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プロローグ 4

白狼は、宙に浮いた球体を掴み取り、

小さな丸いボディに薄い唇をあてる。


似合わないキザな行動とも思える仕草のあと、炎の魔人へと駆け出していく。

サイクスは、眉なし男が全く躊躇なく炎をまとう自分に特攻をかけてきたことに怯む。

が、すぐに臨戦態勢をとった。


大柄な男は、意外に俊敏な身のこなしをしており、

殴りかかるそぶりを見せると、どこからか取り出した閃光筒のピンを引き抜いた。


サイクスの眼前で閃光が走る。

炎の色と、白い光が混ざり、点滅する世界。


白目が消えた暗い瞳は白狼を視界から見失った。

しかし、サイクスは鮫の歯のようにびっしりと生えた歯を震わせて笑う。


― フェイント? 甘ぇよ。


裂けた口から舌を出して笑うと、サイクスは両手を掲げた。


彼の掌から巻き起った炎が、天井に敷き詰めたコードを焦がし、火花を散らしていく。


炎の柱は、そのまま下降し、壁伝いに走る。


サイクスの眼前で姿を眩ました白狼は、閃光筒の光を使い、相手の頭上をとるつもりでいた。

だが、壁を背にしたサイクスの真上に飛びあがり、

天井から突き出た金具に手をかけ、炎に巻かれた彼の頭上に移動していく。


意思をもった蛇に似た火柱がパイプを焼きながら逆に白狼の背後に迫りくる。


サイクスは、白狼の真下で、「燃え尽きろ」と笑う。

炎に巻かれる瀬戸際、身を翻した白狼は、宙に舞うと、壁を蹴り進む。


黒皮のロングコートがサイクスの目の前で舞ったかと思うと、

後頭部に鈍い痛みが走った。


白狼の膝がサイクスの頸椎にめり込む。


眉なし男は、片手をついて着地し、無駄のない動きで立ち上がれば、

流れる動作でさらにもう一度、怪人の頸椎に目掛けて鋭い回し蹴りを放った。


「 がはっ 」


連続で白狼からの蹴りをまともに食らい、

衝撃に体が回転したかと思うと地べたにそのまま無残に叩きつけられた。

地べたで這いつくばるサイクスは、曲がった首を白狼に向けると、

耳を切り裂くような金切り声を上げた。


周囲の壁や袋小路に置き捨てられたゴミの山が目にみえて震えだす。

振動はやがて、転がったガラス瓶にヒビを入れ、ガラス瓶は耐えきれないように粉々に砕けた。


「 うおっ!? 」


白狼は、思わず耳を押さえる。

彼の一瞬の隙を見逃さず、いつのまにか起き上がっていたサイクスは、

白狼の贅肉のない痩せぎすの腹を鋭い爪で引き裂いた。


切りつけられた腹から舞い散る白狼の血痕がサイクスの顔を汚せば、

サイクスは歓喜の声をあげる。


「 ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! 」

「 っ、クソッ、笑ってんじゃねぇよ! 」


白狼は切り裂かれた傷口に、急激に熱が広がり激痛に顔を歪ませた。


態勢を立て直し、サイクスの右頬に拳を繰り出す。

が、サイクスは敢えてその拳を顔で受け止めた。 


自分よりも小柄な怪人が、

簡単に吹き飛ばされる様を想像していた白狼の予想は大幅に外れてしまう。


彼の頬を歪ませて、拳がめり込んでいく。


白狼の拳に激痛が走る。

サイクスの頬からいくつもの鋭い骨が飛び出て白狼の拳を貫いたのだ。

反射的に拳を引っ込めようとするが、骨が釣り針のように食い込み、思うように抜けない。


サイクスが、狂ったように笑うと、今度は白狼を巻き込んで巨大な火柱を巻き起こした。


炎から逃れる術を持たなかった白狼は、一瞬にして炎に巻かれる。


呼吸をすれば肺が炎に焼かれ、開いた傷口からは熱波が襲う。


舌打ちをこぼした白狼は、

細腕のどこにそんな力を隠し持ってたのか、サイクスの頬に絡め取られた拳をそのまま使い、

サイクスの体ごと振り回すと、地面へと殴りつけた。


轟音とともに、硬いアスファルトが砕け散り、ヒビが走る。

コンクリート片が彼らを覆う。 

皮膚と、亜麻色の髪が焼かれていく炎の中、

地面に盛大に押し込まれたサイクスの頬から突き出た骨が折れ、白狼は自由の身となる。


