三日目 ~彼女の涙~
「ん?」
大家さんにパシられた帰り道、彼女と思わしき後姿が、周りに三人の男性に囲まれているのを見つけた。
これは、またか。
「ねぇねぇ、ちょっとそこでさ、俺らとお茶しない?」
「そうそう、三十分でいいからさ! な?」
「大丈夫、ちゃーんとキミも楽しませるからさ!」
「い、いえ、その……」
近づいてみれば、案の定ナンパでした。一体何度目だよ……これ。
「ほら、一緒に行こうよ!」
「いえ、その、きゃっ!」
「つべこべ言うなよ、大人しくこい!」
とそこで、男性の一人が彼女の腕を掴む。
男と女の差。力を出されちゃ基本的に女性は勝てない。
加えて複数に、いかにもガラの悪そうな奴らだし。
「やれやれ。大家さん、もしこれダメになっても怒らないでくださいね……」
自分に言い聞かせるように先に弁明。
別段悪いことをするわけではないのだから、きっと許してくれるだろう。
「あ?」
「なんだてめぇ?」
「なんかようかよ!?」
「か、寿樹君!?」
どうも、自意識過剰すぎません? 近づいただけでガン飛ばしてきたよ。
「嫌がっている子を無理やり連れていくのは良くないぞ」
「ああぁん!? てめ、この子の知り合いかぁ?」
「んだよ、だったら俺らがこの子は預かるからさ、兄ちゃんは回れ右してお家帰んな!」
「男に兄ちゃんって呼ばれても……気持ち悪いだけだ」
「ああぁ!?」
おっと、口が滑った。完全にこれは聞こえてしまったな。
「いや、それにしたって多数で一人を囲むって、まぁ力任せにしかできないから集まるんだよな。仕方ないか」
「んだと?」
「かんっぜんに俺らをなめやがって! 死ねやぁ!」
「うぉ!?」
いきなり、囲んでいるうちの男の一人が殴ってきた。短気にもほどが過ぎる。
「めん、どくさいっ!」
「ぐほっ!」
「タカシ! てめぇ!」
避けて殴ったら今度は別の男が殴りかかってきた。
「ぐっ」
ボディに殴ってきたのを腕をクロスして防ぐ。
「この野郎! 良くもやりやがったな!」
「がはっ!」
すると、空いていた脇腹に先ほど殴られた男が殴ってくる。
「そらっ!」
「っ!」
ボディを殴った男は腕を戻して手を組むと、振り下ろして頭を殴る。
脳が揺れた。少しだが視界が揺れる。
「はっっはっは! どうしたよ、最初のいっぱつだけか? 威勢がいいのわよぉ!」
「づっ、がっ、ぐふっ!」
頬、腹、頬。と二人から殴られる。これはめんどくさい。
「寿樹君!」
ほら、まだ一人は彼女の腕掴んだままだし、心配させてるし。
「そらよ!」
「ふん!」
「なっ!?」
殴られるのを承知の上で殴りかかってくる男の髪を掴む。そしてそのまま――
「お返しだ」
「うわぁ!」
「おいばかやめろ!」
「「がぁっ!」」
もう一人の男の髪も掴み、そのまま顔面同士をぶつけ、同時に膝で顎を打ち抜いて、二人の男は気絶した。
「て、てめぇ! よくもタカシとカケルを!」
「きゃぁ!」
「う、動くんじゃねぇぞ!? この女がどうなってもいいのか!?」
一応、最初に喧嘩を売ってきたのはあなた達なんですけど。
しかも、彼女を掴んでいた男はポケットからナイフを取り出して、彼女を盾にする。完全に犯罪です。どうもありがとうございました。
「一応さ、それ犯罪だけど」
「う、ううううううるせぇ! それがなんだ!」
「それとさ、ナイフを持つなら、それ相応の覚悟とか、考えてる?」
「だ、だからなんだよ!?」
「まぁいいや。ほら、あんまり前に気を持ちすぎると、後ろが危険だよ」
「なっ!?」
「ま、嘘だけどね」
「このやっ――」
「はっ!」
「がっ!」
後ろに気が向いたところで、ダッシュでナイフを掴み彼女の安全を確保。
すぐに逆の手で掴んでいた男の頬を殴った。
おかげで彼女を掴んでいた力が弱まったようで、彼女はすぐに離れる。
「大丈夫だったか?」
「は、はい! それよりも――」
「て、てめぇよくもやりやがったな!」
「悪い、話はあとな。少し安全なところに離れていてくれ」
「はい……」
「ぜってぇただでは済まさねぇ!」
「騙される方も悪い」
「このやろぉ!」
男はナイフを構えると、そのまま突っ込んできた。
