7話 大きすぎる違い
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この話を執筆してから書こうとすればこんな時間になってしまいました。
「この単語の意味も知らずに使っていたのか?」
「誰が一般論を述べろと言った」
「うん、それで?」
「それはお前の祖父の意見だ、俺はメイプル自身の意見を聞きたいんだ」
「それ、前回も『そんなことは書いていない』と指摘したはずなんだけど」
「知ったかぶりをするな、にわか知識がバレバレだぞ」
――等々、アルバーナがメイプルに詰問する。
いや詰問という生易しいものではなく、公開処刑に近い。
フレリアの時は答えを誘導する方式でいく。
フレリアが出した答えに対してアルバーナは質問し、あるいはやんわりと非を指摘することによって答えられない袋小路へと追い込んでいくのだが、メイプルに対してはその逆。
言葉で殺すという表現がしっくりくる程、大型ハンマーで粉々に粉砕した上で竜巻を巻き起こすかの様な苛烈な攻め。
つい三十分前までは自信に満ち溢れて勇んでいたメイプルなのだが、現在は少し呆れの混じった表情で語るアルバーナによって眼尻にうっすらと涙を浮かべていた。
「……」
相次ぐ否定によって口も心も閉ざしたメイプルにアルバーナは止めに一言。
「止めた。俺は九官鳥と戯れるほど暇じゃないんだ」
「う……わあああああああ!!」
メイプルは堰の切ったように泣き出し、大声を上げて部室を飛び出していった。
「……酷過ぎない?」
一部始終を見ていたフレリアが声を出す。
「ユラスが否定した教育論の中にはメイプルの祖父の名が入っているのよ」
そう、メイプルがアルバーナに食ってかかっているのは、アルバーナが否定した教育論の骨子を作った著名者の中にメイプルの亡き祖父の名が入っていたからだった。
「けど、まあメイプルなら大丈夫だ」
が、アルバーナはこともなげに言う。
「メイプルは素直に負けを認めるほどやわじゃない。不安なら図書館にでも行ってみると良い、多分そこにいると思う」
「まあ、行ってみようかしらね」
フレリアからすれば完膚なきまでに叩き潰されたメイプルが心配なので様子を見に行くことにした。
本は英知の結晶とも言えるので、カナザール学園の図書館は美術館と間違われるほど巨大で荘厳である。
ケイスケ=シノミヤが立案・設計したとされるその建物を見上げると畏怖と圧迫感を与えるが、中に入ると逆に安心感が満ちる。ケイスケがそれを意図したのかどうかは定かでないが、この図書館は学園の名物となっていた。
なお、余談としてバースフィア大陸中の本の内約半分がこの図書館に集まっていると噂されている。
「ああ、いたいた」
フレリアは中に入って辺りを見回すと、備え付けの机の一番奥にうず高く積まれた本の壁の奥にちょこんと見える赤いおかっぱ頭が確認できた。
「う~~」
メイプルはフレリアが後ろに立っていても気付かないほど集中しているようだ。
時々唸り声を上げる様子から、少なくとも心は折れていないようだ。
「頑張っているわねメイプル」
なのでフレリアはメイプルの方に手を置いてそう尋ねる。
「てっきり自殺しているんじゃないかと思ったけど、それは杞憂に終わったみたいね」
「どうして私が自殺するんですか?」
フレリアの安堵の言葉にメイプルは大きな瞳だけを動かしてフレリアに問う。
「ユラスはまだ祖父に謝っていない。祖父の墓前で謝罪させるまで私は挑み続けます」
目を真っ赤にしながらものすごい形相でメイプルは言い放った。
あれだけ完膚なきまでに貶されたにも拘らずアルバーナに挑もうとする根性。
確かにメイプルは壁が高ければ高いほどやる気を出すタイプなのだろう、が。
「メイプル……そんな馬鹿な目標を立てるのは止めなさい」
フレリアは少し声のトーンを抑えて語りかける。
「あいつは別よ。勝負どころか比べることすらおこがましい正真正銘の化け物。追いかけてもボロボロになるのがオチ」
「……馬鹿な目標?」
メイプルは幽鬼の様にユラリと顔を上げる。
「大切な人を侮辱され否定され、果ては存在自体が害悪だと断じられてもですか?」
話すたびにメイプルは声のトーンを上げ、そして。
「私は! 今すぐにでも奴を殺してやりたい!」
ここが図書館だということを忘れてメイプルは大声を上げた。
「シーッ! メイプル。ここは静かにするところなのよ」
「あ……すいません。興奮してしまって」
周りの注目を集めてしまったメイプルは元々小さい体をさらに縮こまらせて謝罪する。
その庇護欲を掻き立てられそうな仕草にフレリアはメイプルを抱きしめたい衝動に駆られたが、それを何とか抑え込む。
「とりあえず外に出ましょう。何か飲む?」
フレリアの提案にメイプルを小首を傾げて考えた後に口を開き。
