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龍の紋章  作者: 森見幸成
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夜桜トリップ(後)

 長い割によくわからない文章になってしまいました。でもやっとトリップ完了。

 夜桜トリップ(後)


 その後の道程は、混迷を極めた。夜の山道はいかに月明かりがあると言っても、普段俺ほど体を鍛えていないレンはもちろん、鍛えている俺にもきついものとなっていた。長年放置あるいはその存在を認識されていなかったであろう道は、太い木が道をふさぎ、土砂崩れの跡が進む道を分からなくしていたり、ともかく大変だった。無事に夜のうちに帰れるのか、という懸念があるが、幸いにして明日は休み。徹夜したら存分に寝てやる。

 ちなみに昼に来ればよかったのではないか、という問いには、今さらだと答えるほかない。説明するのも面倒だが、こいつと「調査」を始めるときは大抵が非常識な時間なのだ。これは、昼のうちに動くと不仲なレンの両親がいい顔をしないためである。

 そんな事情を、若干の現実逃避を含めながら思い出し、俺達は登る。少しでも高いところに来たからだろうか、先程よりも山道に注ぐ月の光が明るく感じられ、どうにか三メートル先ほどまでは見渡せるようになった。


「お。看板ぽいのがあるぞ」


 レンがうれしそうに言いながら前方を指差した。見るとかなり朽ちてはいるが、山道の入り口にあった看板と似た形のものがあった。


「あと……二五〇メートル?って書いてあるな」


 俺が懐中電灯で照らすと、『○○――二五〇m』と書いてある。行き先は読み取れないが、まあ一心地つけるところはあるのだろう。期待したい。


「しかし、結構登ったな」


 レンが山のふもとの方に視線を落としてそう言った。下はもはや黒を通りこして漆黒と呼ぶにふさわしい闇が広がり、見渡すことはできない。

 俺はその言葉に無言でうなずくと、徐々に下がってきた気温に体を震わせ、すっかり冷たくなった汗をぬぐう。


「ま、登ればなんかあるだろ、とっとと登ってぱっぱと帰ろうぜ」


 そういうとレンは歩く速度を上げ、俺と並行するように歩く。顔を覗き込むと、口元にはいつもより生き生きとした笑みが浮かんでいる。

 

「……楽しそうだな」

「?」


 何故かぽつりと、そうこぼしていた。レンが訝しげにこちらを向いてきたのに、あ、いや、なんでもない、と返すと、俺は足元に視線を落とし、登ることに集中する。


「そうだな」

「?」

「楽しいよ」


 突然そう言ったレンは、笑みを浮かべながらもどこか、まるで何かを懐かしむような、それでいて、どこか諦めたような、そんな遠い目をしていた。


「オカルト研究に学校……お前との軽口。俺の周りは楽しいことだらけさ、今この瞬間も、俺は楽しい」

「案外Mなんだな、そんなに息切らしておいて」

「はは、もちろん。趣味や目標に力を費やす人は皆Mだからな」


 俺の軽口に息を切らしてそう答えながら、レンは笑った。

 俺は、その言葉に、うまい言葉を見つけられずにいた。

 

