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第一章 9

同刻。


「 ザっ … た … なった … 」


「 … にんげ … っザザー … ろ… 」


片耳から白狼が潜入した店内の様子、

白狼とターゲットとの会話らしき音声がアキの耳に届くが、

ノイズが激しく詳しい内容が全くわからない。


店内の様子は、クリアな音声で状況を把握できたが、

例の女が彼に接触した途端、急に電波状況が悪化してしまった。


調律しても、すぐに音声が乱れてしまった。


端末についたキーボードで、数式をいくつか変えて挑戦してみるものの、

液晶は、彼の出した答えを覆してまた違う電子配列に組み替えてしまう。


通信ジャック。


それも、やり手のようだった。


白狼が身につけているアクセサリー型の小型カメラは生きていたので、

その点だけはアキは安堵する。


この状況では白狼のバックアップに手いっぱいになってしまうため、

定時連絡と共に、咲にハライの遠距離サポートをまかせた。


おそらく、白狼でこの状態では、ハライに連絡を取るのに時間は割けない。


咲ならその点はまかせられるだろう。


だが、あくまで咲はバックアップ要員だ。


戦闘補助は専門外。


すでに白狼はアラクネに接触している。

アキは唇を尖らす。


今度の給料が出たら目付けてた新しい端末用のパーツを買うかと、

ふてくされるアキだったが今はそれどころではない。


得意分野を攻められた相手の宣戦布告は、アキとしても屈辱だった。


「 は、俺をなめんなよ。

通信ジャックしてる奴の裏かいて表からブチ壊してやろうやないの。 」


彼は、高速でキーを弾きだす。


端末機に繋がれたCUBEの発光色が青から朱へと染まっていく。


仮想空間遊戯(バーチャルゲーム)に夢中になっている少年の姿にしか見えない。


しかし、彼の小さな膝に乗せられた液晶には

複雑怪奇な数式、数列、電子記号が次々に書き換えられていた。


《JUDAS》本部で咲が普段使用している《母なる胎内(マザー・コンピューター)》と

連動しているCUBEの性能を一時的に書き換えた。

探知、通信、記録メディアを主な機能にしているCUBEに、刃を持たせたのだ。

CUBEの発光が強まると、球体から無数の棘が突きだす。

山嵐のように震える球体を少年は楽しげに笑うと、

最後の数式を端末に組み込んだ。


今頃、仮想空間では小さな戦争が巻き起こっている。


通信を妨害している電波障壁に、

CUBEから発生したありとあらゆる砲弾を撃ち込み完全破壊していく。


更に、CUBEの攻撃と同時作業でアキの端末からダミーの壁も構築していく。


敵側の防御プログラムに素早く滑り込むと、数字の羅列を把握していく。


CUBEの攻撃に耐えきれずに相手が防御壁を展開した後には、

敵は気が付かずにアキが作り上げた壁が出来るという早業。


見えない相手は快くアキ達を迎え入れることになる。


― これで、通信も回復するし、サポートにも戻れるな。


数分も掛らずに、全ての作業を終えたアキは、

成長途中の少年の手首に巻かれた年代物の時計を見る。


鈍い銀に輝く、螺子巻きタイプの時計だった。

デジタルが主流の今には、珍しいオールドタイプの時計。

規則的に時を刻む秒針を見つめる。


相手の妨害周波を出す口にねじこんだ爆弾が連鎖的な花火を上げるのを待つだけだった。


― さて、あと3分。それまで持ちこたえてなぁ、白。


「 …、遊んでるかもしれんな。 」


連絡の取れない相棒が少し気にはかかった。

それも一瞬のことで、白狼の性格をよく知っている少年は猫っけの頭を振りながら、

心配するのもあほらしいとうなだれる。 


写真の美女を思いだし、誰に聞こえるともない溜息をついたのだった。


アキは、静かにポータブルが起動した状態で端末を二つ折りに畳みこむ。

黒いシンプルはデザインの端末の背には『CDSA 13』の文字が鈍色で刻印されている。

アキは無機質な硝子玉の瞳でそれを見つめる。


《CDSA(情報処理機関)》


世界大戦後、更なる混乱をまき散らした『パンドラの災厄』以降に、