厄介だ。刺さるのを避けようにも後ろには彼女もいるし、こちとら大の大人の本気のタックルを止められる自信もない。こうなると……。
「ぐぅっ!」
「寿樹君!?」
「へ、へへ、これで……」
「終わりじゃ、ねぇよ!」
「あがぁ!」
胴体に顔がある男に向けて、肘を脳天に、膝を顎へ、サンドイッチさせる。
それにより、上下から脳に振動請けた男は、そのまま呆気なく倒れ、手からこぼれたナイフが金属特有の音を立てた。
「ふぅ、なんとかなったが、いてぇ」
「だ、大丈夫!?」
「ん、ああ。平気だよ」
「嘘だよっ! だって、お腹にナイフ刺さってたじゃない! それに、手でだって掴んでたし! ほら、見せて、よ……」
そこで彼女の動きが止まった。
原因は恐らく、腹の事なのだろう。
「え、傷が……ない」
「………………」
やっぱりか。
現在、彼女の言った通り、腹には切り傷など存在しない。だが、服にはナイフが刺さった時の裂け目がある。
服というのは、基本的に柔らかいので、何かに押さえつけた場合じゃないとそうそう刺しても穴が開かない。加えて、視たところ安物そうなそのナイフでは、なおさらだ。
つまり、身体にまで刺さってなければ、服に穴が開くはずがない。
「どうして……それに、手にも、あんなにしっかりナイフを掴んでいたのに、傷もないし、なにより、顔にも。
どうしてなの、寿樹君?」
ごまかしようがない。しかし、話しても、いいのだろうか?
「ほら、あいつらが、手加減してくれ――」
「そんなわけ、ない!」
「っ……」
やはり、ダメか。
「どうしてなの?」
彼女は、諦めるつもりはないようだ。
「わかった。理由はなんとなく、わかる。
けど、そのまえにさ、ここから離れよう。またこいつらが起きだしたらキリがないから」
「え、う、うん」
とりあえず、アパートにまで帰ることにした。
帰れば、大家さんにおつかいの成果を渡した。形状はこだわらず。
「さて、どうして、傷がないのか。だったな」
「はい……」
理由など、至極簡単だ。しかし、そうそう簡単に話すというのも。
「一つ聞きたい」
「はい」
「本当に、知りたいのか?」
「はい」
迷いもなく返答してきた。それは好奇心じゃなくて、もっと別の、何かの様が気がしたが、気がしただけかもしれない。
「わかった。だが、何を話そうと、これから言うことは真実だ。どうやっても、覆らない」
「はい」
「結論だけ言う。この身体は、既に死んだ身だ」
「っ!? どういう、ことですか……?」
「そのまま。死んでいるんだ」
「でも、寿樹さんは、いま、ここに、ふれられるし、いるじゃ、ない、ですか……」
現実を聞いて信じられないのか、それとも、恐ろしいのか、彼女の声は震え、瞳は潤み滴が頬を伝う。
「一昨日、交通事故の事を聞いてくれたよな?」
「はい……」
「その、男性だ」
「そん、な……」
ついに彼女は、顔に手を当て、泣き始めた。
「だから、お墓参りに、言っていたんですか?」
「そうだ、な……」
泣きながらも、言葉を、必死に絞り出して彼女は問い、答える。
「そして今日が終わったら、死ぬ」
「っ!」
「でも、良かった」
「どうして、ですか……?」
「最後には、君が生まれた日を、祝うことが出来る」
「えっ……」
その時に、彼女の涙が、止まった。
「だから、さ。まぁ一昨日まで知らなかったけど、何年も知っている人の生まれた日が祝えるのは、いいことなんじゃないかと、思ったんだ。まぁ、その人にとっては嫌かもしれないけど……」
「………………」
「どうした?」
「すんっ。少し、考えさせて、ください……」
「まぁ、整理しきれないよな。そんなこと言われたって」
「ごめん、なさい」
それだけ言うと、彼女は自分の部屋へと戻って行った。
そう、仕方がないし、どうしようもない。
そもそも彼女は優しいし、きっとこの荒唐無稽な真実も信じているのだろう。
だからもしかしたら、何年も隣に住んでいる相手が死んでいるというのを聞いて、悲しくて泣いているのかもしれない。
そのことを考えたら、申し訳ない気持ちがわき、そして、胸が痛かった。さっき、殴られたり刺されたりしたよりも。
この話で終わらせようと思いましたが、断念。
本編は次で終わらせ、その後に後日談とか何かを書く予定となっております。