「そんな、ものなのか」

「ああ、そんなもんさ」


 それきり、ぎくしゃくとした会話はなりを潜め、俺達は月明かりと漆黒が支配する山道をただ歩く。

 そんな中、俺はわずかに歩む速度が落ちていることを自覚した。脳裏には先ほどのやり取りが何度もちらついている。

 そんなもの、なのだろうか。

 レンは、現状を楽しいと言った。両親が不仲である状況を、趣味と友人で補えているから、楽しいと。

 俺は、果たして現状を、楽しいと言えるだろうか。両親がいない状況を、友人の趣味に付き合うことで補えていると。

 五分五分だと思う。楽しい楽しくないで言えば、もちろん楽しい。だが、胸を張ってそれを口にできるかと言えば。

 おれは、


「あんまくだらないこと考えるなよ」


 珍しく苛立った声に横を向けば、レンが笑みを消し、眉を寄せ俺をにらむように見ていた。


「人の目を、評価を、状況を、気にする必要なんてないんだぜ……俺は俺で、お前はお前なんだから」

「……」


 少し考えて、気づく。

 レンに失礼だったと。いつの間にか、俺はレンの境遇に自分を重ね、あまつさえ不幸だという前提を造り上げてしまっていたのだ。ほかならぬ俺が、それを嫌っているのに。

 俺は自嘲気味に唇の端を上げ、少しの頬の紅潮を自覚しながら、短く言った。

 

「……すまん」


 その言葉にレンは短く笑う。そこからの足取りは、こころなしか、とても軽く感じられた。


―――――――――――――――――――


 三月の外気が、俺達を容赦なく震えさせる。目の前には、少し開けた、広場と呼ぶには少し小さい場所が見て取れる。左手前には腐りきってもうその役目を果たさない看板が転がっているが、少なくとも俺はそれに興味を移す余裕はなかった。

 少し、上を見上げてみる。田舎の山から臨む空には、大きな満月が、その存在をこれでもか、と主張してくる。

 だが、その月よりも、もっと衝撃的な光景が、俺とレンの前に展開されていた。

 この状況を、夢だ目を覚ませ、と誰かに言われたら迷わずに頬をつねるくらい、この光景は目を疑いたくなるものだ。


「……昔の人は言った。千万両でも小さいと」

「千万両だったっけか?……まあ、同感だけど」


 眼前に展開するは、圧倒的な桃色。白と織りなすその色のコントラストは、夜の漆黒の中によく映えていて、俺達のやり取りを、実に取り留めのないものにするのに十分だった。


「まさか、こんなところで夜桜を拝めるとはな」


 半ばあきれたような、それでいて楽しそうな、そんなすでに見慣れた友人の顔を横目に認識すると、俺はため息をついた。

 そう。それは、桜だった。

 堂々とその枝を方々に広げ、その一つ一つに大きな花弁を豊かにつけた様子は、宙に浮かぶ月と相まって、どこか女性的な色気のある雰囲気を醸し出している。

 しばらくその光景に見とれていると、レンは正気に戻ったようで、鞄から取り出したデジタルカメラを片手に、写真を撮りだした。その微笑みを浮かべながらも真剣な表情から、邪魔をするのは止そうと思い、俺はその辺を散策することにした。

 数歩桜の方へ近づくと、山道を歩いた時とは違い、地面が露出しているようで、足音がざくっという感覚からぽふっとしたものに変わった。よく見渡せばこの桜の周りの木々は背が低く、まるで桜を中心に円を描くように、かつ十メートル程離れている。まるで桜の姿を損ねないように自ら引き立て役に徹したかのように。

 その、自然のものでありながら、どこか作為的な様相を思わせるこの場所に、俺はそんな感想とともに違和感を覚える。

 桜を見上げれば、相当に背が高いらしく、そこらの針葉樹よりわずかに小さいくらいだ。

 それを確認すると、俺は目をつむって考えてみる。

 やはりおかしい。これだけの高さと圧倒的な美しさを誇る桜が、何故うわさにものぼらないのか。単に俺がボッチゆえにクラスで省かれていたために伝わらなかったという線もあるが、レンも同様に驚愕していたこと、老人の導きに特に反応しなかったことから、その可能性は低いだろう。


「……」


 そう、よくよく思いだせば、違和感だらけなのだ。ふもとに現れた老人も、あの山道も、この桜も。

 これはどうしたものか、と考えながら若干興奮気味に写真を撮っているレンの方に歩き出す。うひょーとか、はっはーとか奇声を上げている様子は、どこかサルを思わせるものがあるが、これも見慣れたものだ。この状態のときは何を言っても無駄なので、少し疲れを覚えた足を休ませるため、慎重に座る場所を選び、少し冷たい地面に腰かける。ついでに軽く足をマッサージすると、じんわりとした痛みが足から体にのぼり、思わず体が震える。最近道場に行くことが少なくなったためか、体力の低下が著しい。今度ランニングでもしようと深く心に決めたところで、ようやくレンがピタッとその動きを止めた。