中華連邦帝国より設立された機関である。

大戦以前から、技術面においてはトップクラスであった日本。


だが、小国であり、人口密度の少ない日本は、

他国からの侵略を防ぎ、世界大戦が勃発してもある程度の地位を保つために、

当時、世界が注目していた生態変化への研究機関を発足した。


他国との技術面での協定、不可侵条約を結びつつ、

環境変化に伴う人体の適応能力の進化研究、

化学兵器によるウィルスなどのワクチン研究を表向きに発表していた。


政府の上層軍事機密研究では、機密裏に生態兵器による研究を推し進めていた。

小部隊でも、大量の軍事兵器に対抗できる小隊編成による新たな軍を創ろうとしたのだ。


人のDNAや、生態を異常に進化させた超人兵団、

義体機械化[サイボーグ]、

成長する人工AIを搭載した生態人形[バイオロイド]のなどの開発など行なわれていた。


2XXX年、日本の八丈島の軍事研究施設にて、

『パンドラ事件』と呼ばれたバイオハザードが発生。


当時の研究職員と、責任者が事件の関与とされているが、

正式な記録は世界の混乱期によって亡失、一部の関係者のみ断片的な事件の内容が語られている。

『パンドラ事件』以降、地球の地殻、環境汚染、

そして月にまで影響をもたらし、世界人口の大半を死に追い詰めただけでなく、

人類はそれ以降も、新たな恐怖に怯えることとなったのだ。


『パンドラの災厄』と呼ばれた未知のウィルス。


― 生態適応異常発達症候群。


感染者は、一応に最初は何の異常もみられない。

血液検査や、骨髄検査などをしても、潜伏期間の間は、ほぼ健康体である。


もしくは、発熱、悪寒、頭痛、吐き気などの一般的な風邪の症状にしかみられない。


無自覚なまま症状が進行するのが特徴である。

潜伏期間も個人差があり、

感染後数時間で発症する場合もあれば、一生発症しない場合もある。


現在は、人間のみの発症例しか確認されていない。


人体への影響は特異なものである。

人体の細胞組織の変化、神経汚染。


さらには、発病後、完全に心停止したまま、活動を始めるのだ。


映画や小説の中のアンデッドや、ゾンビが現実のものとなった。


まれに特異体と呼ばれる症例も見受けられる。


全身が鱗で覆われた爬虫類のような姿に変わるもの。

身体能力が限りなく動物、昆虫、魚類などのそれに近づくもの。


また、サイコキネシスと呼ばれる本来人類がもちえない超越した能力をもつものなど、

多種に渡る症例が発現された。


白狼が戦ったサイクスもこの特異体である。


感染者で共通のものは、何かに取り付かれたように人を襲い、

彼らを屠るという殺人欲求のみである。


パンデミック後の世界は、「パンドラ事件」、

世界大戦中の混乱時であったため、各国の対応に遅れが見られ、

感染者による暴動、感染者の大量虐殺などの暗黒期が続いていた。


アメリカ、ロシアなどの大国はこれにより衰退を余儀なくされる。

当時、経済的、政治的にも安定していた中華連邦帝国は、

『パンドラ事件』の全責任を負い、各国からバッシングを受けていた日本を従属地域とし、

国を廃止する代わりに、日本が行なっていた全研究の合併協力を申し出る。


『パンドラ事件』の早期収束を協議会で提案、

大戦で力を失いつつあった大国も同意し、

さらに壊滅的な危機にあった日本は、国を失い中華連邦帝国の一部となったのだ。


世界の全てはここから狂いだした。


この頃の詳細は、極秘機密となっている資料と、

数少ない関係者しか知りえない歴史の闇だった。


鍵をかけてしまい込んでいた蝋燭の光のようにくずぶる嫌な記憶が彼の脳内を埋め尽くしていく。


少年とは思えない大人びた陰鬱さが彼の表情を暗くしていく。


ふいに、クリアな音声がアキの耳に入り込んだ。


聞きなれた白狼の声である。

影が差した暗い表情を一変させて、少年は気持ちを切り替えた。


「 おっしゃ、通信回復や。 」


アキは、内部の様子を確認するために、

掌に納められていた待機中のプログラムを再開させるべく端末機を素早く開いた。

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