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第一章 3

白狼に見せた陰険さを押しだした微笑とは違う、

柔らかな笑みがハライに向けられている。


薄い硝子レンズの奥の瞳をハライは黙って見つめていると、

JJは長い指を窓辺に向ける。


見晴らしの良い景色を嵌めこんだ硝子の向こう側には、

どこまでも続く灰色の空と、地上に広がる巨大な都市が下方に見える。


ハライはJJの指先が示す方向の先に視線を移すと、

年代を感じさせるオペラハウスが見えた。


ハライの頭の中に、建築物の情報が引き出される。

モダン・ゴシック建築を基礎とした巨大な建造物。

建物の入り口正面は太陽光を反射させる一面の硝子。

アールヌーヴォーと呼ばれた装飾様式、

睡蓮を思わせる植物の波形曲線が彩られた自然と近代芸術の融合が高い評価をされている。


世界大戦の最中、奇跡的に原型を留め残ったと聞いていた。

歴史の重厚さが滲みでている歌劇場。


老朽化に伴う内部の改装と修復工事のため、公演を中止されていたはずだった。


「 改装オープン記念公演の招待チケットあるのですが。どうかな? 」


まるで、デートの誘いのような科白に

白狼は思い切り苦虫をかみつぶした顔になっている。

当の本人は首を少し傾げて、上司の真意を言い当てる。


「 …護衛任務でしょうか? 」


「 まぁ、そんなところです。

退屈な方達のお付き合いですが、特等席でオペラを楽しめますよ。

『 宵闇の女王 』、聞いたことがありますか? 」


ハライは、少しだけ困ったように、うつむいた。


「 すみません、そういう音楽には疎くて。

任務であるのなら、御同行致します。 」


「 えぇ、任務ですし。それで、かまいませんよ。 」


堅苦しい部下の返答にJJは腕を組み、満足そうに目を細めた。


ハライの鉄仮面を上目遣いで覗きこむと、悪戯っぽく声を転がした。


「 気晴らしだと、思ってください。

…、白狼君は、場所にそぐわないのでご遠慮してもらいますけど。 」


「 聞こえてるっての!

俺様のようなイケメンならオペラハウスくらい様になるっちゅうの!

けっ、オペラの教養くらい俺にもあらぁ!

 …、早く行こうぜ、腹へっちまったよ。 」


扉の前で待っていた白狼が、JJに吠えると、ハライに手招きして呼んだ。


JJと白狼のやり取りに、小さな溜息をつくと、

ハライは上司に再度、一礼した。


彼らが執務室から出ようとしたとき、

入れ替わりで小柄な青年が入ってきた。


二人の姿を、紫金の珍しい色をもつ瞳がとらえると、

青年は頬を膨らませた。


「 あ、お疲れ様です! も~、ちゃんと室長に怒られましたか、お二人とも! 」


紺色のボブカットの髪に、幼さの残る、育ちの良い雰囲気の整った顔立ちの青年。


先ほどアキと音声で交信していた咲だった。


上司と同じ濃紺の絹地で繕われた、

ややゆったりとした中華礼服の上からわかる細い腰に手をあて、

白狼に詰め寄ろうとした咲だったが、白狼にいきなり頭を鷲掴みにされる。


そのままグシャグシャと髪を掻きまわされると、

白狼は、お疲れさん、とだけ言ってさっさと部屋から出て行ってしまった。


文句を言う暇もなく、

ずんずんと大股歩きで去って行った白狼の背中を、

呆気にとられ見ていた咲。


彼は、乱れた髪をセットし直しながら、

同様に白狼の背中を眺めているだけのハライに声をかける。


「 あ、あの、もしかして、僕、何か気に障ること言っちゃいました? 」


ハライは、困惑している咲の言葉に首を横に振ると、穏やかな声で答える。


「 違うよ。気にするな、また明日、サポートをよろしく。」


咲を安心させるかのように、白狼を真似て、軽く咲の頭に手を載せた。


紺色の直毛を軽く撫でると、ハライも白狼の後を追う。

府に落ちない顔のまま咲は、ハライの触った個所を、もう一度撫でてみる。

はにかんだ表情はすぐに、引き締められた。

室長にレポートを届ける役目を思い出し、姿勢を正した。


無言で歩き続ける白狼に追いついたハライは、

やはり何も言わずに彼の歩幅に合わせて歩く。


白狼は、しばらく眉間に皺を寄せていたようだったが、

数分もしないうちに、ふっきれたようにいつもの軽薄さを取り戻していく。


「 明日の任務、やる気しねぇな。

俺たちの最優先任務は頭ではわかってんだけどな。

後味が悪くてしょうがねぇ。

JJが悪いわけじゃねぇのもわかってる。

あぁ、くそ、腹減った。

ハライ、うち帰ったら飯にすんぞ。 」


「 …。うん。そうだね。 」


 ハライは、ふと思い出したように続ける。


「 オペラハウスの任務、行きたかったのか? 代わるか? 」


「 全っ然。あんなとこ行ったら即効で寝ちまう。

5秒で寝れる。

俺とアキはたぶん外で待機組だから、気晴らしに行ってこいよ。 」


気が合うのか、合わないのかよくわからない上司と白狼の二人のやりとりに

ハライは首を傾げたまま、何も言わず彼の隣を歩き続けた。



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