「お、終わったか」


 若干の期待を込めながら訊く。正直この桜だけで俺は満足していたので、どちらであろうと俺は調査をレンに任せ傍観を決め込むつもりだ。

 ところがレンは答えない。ここから前方にいるレンの表情を伺うことはできないが、どうやら桜の方を凝視しているのか、一点を見つめている。

 俺も桜の方に視線を移してみるが、別段目立ったところは見当たらない。立ち上がり、レンの肩に手を置くと、レンはいきなり俺の方にサイドステップで飛び込んできた。当然受身など取れる訳もなく、のわああ、とふたり揃って驚愕の声を上げながら転がる。


「っく、お前、何を、急に」


 非難を込めた俺の声に、レンは珍しく怒った様子で返してきた。


「それはこっちのセリフだろ!人が写真とってるところに急に飛び込んできやがって!」

「え……?」

「それにしてもびっくりしたぜ……お前がさっきまで桜の近くにいたと思ったら次の瞬間いきなり飛び込んでくるんだもんな」


 ……何を言ってるんだ?


「いや、さっきからお前の後ろで休んでたぞ、俺は。お前の動きが急に止まったからこの後どうするか聞こうと―――!?」


 そう弁明しようとしたところで、俺は頭を押さえた。頭の中で、何かがうずくような感覚が襲う。それはいつしか刺すような痛みに変わり、俺は立っていられなくなった。


「がっ、ああ――!」

「おい、リュウ!?」


 慌てたようなレンの声に、大丈夫、と答えようとして、つぶった目を見開くが、眼前の光景に、俺の口から代わりに出たのは驚愕の声だった。

 どこからか風が吹いたのか、目の前の桜は大きくその枝を震わし、花を散らす。しかしその輝きは、登った月明かりすら寄せ付けず、まるでこの空間のみ昼間であるかのように、俺達の周りの夜を桃色と白に染め上げていった。

 その時、また頭痛が俺を襲った。否応なしに頭を押さえる。その痛みは目の方にまで下りてきて、うめき声が漏れる。レンがしきりに声をかけているのも聞こえない。


((いら)え……)

「!?なん、だ」


 突如として、頭の中に声が響いた。柔らかく冷たい声。それはどこか女性を連想させ、高圧的な口調にどこか楽しげな雰囲気を纏わせていることに若干の苛立ちを覚えるが、その声が響くたびに頭痛は増していき、正直そう考える余裕はなかった。


(応え……人の子……)

「ぐっ、ああ……」


 くすくすと笑うその声は、続ける。


(門は、開いたぞ……)

「!」


 門。その言葉を、俺はどこかで聴いた。

 石のサークル。赤茶けた広場。女性。―――遠い世界。隔たり―夢。

 

「まさ、か」


 しかし、その考えがまとまる前に、レンの切羽詰まった声が聞こえた。


「おい!リュウ!立てるか!」

「……レン?」


 いぶかしげに聞き返すと、レンは桜から目を離さないまま、続けた。


「――逃げるぞ!早く!」


 その声に俺が見たものは、門。まさしく、門。どこか中世の城門を思わせる重厚な造りは、それだけがぽつんとあるととても違和感がある。

 そしてその門が、少しだけ開いている。隙間から除くのは、夜より暗い闇。ぽっかり口を開けたそれに、俺はぞっとした。

 粟立つ皮膚を抑え、レンに肩を借りて立ち上がる。この場所に来たときにおいた荷物は放って、俺たちは素早く踵を返した。どうにか体は普通に動き、レンより足の速い俺が先頭を切る形で走り出す。

 広場の半分ほどまで走った時、痛む頭を抑えながら俺は後ろを見て、それを後悔した。

 

