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第一章 6

昨晩、晩飯をハライとつっつき合っていると、

アキからのメールがCUBEに届いた。


任務後の帰りが遅いのはいつものことだったが、

サイクスの体から採取したDNAに興味が沸いたらしく、

ラボから帰ってくるつもりはないらしい。


さらに、明日の任務のスケジュールなども

さっそく作られているのに感心する。


事件の概要が簡単に綴られていたが、

JJやハライが言ったように、今回の集団失踪事件には、

CDSA機関の関係者、処刑人も確かに含められていた。


公式には十二に分けられる処刑チームだが、

ハライ達が所属する組織はまた特殊なものであり、

存在しない十三番目の《JUDAS》と呼ばれている。


それぞれに特化した専門知識、得意とする任務別に分けられていた。


請け負う任務が異なるものの、

戦闘能力は《JUDAS》に匹敵するチームも、もちろん存在している。


その処刑人が、少数とはいえ行方不明者を出しているのだ。


きな臭さが絡んでいる、白狼は珍しく真面目な面持ちでアキからのメールに読みふければ、

ふと、相棒の様子が気になった。


黄金卵が散らされた炒飯の湯気の向こう、

烏色の長い前髪を垂らした青年は普段と変わらない表情で、黙々と箸を進めていた。


「 卵。 」


白狼の視線に気がついたハライは、

箸を取り皿に静かに置くと、一言だけ呟く。


「 なんだよ、炒飯の卵、失敗してるか? 

お前好きだろ?ふわふわ卵の炒飯。 」


飯炊き当番の間抜けな返答も気にせずに相変わらず無表情でハライは彼から視線を外す。


「 あぁ? なんだ? 」


ハライは人差し指を宙に踊らせれば、

CUBEから転写されたデータが空間に投影された。


八宝菜炒めの上を浮遊する情報は拡大縮小を繰り返し、

彼は必要な情報だけを抜粋していく。


ハライが呟いた『卵』という単語は、

どうやら生存者の会話レポートからの抜粋だった。


― 特殊情報処理部隊処刑チーム名《隠者(ハーミット)》、

隊員…一○時救助。頭部、腹部の裂傷…が激しいが命に別状はなく、

ウィルス感染は見られない…精神汚染が激しく、

現在、地下収容区域(ハイアンダーグラウンド)内第八区域、

特務研究錬にて保護観察及び…

『…、卵になれば、世界が変わる。卵が割れれば卵が孵る。

真実は卵の中。卵の中。卵が卵が』…

『現段階では、これ以上の会話は…救助地区、失踪ポイント共に…


 頭部に包帯を巻きつけた男と、

白衣の男の無音声映像を白狼は箸で行儀悪く指す。


「 『卵』ねぇ。はーちゃんは、これが気になるの? 」


空間に羅列された羽蟲のように動き回る文章レポートと、

音声なしの動画を読み進めてみるが、

救助された男の精神錯乱の言動としかとれない。


「 卵に、なれるのか? 」


「 は? 」


紅い瞳の青年の唐突で禅問答のような質問に白狼は、

餡かけ肉を頬張るのを中断した。


「 サクリファーになることが、卵? 違うな、それとこれとは関係ない。 」


 真冬の夜空を思わせる透き通った声を小さくこぼし、

首を傾げるが、ハライはまた白狼の自慢の炒飯に箸を伸ばし始めた。


狐に包まれたような気分で、

無表情に炒飯を行儀よく食べる青年を見つめた。


目の前の相棒が思考の渦に囚われると話が噛み合わないのはいつものことだった。


青白く発光するCUBEは、狂い喚く生存者の映像を無音で流し続けていた。



昨晩の彼とのやりとりに、きっかけを見つけた彼は薄い唇に八重歯を覗かせる。


彼女にカマをかけるつもりで、

意味が全くわからないキーワードを口にしてみた。


今、自分の胸にしなだれかかる女は、『卵』を知っている。


白狼の『卵』という言葉に少なくとも微かな反応を感じた。


女は、極上の笑みを向けたまま白狼を目線だけで捕える。

掴みどころのない相棒の相変わらずの感の良さ。


更に、アキの端末機に映し出されていた女の名前を声に出してみる。


目の前の妖艶な美女が餌に食いつくのは目に見えていた。


「 アラクネってアンタのこと? 」


女は、白狼の問いに答えずに、彼の引き締まった首に腕を回した。


アマレットに似た甘い香りが白狼の鼻を刺激する。


熟した果実を指で押し潰すと湧き出るとろけた果汁。


「 そう、『卵』を知りたいの。

なら、あなたには、これから天国を見せてあげるわ。 」


するりと、白狼の首から細いしなやかな腕を離した女は、

軽やかな円舞曲を舞うように、背を向けて歩きだした。


彼女の葡萄色の瞳の輝きが肉食獣のそれに似ていたのは、

白狼も既に気がついている。


― いい女なのに、もったいねぇ…


アラクネは、カウンターのバーテンに何かを囁くと、

バーテンは彼女の小さな手に何かを握らした。


バーテンのぎこちない動きに、旧式の機械人形アンドロイドの類だろうかと、

ちらりと、白狼は横目で見る。


バーテンは白狼のことなど気にする素振りもなく、

ただ黙々と手元のグラスを磨いていた。

彼の瞳は澱んでおり、まるで死んだ魚の目をした男だった。


紅茶色の赤毛の女は、店内奥に白狼を誘う。

天蓋から垂らされた薄布が空調に揺れていく。

柔らかな布地をかき分けて進めば、

彼女の前に、所々塗装が剥げた木製の扉が現れる。


彼女のスリットから伸びる艶めかしい脚が歩みを止めた。


「そこが、天国の入口かい、お姉さん?」


白狼は、彼女の頼りない薄い背へ、薄い唇の端を上げた。


咥えた煙草の紫煙を漂わせて、これから彼女と踊る期待感に胸を躍らせた。

少女の無邪気さと淫魔の誘惑を織り交ぜた妖は、優艶に肩越しに振り返る。


「 あなたが、望むなら天国に連れてってあげるわ。 」


細く長い人差し指で赤い紅をのせた唇をなぞる。


妖艶な笑みを浮かべ、彼女は白狼を見つめる。


ガチャリ。


金属が外れる音が白狼の耳に入った。

彼女が扉の中に入るのと、

彼が吸い終え、短くなった煙草を、油で汚れた床に投げ捨てるのは同時だった。


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