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6話 入学式の裏話

「よし、行くわよ」

 『教育研究会』の部室の前で気合いを入れるのはフレリア。

「今日こそカナンをユラスの魔の手から救い出してあげなくちゃ」

 フレリアからすればカナンはアルバーナに誑かされたと思いこんでいるらしい。まあ、実際はその通りなのだが、アルバーナからすればカナンの決断に対して否定もしなければ肯定もしないので勝手にやってくれと思っているだろう。

「イザ! 勝――」

 フレリアは決意を込めてドアを開けようとしたが。

「うわーーーーん!!」

「ヘブッ!」

 赤い髪を持つ女子生徒がドアの向こう側から思いっきりドアを開けられたのでフレリアは顔面を強打してしまい、余りの痛さに膝を折る。

「いっだい、なんだのよ……」

 鼻を抑えているせいかフレリアの声音は低くなっている。

「ああ、フレリアさんですか。こんにちは」

 女子生徒が泣きながら去っていった方向を見ながら涙目になっているフレリアにカナンが会釈をする。

「彼女はメイプル=ハットイック。先程ユラスさんの教育論に対して論戦を挑んだ者です」

 すぐに姿を晦ましたので細かいところは見ていないが、まず言えるのは相当小さい。

 百四十cm程度しかなく、さらに顔も童顔なので中学生どころか下手すれば小学生と間違われそうだ。さらにまだ二次成長が行われていない寸胴体型なのも小学生疑惑に拍車をかけていた。

「あ~、彼女ね。寮でもやたらと可愛がられていた」

 おかっぱ頭に加えて体の比率に反した大きな顔を持つメイプルによって母性本能に火を付けられた女子生徒が続出し、特に上級生から絶大な人気がある。

「本人は大人扱いされたくて色々工夫しているのですけど、それがまた保護欲をそそられるようです」

 何でもメイプルは少しでも子供扱いしようものなら烈火の如く怒って噛み付いてくるのだが、それが逆効果になっているという悲劇である。

「鼻血は出ていないみたいね」

 少し鼻を触って何も付いていないことを確認したフレリアは部に足を踏み入れる。

 教育研究部の部室の配置としては教室を六畳程の大きさで纏めた様相であり、部の最も奥に黒板を背にしたアルバーナが立ち、その左脇にカナンが、そして右脇がフレリアの席だった。

「で、そのメイプルがどうしてこんな所に?」

 席に座って足を組んだフレリアが二人に問う。頬杖をついているフレリアのポーズというのはその豊満な胸が強調され、下も見えそうで見えないという絶妙な影という男子どころか女子も悶絶確実のポーズを取っているのだが、幸か不幸かこの場には天然娘のカナンと変人のアルバーナしかいないのでそんなことは起こらない。

「ん~、先週ユラスさんが別のクラスに突撃を繰り返していた時ですが。その際ユラスさんの教育論に対して顔を真っ赤にしながら反論したのがメイプルさんです」

 カナンは小さな顔に人差し指を当てて首を傾げながら思い出すようにして答える。

「それは身の程知らずよね」

 メイプルは体どころか頭もお子様なのか。

 思い付いたら一直線という直情径行の気質があるらしく、アルバーナが既存の教育論を貶す行為に義憤を感じて声を上げたそうだが、見事に返り討ちとなってしまったらしい。

「ええ、メイプルさんは彼女の生まれ育った地域だと一番だったようですが、ここだとそれが普通ですから」

 バースフィア大陸の最大国家、しかも教育を第一に掲げる国の最高峰である。普通の才能や普通の努力では絶対に入学出来ないのがこのカナザール学園だった。

「でもさあ、ユラスも大人げないわね。まだ上京したばかりのメイプルを泣かせるほど論破しなくても良いのに」

 フレリアは教授レベルすら叩き伏せることが出来るアルバーナに対して非難の視線を送る。

「もしあれで学園を辞めたらどうするの? あんたは今将来の芽を摘み取ってしまったかもしれないのよ」

「いや、大丈夫だろう」

 フレリアの抗議にアルバーナは何でもない風に答える。

「メイプルは貶されて伸びるタイプだからな。だからやればやる程燃えて挑戦してくる」

「そうかしら? メイプルが発する被虐性に惹かれて加減を間違えたんじゃないの?」

 確かにメイプルは保護欲と同時に被虐心を擽ってくるので、フレリアは多分にやり過ぎたのではないかと責める言葉に対してアルバーナは一言。

「褒められて伸びるフレリアがここにいること自体が俺の手加減が上手いことを証明していないか?」

「……ごめんなさい」

 第三者から見れば小動物のメイプルより自他共に認める高慢なフレリアの方を叩き伏せたい欲求が強いだろう。

 その考えに行き当たったフレリアは素直に頭を下げた。

 

