夜桜トリップ(前)
タイトルにあるものはかけらも出てきませんが、まあ前半部分です。長くなってしまったので、半分ほどで切ります。
第五話 夜桜トリップ(前)
校門前での寸劇から約二十分。俺とレンは目的地である本来の登山口のおおよそ反対側まで来ていた。実際は山をぐるりと十分ほど回れば反対側まで行くことができるが、なかなかもう一つの登山口が見つからず、探して止まっては地図を確認して、という作業をもう何回も繰り返しているため、少し遅れて来ていた。
「地図によるとそろそろ反対側だぞ」
左側に目印となる建物を確認すると、俺はレンの方に視線を向けてそう言った。するとレンはむう、と小さく唸って、地図を睨みながら考え込んだ。
そんなレンの様子に俺はため息をつく。そして右手のナナシ山の山頂あたりをなんともなしに眺めた。
数分そうしていると、急に空が明るくなっていくのが見えた。何事かと真上を見上げると、今までは雲に隠れていたのか、わずかの欠けもない月が、星々の光を打ち消すくらいに輝いていた。今ならとなりにいるレンの顔もよく見える。
すると、いつの間にか地図をしまい周りを観察していたレンが、山のある一点を見て眉を寄せていた。
その視線は山の中腹に向かっているようで、俺もそれにならうが、特に変わったところは見当たらない。
「どうした」
その問いに、レンはうんとかああとか、あいまいに返していたが、やがて苦笑とともに俺の方を向いた。
「何か動いたような気がしたんだが、多分気のせいだった」
「どうかな。お前がそう言った時に限って、腕とかビスクドールとか見つかったりするからな」
次はデイダラボッチとか出るんじゃないか?
俺の切実な感想に、まっさかー、とおどけたように肩をすくめたレンは、取り出した携帯のディスプレイを見て、俺に次の行動を促す。
「で、どうするか。今十二時ぴったしだけど」
「ああ、俺は大丈夫だ……というか、このやり取りも変わらないな」
どうせお前は大丈夫なんだろ、とつなげた俺の言葉にニヤッと笑うと、レンは無言でサムズアップをしてきた。
ちなみにこの場合、レンの「大丈夫か」という問いは俺の都合にのみ適用される。レンの両親は共働きであり、夫婦仲は最悪。幸いにも虐待などはないようだが、その代わり子供に構ったりもしない。きっと不倫でもしているんだろう――とこれはレンの論。よってレンが何時まで何をしていようが、自分たちに迷惑が及ばなければいいと考えている彼らが、レンの不在を心配するはずもないのだ。そして俺はそもそも心配する親が不在のため、気兼ねなく外出することができる。
なんだかんだ似たもの同士なのだ。俺達は。
「じゃ、調査続行だな、次は山の中に―――」
そうレンが言った時。
「こんな時間に何用かの」
「うおお!?」
不意に後ろから声を掛けられた俺達はそろって奇声をあげて、後ろを振り向いた。
くそ、また呼んだのか、このフラグ野郎め。
先ほどのいい気持ちはどこへやら、俺はレンに心の中で悪態をついた。
だが、よく見てみれば人のようだ。それもかなり壮年の。
額にしわがいくつもできているが、目じりが下がっていて怖い、というよりは優しい印象を受ける。杖を左手に持っているが、背中はしゃんと伸びていて、口元には笑みが浮かび、若々しさすら感じる。着ている服も、月明かりを通してなので色は分からないが、どうやら和服、それもあの零細道場の暴力主の着ていた袴に似ていて、その上からコートのようなものを羽織っているようだ。見れば薄着なのだが、老人の様子から察するに見た目より暖かいようだ。
そう観察を終えると、先ほどよりも警戒をゆるめ、俺は訊いてみた。
「失礼ですが、あなたは」
誰ですか、と俺が続ける前に、老人は、ああ、と間延びした声で言うと、クックッと喉を鳴らして笑った。
「わしはそのナナシ山の所有者じゃよ、あと、ナナシ神社の神主もやっておる」
極めて朗らかにいう老人。そして対照的に気まずそうにする俺たち。どう返せば良いか分からずうろたえていると、その様子をみて、老人は再び笑いながら言う。
「その様子を見る限り、やはりこの山に何か用でもあるのかの」
「あ、はい、そうっす」
あまりにテンパり過ぎてレンがそう口を滑らし、俺は内心焦りながらも、それを隠しフォローする。
「いやあ、俺たち高校でオカルトや超常現象を調査する部活に入ってまして、とりあえず学校周辺の伝承やうわさについて調べることにしたんですが、まあその手の話は山がポピュラーかな、と……おもいまして……」
「こんな時間に、かの?」
ぐう。
どうだ、グウの音は出たぞ。
……駄目だ。ニコニコと笑う老人を直視できない。
やがて、なるほどのう、とつぶやくと、やはり微笑みを崩さぬまま、老人はゆっくりと山の一点を指差した。その指の動きにつられるようにその方向を見ると、ちょうど月明かりに照らされたのか、少しのきらめきをこちらに向けるものがあった。その形状から察するに、看板のようだ。
