プロローグ 8 (終)
路地から二番手に現れた少年が、
ジャケットのポケットにしまっていた小型の携帯と、
小さなディスプレイの携帯ゲーム機を取り出す。
器用な手つきで両方を起動させ、
短縮ダイヤルを回す。
「 現在地コード、第九管理区域、東十五南八ルート終着点。
サクリファーの戦闘において出火が発生。
また、管理区域に小規模な地盤沈下、建造物破損被害が発生。
至急、環境設定プログラムにハッキング要請。
スプリンクラー機能の解除と、CDSA機関より修復チームの要請を希望する。
サイクス・アルビンの遺体は処理班が回収済み。
記憶メモリの転送しといたから、後はよろしくねぇ。」
インカムマイクで、
さっさと用件だけ伝えるつもりであったが、
音声通話の主はそれでは気がすまなかったようだった。
「 アキさん、言うことはそれだけですか? 」
音声と同時に、天井からスプリンクラー機能が作動する。
燃え広がりつつあった炎が沈静し、冷たい水がアキの頭にふりかかる。
通話先の生真面目な性格をそのまま声に出している青年の仕事の早さに
アキと呼ばれた少年は、声を弾ませる。
「 あらあら、咲ちゃん、仕事早いやん。
えらいわぁ、白に咲ちゃんの爪の垢飲ませたいくらいやねぇ。 」
「 五分、経過しましたよね。終了予定時刻から。 」
「 うん、そやね。 」
「 しかも、なんですか、出火に、地盤沈下に、建造物破損て、何なんですか…。 」
「 え?それ、俺やないし。
JJに怒られるのは、あいつらやん。
咲ちゃん心配してくれんの?
優しいなぁ~。嬉しいわぁ。 」
「 ~っ、違いますよ、
あの二人のことなら、あきらめてますけど、
監視サポートの貴方がついていて、
なんで、いつも、いつも、いつも、いつも、
こんなに物壊さないと指示完了できないんですかっ。
僕は、アキさんの心配をしているんじゃなくて、
室長の頭痛の種をですね、少しでも減らそうとっ 」
ブッ。
アキは、はいはい、お勤め御苦労さんと
咲との会話を一方的に切ってしまう。
あいつ、真面目すぎやねん。
と、ぶつぶつ呟くアキは、
今度は防水加工されたポータブル携帯ゲーム機のディスプレイに
濡れた人差し指を滑らせる。
路地の奥から、作業着を着た集団がぞろぞろと現れてくる。
彼らは、アキに気がつくと一礼し、
各々が無駄のない動きで、
今まで戦闘が行われていた袋小路に通行止め[キープアウト]のテープを貼り、
建造物の修復作業に取り掛かっていく。
アキはディスプレイに目を通しながら、
彼らに片手をあげ、彼らに後をまかせて路地を歩きだす。
橙色の頭にかけたゴーグルをつけ直すと、
足早に暗い路地を抜けていく。
映し出されたのは、
ゲーム画面でも、音楽再生画面でもなく、
先ほどのサイクスの顔写真と、彼の生前のデータ、記憶メモリであった。
たった先ほどまでの。
アキは少しだけ首をかしげて、映し出されたメモリデータを読み進めていく。
白狼の言葉が引っかかった。
確かに白狼に渡した報告書は、自分がまとめたものであった。
『 何が三日間で突然変異レベルが急激に上昇することないから、
肉弾戦でもオッケーなんて軽く言いやがって、
コート、ボロボロになっちまっただろぉおおお! 』
三日間で急激に、突然変異レベルが上がった…?
今までのサクリファーの症例を見ても、
そんな短時間で特殊な能力を開花した感染者の前例はない。
コンクリートから這い出てきた白狼が、
ふてくされて差し出したサイクスとの戦闘時の映像が記録されたメモリ。
白狼が首から下げていたチェーンの中には高性能の小型録画機が内蔵されている。
熱でカメラが壊れているかと思ったが、
砂嵐が走る部分があるものの、解像度を上げれば問題はなかった。
映像を確認すればするほど、今回のサクリファーが異例であることがよくわかる。
通常、一つの個体につき、
一つしか発現しないはずの能力が映像で確認しただけでも、
高周波の衝撃波、人体変形、そしてあの熱を操る能力など、三つは確実に開花されている。
さらに、発病後の日数に関しても異常に短いスパンで変異レベルが急上昇していたのだ。
『 面倒くさい…、
ここ最近、生態適応異常発達症の病原菌が急速に発達してきている。
まだ、『パンドラの災厄』は終わらないのか。
…背負いきれないな、本当に。 』
アキは、ポータブルの電源を落とすと、
ジャケットのフードをすっぽりと被り直した。
少年は、ぬぐいきれない不安を抱えたまま、
路地を抜けると中華繁華街の雑踏の中に消えていった。
プロローグ <終>
第一章は、週明けに更新予定です。