「……ユラスはさあ。そこまで自分の教育論に自信を持っているのなら、実際学者や教授と話せば良いじゃない」

 アルバーナに論戦を挑むも見事に散ったフレリアがズタボロの精神状態にも拘らず声を上げる。

 すでにアルバーナは何処へと去り、残るのは敗残者のフレリアと今日の論戦を書き起こしているカナンだけだった。

「こんな部で話すよりかそっちの方が時間も効率も上よ」

 確かにアルバーナの部室で挑戦者を待ち構えるやり方は非効率である。これならまだ辻説法でもした方がまだ意味があるように思えた。

「そうですか、フレリアさんは知らないんですね」

 カナンがポツリと漏らす。

「ユラスさんは、実は入学式以前から研究所の学者達や大学の教授陣に論戦を吹っかけていたんですよ」

「え? 何? それって初耳なんだけど!?」

 フレリアはアルバーナがそのような事実を話したことも無いし、話す素振りすら見せていなかった。

「それはそうでしょう。何故ならユラスさんにとっては愉快でない記憶ですから」

 カナザール学園は入学式以前でも、希望した合格者はその施設を見学することが出来る。

 そしてアルバーナは合格発表の日から学園内に赴き、名のある学者や教授と一対一の対話を仕掛けていたというのだ。

「常識的に考えてユラスが負けるなんてありえないわね」

 フレリアの言葉にカナンは頷く。

 アルバーナの陰に隠れがちだが、フレリアもカナンも一流の学者と対等に渡り合えるだけの知識を持つ超高校生クラスの実力を持っている。

 その二人が認めるのだから結果は予想できるだろう。

「その通りです。私のお爺様すらユラスさんに反論できませんでした」

「まあ、予想通りね。で、それで何でユラスは部なんて作ったの?」

 十六歳の新入生が名だたる教授や学者を論破する。

 アルバーナは入学式以前にもう伝説を作っていたこととなる。

「普通なら既存の説を捨ててユラスの説を述べるべきでしょ?」

 今教えているのより優れた教えが出たのなら、それに取って代わることのが自然である。

 しかし……

 カナンは話していいのか瞳を左右に揺らした後に確認を取る。

「フレリアさん……この話は他言無用でお願いしてよろしいですか?」

「え? どうして?」

「これから述べる内容は学園にとって恥じるべき暗部です。なので学園の名誉のためにもここは……」

「うーん。まあ、仕方ないわ」

 フレリアが了解したのでカナンは深呼吸した後口を開いた。

「実は……負けた学者は口々に『邪説』『老人の妄想』など否定され、挙句の果てには『カナザール学園卒業というブランドが欲しければ大人しくしておくように』と脅されたそうです」

「何それ! 酷過ぎるでしょ!」

「学者達からすれば仕方ないんです! 何せ己の命を賭けて研究した、もしくは信じている内容が間違っていると断じられたらあなたはどうしますか? 綺麗さっぱり捨てることはできますか?」

 フレリアが激昂して立ち上がるも、それを抑える様にカナンは慣れない大声を出して諌める。

「う……」

 カナンの意見にフレリアは詰まる。

 確かに自分が正しいと信じたもの――例えばローマフィールド家の栄光は全て虚飾だと知ってしまった日にはフレリア自身どうなるのか分からない。

「さすがのユラスさんも怒ってしまい、せめてもの反抗として入学式をボイコットしたのです」

「そんな理由があったの……」

 フレリアは単に面倒だから出なかったとしか考えておらず、まさかそんな事情があるなんて思いもしなかった。

「ユラス……」

 フレリアは思い出す。

 あの時、アルバーナは一体何を考えていたのだろう。

 新入生代表挨拶をボイコットして彼らに一矢を報いた彼の心境は一体どうなっていたのだろうか。

「何度も言いますがこの話は他言無用です。もし漏らせばフレリアさんの身に何があるのか分かりませんから」

「……」

 カナンの口止めにフレリアはただ上の空で聞いていた。




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