勝利ですね!


殿:よくやった。太郎、あっぱれじゃ。

  これで我が国はあんたいじゃ。おふれのとおり、ほうびをとらそう。

  さあ、なんなりと申してみよ。


太郎:ほうび? なんなりと?


殿:そうじゃ。(太郎の近くに行く)

  金か? それとも田畑がよいか?

  どうした。遠りょはいらぬぞ。


太郎:お殿様。実は、この問題を解いたのは、おれではございません。


殿:なんと。では、誰だと言うのだ。


太郎:それは……、おれのおっかあです。おっかあ!

   (ふり返って叫ぶ。おっかあが村人の中からぴょこんと立ち上がる)

   (太郎は苦しそうに打ち明ける)おれは、お殿様のおふれをやぶって、70を過ぎたおっかあを、屋根裏にかくしておきました。


殿:なんと。


太郎:ほうびが、なんでもいいというのなら。

   どうか「70をすぎた者は、山へ捨てよ」というおふれを、なくしていただきたいのです。


家来2:きさま! 殿のおふれをやぶったというのか!



   家来たちと村人たちの歌 『おきてやぶり』


     太郎はやぶった ♪

     何をやぶった ♪

     やぶっちゃなんねえ ♪

     大事な決まり ♪

     やぶっちゃなんねえ ♪

     殿様のおふれ ♪

     誰がやぶった ♪

     太郎がやぶった ♪



殿:(驚いて)太郎よ。わしが「70をすぎた者は山へ捨てよ」というおふれを出したというのに、おぬしはそれを守らなかったのか。


太郎:おれのこと、大切に育ててくれたおっかあのことだ。

   一度は山まで連れて行ったけど、とても置いては来れなかった。


殿:なんということだ。おふれをやぶれば打ち首になるかもしれぬというのに。

  おぬしは、それをしょうちで母親をかばったのだなあ。


太郎:はい。


殿:太郎よ。わしが悪かった。

  「年寄りは役に立たぬ」などと、わしの考えが足りなかった。

  この国を隣の国から見事守ってくれたのは、おぬしの母親だ。


太郎:ははっ。


殿:あのおふれは、取り消しじゃ。太郎よ、本当にありがとう。


太郎:お殿様、ありがとうございます。


殿:太郎の母上よ。わしは、本当に考えなしだった。

申しわけないことをした。


おっかあ:長く生きてると、つらいこともあるけれど、いいこともたくさんありますなあ。

     こんな優しい息子と領民思いのお殿様に囲まれて、私は本当に幸せ者ですよお。

     長生きも、してみるもんですなあ。



   全員の歌 『これから』


     信州 更科さらしな その山奥に ♪

     まずしい村が あったとさ ♪

     おっかあ思いの 優しい息子 ♪

     知恵がつまった おっかあに ♪

     心の底から お礼を言った お殿様 ♪

     まずしい村は 優しい村に ♪

     幸せな村に なったとさ ♪



ナレーション:こうして、太郎とおっかあは、いつまでも仲良く暮らしましたとさ。

       え? 問題が解けても、隣の国のお殿様は、約束をやぶって攻めて来たんじゃないかって?

       それは大丈夫。



    隣国の殿、下手に出てくる。隣国の殿に、ピンスポット。



隣国の殿:いやあ、参った。

     口から出まかせの、あんな無理難題が解けるとは。

     こんな知恵のある者がいる国じゃ、いくさをしても勝てないだろう。

     いくさは、やめじゃ、やめじゃ。


ナレーション:ということじゃ。

       めでたし。めでたし。



     幕が下りる。



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