4話 教育研究部設立
カナザール学園は勉学の他にスポーツにも力を入れている。
そのため部活動や同好会のための施設や棟も建てられていた。
そして棟には二種類あり、一つが運動部用でもう一つが文化部用。
で、文化部用の棟の一室――『教育研究部』と銘打たれた部室から大きな怒声が響いていた。
「ふざけんじゃないわよ!」
その部室の中央で仁王立ちをしているフレリアが黒板を背にしているアルバーナを糾弾する。
「何時の間に部なんて申請したの! まだ規準に達していないはずでしょう!?」
フレリアが怒っている理由はまだ二週間しか経っていないにも拘らず、アルバーナを部長とする文化部に部室が割り当てられていたからだ。
一般に部室というのは生徒会か、教師達が認めた集まりに与えられるのであり、ここで言う集まりというのは同好会や愛好会をさす。
そしてそこから部と認定されるには目覚ましい活躍をするか三年以上活動することが暗黙の了解となっていた。
その経緯を鑑みると、フレリアの怒る理由が分かるだろう。
ちなみに立ち上げ早々部に昇格させたことはアルバーナの学園伝説の一つと数えられている。
一通り吐き尽したのかフレリアは肩で息をして呼吸を整えた。
「あのなあ、言っておくが俺は望んで部室を手に入れたわけじゃないぞ」
次は自分のターンとばかりにアルバーナが口を開く。
「俺は適当な空き教室さえあればそれで良かった。しかし、彼女が余計な手を回したので現在こうなっているわけだ」
「余計な手とは酷い言い方ですね」
アルバーナの視線の先にはニコニコと微笑む青い髪の女子生徒。
櫛が引っ掛からないよう手入れをされた髪と人形のような整った顔立ち。傷どころか日焼け一つすらしていな白磁の肌から余程大切に育てられたことが推察でき、その穢れを知らない純情な様子から深窓の令嬢という言葉が似合っている。また、運動もあまりしていないのか百六十㎝近くある身長の割には手足が細い様子から人間というより人形と表現したほうがしっくりくる。
もし彼女にドレスまたは使用人の服を着せて、動きを止めれば大多数の人間は彼女を等身大の人形だと説明しても疑いなく信じさせてしまう容姿と体型を持っていた。
「私はユラスさんの語る教育論に感銘を受けました。そしてそれを広めるのであれば愛好会であるよりも部の方が適しているとお爺様に進言しただけです」
彼女はカナン=クルセルス。教育国家サンシャインが誇るカナザール学園の理事長の孫であった。
「まあ、そういうわけだ。正直コネを使うことは俺も乗り気じゃないのだが、善意から出た事柄なので甘えさせてもらおうと思った次第だ」
これが利害や打算から来るものならアルバーナは絶対に受け取らなかったのだが、この部室はカナンの好意から来ているので断れなかった。
「今日は生憎とこの三人だけだがまあ、良いだろう。そろそろ部活を始めても構わないかな?」
先日アルバーナが連れてきたカナン以外の四人は今日都合が合わず、来ていない。
また、余談としてシノミヤもこの部の一員である。
「それでも一緒にいたいからね」
どうやらシノミヤはまだフレリアに対して未練があるらしい。
アルバーナからすればサッサと告白すれば良いではないかと考えるのだが、そこをシノミヤは強固に固辞していた。
「私は構いませんよ」
カナンは頷いて了承を示したのだが、もう一人の。
「何を始めるのか言いなさい!」
フレリアは部の開催に異を唱えた。
「一体何のために部なんて作ったのよ! もし目的も無くただ駄弁るためだったら私は許さないからね!」
フレリアは肩を怒らせて声高にそう叫んだのを見てアルバーナはまた溜息を吐く。
モデルとしてでも通用しそうな高身長と細身の体型であるアルバーナが頭を掻きながら肩を落とす様はそれだけで絵になりそうである。
「何度も言っている様にこの部は現在教育国家サンシャインで行われている教育について研究し論議するのが目的だ」
アルバーナの要旨はこうだ。
建国の父であるケイスケ=シノミヤが掲げた教育理念は現在でも生きているのかを検証しようということらしい。
「普段の活動形式は俺が出した意見に対してフレリア達が質問や反論をする方向でいこうと思う。そして、答えられなかったり納得がいかなかったりした場合は宿題として次の活動までに調べておくこと」
正式な部の活動日は月、水、金の三日で、それ以外の日は基本的に自由とアルバーナは付け足した。
ちなみにアルバーナが言っている暦はサンシャイン独自のもので、ケイスケ=シノミヤが制定した事例の一つである。本来なら通貨も円に統一させたかったのだが、すでに大陸統一通貨ができていたので断念したという事例がある。
「フレリアさん、ちなみに私は書記です」
カナンの役目はアルバーナとその他の部員が交わした議論の内容を書き写すことである。
「ゆえに私は基本的に論議をすることがありませんので、今日はフレリアさんとユラスさんが議論してみてはいかがでしょうか?」
「ユラスに出来るの?」
カナンが微笑みながらの提案にフレリアは片眉を上げて疑問符を出す。
「言っておくけど私は学生レベルでなく第一線で活躍する教育学者の発表会に何度も参加しているのよ」
ローマフィールド家は教師の名門なのでフレリアも幼い頃からそういった英才教育を受け、学会発表でも質問出来るレベルに達していた、が。
「フレリアさん。一流の教師達と一対一で意見を交換できる私ですらユラスさんの語る教育論には脱帽せざるを得なかったのですよ」
カナンはフレリアの上をいっているにも拘らずアルバーナに敵わなかった。
その事実を告げられたフレリアはウッと詰まったが。
「私はこの三年間必死で勉強してきたのよ!」
幼少時からアルバーナに負け続けたフレリアは雪辱を晴らそうと寮に入って以来、生徒会の業務に励む傍ら勉学に徹していた。
必要とあらば大学の授業に潜り込んで質問していたのだから、その執念のすごさが理解できるものだろう。
「ほう、じゃあフレリアがどこまで成長したのか確かめさせてもらおうかな」
不敵に笑ったアルバーナは手をパンパンと鳴らして注目をこちらに集める。
「フレリアは俺が教育権について述べるから何か言いたいことがあるのなら質問してくれ」
一般的に論議というのは先攻が不利なのだが、アルバーナはあえてそれでいこうとする。
その瞳に全くの揺らぎが無いことから相当な自信があるようだ。
「ふん、ほえ面かかせてやるわ」
売り言葉に買い言葉、フレリアが乗ってきた。
「準備が出来ましたので始めて下さい」
カナンの言葉を合図としてアルバーナは口火を切る。
「ほい、宿題な」
「……きゅー」
三十分後。
頭から湯気が立ちそうなほど憔悴したフレリアが机に突っ伏している光景がそこにあった。
「ここまで持たせるとは……さすがローマフィールド家の後継ぎです」
カナンが褒めているように聞こえるがその実全然褒めていない。
その喜怒哀楽全てを含んだ笑みを浮かべていたのでますます胡散臭さが倍増していた。
応援や誤字脱字指摘は感想欄に、批評や意見は個別メッセージとして頂けると嬉しいです。
個別メッセージの返信が無かったとしても私はしっかりと目を通しています。