「 うわっちゃちゃちゃ! …、熱っちいいい、 」


地面に埋めたサイクスから飛び跳ねて距離をとった。


黒皮のコートに未だ燃え尽きない火の粉を急いで振り払う。

焼け焦げた左拳と、腹部の傷をちらりと確認した白狼。

切り裂かれた傷口は、とてもよく切れるナイフで斬りつけられたようだったが、

面倒なのはそんな事じゃない。


傷から入り込む強烈な熱波によって、皮膚組織が完全に焼け落ちて、黒ずんでいる。

激しい痛みを伴うかと思えば、痛みの感覚が麻痺していた。


おそらく細胞と神経組織の壊死に近い火傷が一番のネックだった。


肉弾戦を得意とする白狼にとっては一番厄介な相手といえる。


相手の懐に飛び込んでも、先ほどのように動きを封じられれば強烈な灼熱と、応戦せねばならない。


更に、距離をとって攻撃しようにも、あの炎と金切り声が邪魔をする。


懐に忍ばせた銃を使ってもよかったが、彼の周囲の様子を見ると、無駄と判断する。


サイクスの体から発する熱波は、彼の意思でコントロールできるらしく、

彼の体に届く前に銃弾が無事に着弾できるともわからない。


彼が先ほどの熱波で、溶かされたゴミの鉄屑が白狼の足元に転がっている。

白狼は、肩を落としてうなだれる。


「 ちゃんと、報告書にこういうことは書いておけよな… 」


サイクスの情報が記載されたレポートには、ここまで精密に熱を操れるとまでは記載がなかった。


最初に殺害された同室の八人の遺体は、

ただ残忍に切り刻まれた肉塊だけが彼の残酷性を物語っていた。


おそらく、今、目の前にしているサイクスの能力の変化は、

この三日間で急激に開花されたものなのだ。

発展途中の能力ほど未知数を含んだものはない。


「 お前、本当に、あの〝 処刑人 ”か? 」


なすすべもない白狼を嘲笑う炎の魔人。


〝 処刑人 ”という言葉のアクセントに侮蔑が含まれる。


サイクスは、処刑人と呼ばれた男に、にじり寄る。


相手は、自分の覚醒した力に手も足もでず、思考錯誤を繰り返しているところなのだ。

圧倒された力を見せつけられた蛇が蛙に睨まれている。

そんな滑稽な状況を思い浮かべ、サイクスは下卑た笑いが止まらない。


都市伝説のように恐れていた処刑人を目の前で体感してサイクスは悟った。


これが、あの処刑人?

発病した化け物のような俺達を完全に抹殺するための特別な組織?


笑わせてくれる。

笑いがとまらない。

なんだ、恐れるものなんか何もないじゃないか。


―そう、鬼ごっこはまだ終わらない。俺は、生き抜いてやる。


この新たな力を使って、地下収容区域[ハイアンダーグラウンド]もぶち壊してやる。


地上で俺達を嘲笑う奴らに、俺らが味わった恐怖と苦痛を与えてやる。


 追い込まれていたときとは形勢が完全に逆転したサイクスは、

炎に巻かれ、逃げ場を失いつつある白狼と間合いを詰めていく。


白目が抜け落ちた黒い瞳が歪められる。

右手に熱を集中し始めた。

自分の限界温度を処刑人で試してやろうと妙案に心を躍らせた。


灼熱地獄が広がる天井から、火の粉が舞い落ちる。


荒く息を吐き出せば、青白い炎が、白狼の頬を蛇の舌のような動きで掠めていく。


じりじりと、細面の頬の皮膚を焦がしてやるが、

目の前の男は未だ、余裕の表情を崩さずにいた。


頭がおかしいのだろうか。


これから消し炭にされるというのに。


自分を追い詰めていた対象が恐怖に怯える姿を見られないことにサイクスは興ざめしていく。


限界近くまで燃え上がる自分の拳の威力を確かめるには、目の前の男は最高の実験体だった。


自分が処刑人を殺害すれば、彼らに怯える現実[リヤル]を覆せる。


この、地下収容区域[ハイアンダーグラウンド]に影をひそめている覚醒した仲間たちを集め、

反旗をひるがえすことさえできる。

閉鎖された未来を自分の力で変える。サイクスは、恍惚の表情で絶叫する。


「 終わりだ。全部終わりだ。〝パンドラの箱の幸い〟は俺達のためにある! 」

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