「な……んだ」


 先ほど見た時と、門の大きさが変わらない。それが何を意味するか。

 ――追ってきているのだ。

 ひゅっ、とのどが鳴る。アレに呑まれたら、どうなるのか。神隠し、という単語がふっと浮かぶが、生還できる保証はない。そう思わせるほど、それは、異常だった。

俺を恐怖が支配する。こうして走る時間が、ひどく長く感じられた。

 ズッ、ズッ、と、認識したくない音が背後から小さく、しかし少しずつ大きくなるたびに、俺の体は震えた。

 幸いにして山道まであと少し。俺は昔鍛えた身体能力をフル稼働し、()を(・)走る(・・)レン(・・)の(・)姿(すがた)確認(かくにん)しながらなおも走る。


「え……?」


 ――おかしい。何で、俺の前をレンが走っているのか。

 別段レンの足が遅いわけではない。むしろクラス内では速い部類だし、下手をすれば陸上部の下のレベルにも勝てるだろう。

 ただ、キチガイ零細道場で鍛えた俺は、もっと速い。それこそ、陸上部のエースといい勝負をするくらいには。

 再び頭痛が襲う。走る足が鈍り、止まる。


「ぅあ、あ」

「――!?おい、リュウ!」


 レンが驚愕の表情を浮かべるのが見える。いつしか風は止んでいて、散った花びらがちらほらと目の前を横切る。

 後ろから感じる圧力が、止まった。俺は朦朧とした頭で振り返り、ある種予想通りの光景に絶望し、諦めをにじませて唇を吊り上げた。

 観音開きの重厚な門が完全に開き、俺を待っているかのようにその黒を覗かせていた。


(さあ、さあ、応え。そして越えろ、その世界を)


 その声が聞こえた時、俺の意識は薄れていく。かろうじて視界に入った友人に手を伸ばそうとして、果たしてそれは叶わず、俺の意識は深い闇の中に落ちていった。


――――――――――――――――――


「リュウ!」


 俺は叫んだ。目の前の友人が頭を押さえ、そして崩れ落ちるのを見て。その光景は、今まで経験した怪異を、はるかに超えていた。いつものような昂揚感はみじんもない。圧倒的な恐怖。いつの間にかここまで来たその門に、そんな感情を抱く。

 俺は気を失っている友人に駆け寄ろうとして、しかしそれはかなわない。

 ――怖い。本能で、そう感じてしまっている。

 そして、門と、倒れ伏す友人をただ見つめている俺を、さらなる恐怖が襲った。

 門の中の、闇。その中で、何かが動く気配がしたかと思うと、それは勢いよく飛び出し、友人の体をつかむ。


「あ……」


 それは、腕。ただし、その大きさは人のものではありえない。光を吸う圧倒的な黒。鋭利な爪。そして、魚類を思わせるような鱗。その存在を、俺は知っている。知ってはいるが、認められない。

 そして門の中で、再び何かが動く。ギラリと、白銀の光が見え、それは下弦を描く。

 ――嗤っていた。

 腕につかまれたリュウの体が、闇の中に消える。そして、それを合図にして、門が閉まり始めた。


「リュ、ウ」


 震えるからだを無理やり動かし、俺は門に向かって走り出す。

 手を伸ばし、何度も友人の名を叫ぶが、無情な門は、機械的に閉じていき、やがて完全に閉まり、青白い光に包まれ消えていった。


 茫然として座り込む。見れば、先程まで咲き誇っていた桜も、そのなりを潜ませて、今では一つの花弁もつけていない。

 夜の静寂に包まれながら、恐怖と後悔が不意に俺の心をむしばみ、うまく息が吸えない。

 嫌味なほどきれいな月が、悠然とそんな俺を見つめていた。




 やっと六話目です。多分ペース的に一週間に一話ほどのようです。

 し・か・し。やっとトリップだぜ、ひゃっふー。

 ……すみません。

 次からは異世界編が始まります。どうか末永くよろしくお願いします。

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