20話 仕返し 後編
「……あの馬鹿」
アルバーナは一連の流れに頭を抱える。
「よりにもよってこんな方法で見返さなくて良いだろうが」
アルバーナには分かる。
この仕掛け人はフレリアだと。
昔からフレリアはキレると何をしでかすか予想が付かなかった。
そのハチャメチャ具合は凄まじく、アルバーナの爺さんのロック共々フレリアに度肝を抜かされたのを覚えている。
「しかし、今はどうでもいい」
今、ここでするべきなのは過去の回想では無いので頭を振ることによって思考を切り替えたアルバーナは眼前のヴィジーに集中する。
ヴィジーはもとから頭の回転が早く、口も達者なので上手い所話しているように見えるが聴衆の反応はイマイチだ。
「どうしてでしょう」
カナンは首を傾げる。
「私から見てもヴィジーの語りはとても上手なのですが、新入生は乗ってきません」
カナンの言葉通り、ヴィジーの前方にあるのは突然の事態に訳も分からずポカンとしているトラップクットと新入生の面々。
「まあ、当然だろうな」
アルバーナは予想通りとばかりに頷く。
「いきなり教育論の話をしたって絶対についてこれない。何故なら、一連の行動が繋がっていないからな」
突然こんなサプライズが起これば普通は呆気に取られ、空気が硬直してしまうものだ。
それに加えてあいさつなしでいきなりの本論突入。
これで理解できる方がおかしいだろう。
事実、ヴィジーも事態が全然打開しないことに焦りを覚えてきたのかタラリと冷や汗を流し始める。
「……全く」
アルバーナはしょうがないとばかりにため息をつく。
アルバーナとしてはこのままヴィジーを放っておいて知らぬ存ぜぬを通そうかと思ったが、それをやると後で某女神によって黒焦げにされてしまいそうな予感がしたので一歩進み出る。
「ありがとうございます、ユラスさん」
カナンの心から来る安堵の声音にアルバーナは軽く手を挙げて答えた。
「やあやあ皆さんこんにちは」
アルバーナは大げさに両手を振りながらにこやかに笑顔を浮かべて登場し、そのままステージの中央へと歩く。
「突然の出来事に混乱しているようだけど。まあ、これは自分達教育研究部のパフォーマンスだ。だから気持ち楽にしてくれると嬉しいな」
その言葉と共にようやく周囲が動き出した。
「おい、アルバーナだぞ」
「マジか! あの入学式の伝説を成し遂げた」
「ああ、それにわずか数日で部も立ち上げたあのアルバーナだ」
ユラス=アルバーナはすでに新入生のほとんどに顔と名前を覚えられているせいか、今回のハプニングも概ね好意的に受け止められているようだ。
そんなざわざわという蠢きの中、アルバーナはそっとヴィジーに近づいて耳打ちする。
「……後は俺に任せて下がってくれ」
ヴィジーからすれば公開処刑を執行される寸前で救出されたようなものだったので一も二もなく頷く。
「ありがとう、本当に命拾いした」
ヴィジーが内心泣いているように見えるのは気のせいだろうか。
「やれば公開処刑、やらなければフレリアによる処刑。まさに前門に虎、後門に狼だったよ」
どうやらヴィジーらしからぬ醜態を演じていたのは、どちらにせよ殺されるという恐怖から委縮していたらしい。
アルバーナとしてはもっと話を聞きたかったが、これ以上聴衆をほったらかしにしているとマイナスだろうと判断したので、後で詳しく聞く約束を取り付けてヴィジーを下がらせた。
そしてこの場に残されるのは堂々と立っているアルバーナと未だに動揺から抜け出せていないトラップクット。
「皆も驚かれているだろう」
アルバーナは壇上を歩き回りながら聴衆の方に目を向けて語り始める。
「本来ならこんな登場の仕方などありえないのだが、インパクトという点ではこれが最高だと思ってな」
実際はアルバーナですら関知していない事態なのだが、彼はさも予定事項だったと言わんばかりの態度に聴衆も納得の意を示す。
「さて、ここからが俺が立ち上げた部の紹介となる」
アルバーナはそう前置きし、新入生の隅から隅へと目くばせした後話し始めようとしたが。
「……ちょ、ちょっと待った」
ようやく唖然から立ち直ったトラップクットが待てとストップをかける。
「いきなりこんなことをしてどういうつもりだ? 君達は参加禁止と決まっていたはずじゃないか」
アルバーナはトラップクットに向き直り、腕を組んで首を傾げて聞く。
「ふむ、どうして参加禁止なのか今、ここで言ってもらえるかな?」
アルバーナの問いかけにトラップクットが黙る。
質問に対して質問で返すことは褒められる行為ではないのだが、この場合だと何を答えてもトラップクットに主導権を握られてしまうので質問で返した。
「そう、答えられない理由なんだ」
トラップクットの沈黙にアルバーナは大仰な仕草でやれやれと首を振って両手を振るいながら前を向く。
「俺達がやっているのは先程ヴィジーが話していた通りケイスケ=シノミヤが遺した教育論について語り合う部活だ」
アルバーナが言うには五十年前に制定した教育論が本当に正しいのかどうかを中心として議論するという。
「そう、どう見ても始皇帝を探求という愛国心溢れている部活内容なのに正当な理由なく禁止させられる」
そこでアルバーナはにやりと唇を歪めて悪そうな顔を作り出す。
「興味を持たないかい?」
アルバーナは続ける。
「ただ、討論をしているだけなのに学園から圧力がかかる内容に興味をそそられないかい?」
ここに集った学生はまだ入ってからしばらくも経っていないので、まだ気分が浮かれている。
そんな彼らに対して囁くアルバーナの危険な香りのする提案をさぞかし魅力的に映っただろう。
事実、すでに何人かはアルバーナについて興味を持ち始めていた。
「俺からの紹介は以上だ」
そろそろタイムリミットだと悟ったアルバーナはここで話を終わる。
「もしもっと知りたければ部活棟に来てくれ。そこに俺がいると思うから、存分に議論し合おう。別に入らなくても良い。一見さんだろうが歓迎だ」
アルバーナが壇上の裾に消えてしばらく経った後に体育館の扉が開き、連絡を受けた教師達がなだれ込んできたのだが、すでにアルバーナを含む部員の面々はもぬけの殻だった。
本来ならここでトラップクットと討論させる予定でしたが、それだと色々と不自然な展開になってしまうので切り上げました。