「あの看板のむこうに、細いが人が通れる道がある。長らく通っていないが、まあ迷うこともないじゃろ」
「?」
てっきり理詰めでなじられるか怒鳴られるかすると思っていた俺は、その言葉に驚いた。
どうやらそれはレンも同じだったようで、「……いいんすか?」と呆けたように老人に訊く。
老人はやはり面白そうに笑いながら、ゆっくりと頷く。
「なに、この山はイノシシや熊の類も出やせんし、そんな急な崖もないでの」
そういう問題なのか……?半ばあきれて老人を見つめると、「冗談じゃよ」と言いながら、急にその閉じた目を半眼に見開いた。
「……人の、それも怖いもの知らずの若者の好奇心、止められないのはわしもよく知っておる。特にそっちの茶髪の坊主は、相当無茶してきたようじゃし、場数も踏んでいるの」
その言葉に俺は驚きを覚えた。ちなみに老人の言葉に、ではない。無言のまま俺はレンの方を向き、呆れたようにため息をついた。
「な、なんだよ、確かにお前を連れていかなかった調査はいくつかあったけど、そんな無茶なんて……」
そうレンが狼狽しながらそう強がるが、その目は俺の方を一度も見ようとはせず、せわしなく泳いでいる。
「……この前カバンの中に干からびた動物の手があったんだが」
「なっ!み、見たのか、あれを!まさか何も願ってなんかしてないよな」
「……嘘だ。お前のカバンをのぞいたことは一度もない。語るに落ちたな……というか本当にあるんだな、それ」
ぐっ、と言葉に詰まり肩を落とすレンを冷ややかな目で見つめていると、その様子を見た老人はまた笑った。
「……仲が、いいんじゃの」
「いえ、全然。腐りきって壊死した縁のもとに成り立つ関係ですよ」
「そこまで!?」
涙目になって抗議してくるが、俺はそれをあえて無視し老人と真正面で向き合った。老人の目はもう既に先ほど開いた目はまた閉じているかのように細くなっている。
俺の視線に、老人はほほほ、と笑うと、
「さて、夜は長いようで案外短いもの。……いかなくて、いいのかの」
「……」
その言葉に、俺は答えず、黙ったまま頭を下げ、未だに俺に前言撤回を求めるレンを促す。その俺の様子に違和感を覚えたのか、レンも黙ってついてくる。
再び自転車にまたがり、老人が指差す方を目指す。
すれ違いざま、こうささやかれた。
「……人は、信用してみるものじゃ。なるべく、の―――では、気を付けて」
―――――――――――――――――――――――
木の枝が幾重に重なった間のわずかな隙間に、月光が漏れて俺達の行く道をかろうじて照らしている。
あの老人と別れた後、俺達は老人の示した看板の通りに暗い口を開けた登山道の入り口へと進み、山を登り始めた。長年使われていなかったであろうそれは、ところどころが土砂で埋まり、恐る恐るそれらを迂回しながら、あくまで慎重に登る。時計を見れば、そろそろ一時に差しかかるところだった。
「はあはあ、ぜえぜえ……ぐわあ!?」
どこかでカエルの鳴き声が聞こえるな。カエルと言えば施設にいたころガキ大将が持ってきた爆竹でカエル爆弾を作った思い出がある。
汚い花火だった……と一人納得し頷いていると、後ろから「おい!無視するな!」と親友の声が聞こえた。振り返れば足場を踏み外しかろうじて木にぶら下がっているベストフレンドの姿が。
「ふぁいとー、いっぱーつ」
「いやそういうのいらないからね!?まじで!助け……うわっ」
「おっと」
叫んだことで体のバランスを崩すレン。片手が木から外れたのを、俺は間一髪のところでつかみ、山道まで引き上げてやる。レンがひいこら言っているところに、俺は声をかける。
「やっぱりやめとくか?」
「……じょ……冗談じゃ……ない――ここまで登っておいて、諦めきれるかよ!」
「いや、まだ半分も登ってないんだが」
何故かスポ根のごとき決意をしたレンに鋭く返すと、休憩だ、と言って俺はそこらの石に腰かけた。特に息は上がっていないが、レンの様子を鑑みた結果だ。
(しかし、あの老人、なんか奇妙だったな)
俺はいつの間にか眉にしわを寄せて、先程の老人の言葉を反芻していた。
――……人は、信用してみるものじゃ、なるべくの……では、気をつけて。
前半部分に関しては、何故人間不信を見抜かれたかは気になるが、それよりも、後半の言葉が、嫌に耳に残る。
「気を付けて、か」
「ん?なんか言ったか?」
どうにか回復した様子のレンにそう声を掛けられ思わずはっとする。なんでもない、と苦笑しながら、また登るか、と若干強引にレンを促し、俺はさっさと歩く。
うへえ、と言いながらもレンはとぼとぼついてくる。
「この、体力お化けめ」
レンの諦観丸出しの声が、月明かりの山道にむなしく響いた。
うん、フラグは立てときました。タイトル通りのことが、次回、いよいよ。
あと、投稿が遅れたのは申し訳ない。うちの文芸部の活動と重なったので、そっちを優先しています。