「リンゴジュー……いえ、ブラックコーヒーで」
多分りんごジュースを飲みたかったのだが、子供扱いされるのが嫌なので咄嗟に切り替えたのだろう。その愛らしい強がりにフレリアは保母さんの様な笑みを浮かべてりんごジュースとブラックコーヒーを頼んだ。
「私はユラスを小さい時から知っているのよ」
フレリアはブラックコーヒーを飲みながら昔話を語る。
アルバーナとは記憶にある頃からの付き合いだったこと。
お爺さんと共に旅をしていたので知識も経験も私達と比べ物にならないこと。
そして――三年間必死で勉強したにも拘らず、全く差が詰まっていなかったこと。
「だから挑むなんて以ての外。あれはもう天災として捉えた方が気が楽よ」
「……フレリアさんはそれで満足ですか?」
メイプルが口を開く。
「うん?」
「何を言われてもフレリアさんは黙っていると? 例えローマフィールド家を侮辱されてもですか?」
メイプルの瞳は真剣そのものだ。
幼い顔を微かに歪め、唇をぎゅっと引き締めてフレリアを睨みつけた。
その問いに対してフレリアは一つため息を吐きながら。
「……愛する人を雷で喪っても雷を憎む人はいないでしょう?」
フレリアの答えは至極単純。
アルバーナをどうしようもない存在だと捉えること。
戦っても負けが見えているのならいっそのこと無視すれば良いというのだ。
「フレリアさんはよくそう割り切ることが出来ますね」
「割り切らないと私自身がどうにかなっちゃいそうなのよ」
メイプルの嘲りを込めた嘲笑にフレリアは肩を竦めて答えた。
フレリアはアルバーナを映画のスクリーンに映った存在だと捉えている。
彼は向こう側の人間だからこちら側の常識とかけ離れている――実際はそんなことなどありえないのだが、フレリアの心の平穏を保つためにはそう思い込む必要があった。
「私からの忠告よ。金輪際ユラスと関わるのを止めなさい。何を言われても無視し、相手にしないこと。カナンはもう手遅れだけどメイプルはまだ間に合うわ」
フレリアはメイプルに説く。
アルバーナは将来とんでもないことをすると。
それはもう確定的。
ゆえにアルバーナと深く関わった分だけ後の人生に支障が出ると。
まあ、その予想は大方合っているのだが、そのとんでもないことを起こすのに必要不可欠な存在であるフレリアが言うのは滑稽というべきか。
「私は止めません」
メイプルはフレリアの忠告に異を唱える。
「完全に論破されようが二度と立ち上がれないぐらい打ちのめされようが私はユラスに挑戦し続けます」
メイプルの瞳にはカナンとよく似た決意の光が浮かんでいる。
それは方向は違えど、何があろうと決して諦めずアルバーナの後を追いかけていくという意志だった。
「物語の中の登場人物に対していくら呼びかけても応えませんが、ユラスは応えます。なので割り切ることはできません」
これがメイプルの決意。
何度でも挑戦すると。
例え越えられない壁だとしても絶対に越えて見せると。
「私は三年間必死に努力したけど、追いつけなかったのよ?」
フレリアの問いかけに対してメイプルはすかさず答える。
「たった三年間で諦めてどうするんですか? 五年、十年そして二十年努力すれば追いつけるかもしれません」
ここがフレリアとメイプルの最大の違い。
頭が良いフレリアは先が見えるのですぐに諦める。
逆にメイプルは不可能だと分かっていても愚直に突き進む。
まあ、どちらが良いとかはここで議論するべきではないだろう
フレリアはメイプルの決意が固いことを知り、瞑目して二、三度頷く。
「分かったわ、それならもう何も言わない。気の済むまでやってみなさい」
「言われなくともそうしますよ。飲み物を御馳走様でした」
メイプルはフレリアに対してニカッと笑った後、ゴミを始末して駆け出して行く。
おそらくまた勉強の続きをするのだろう。
「……またユラスの毒牙にかかった者が一人」
フレリアは小さくなっていくメイプルの後ろ姿を見ながら額をおさえて溜息を吐いた。
アルバーナの唱える説はこの時代だと異端以外の何物でもない。
それゆえに反対勢力によってアルバーナが窮地に陥る場面も度々あったのだが、この時いの一番に救い出そうと声を上げたのは他でもないメイプルである。
そのせいかアルバーナは明言していないが彼が最も信頼していたのは、片腕のフレリアでも後援者のカナンでもなく、愚直が取り柄のメイプルであったことは残された言動からも容易に推定できた。
本来ならプロットを練り上げて作らなければならないのですが、時間が無いのでまずは書きたい場面を書き、一通り完成した後でそれぞれの話分を加工して繋げます。
なので応募用は全く別の物語になる可能性がありますね。
例えばアルバーナとフレリアの立ち位置が逆だったりと。