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9話 次元の違い

このIT時代において速度こそ命! クオリティーは二の次!……と、自分に言い訳してみたり。

「む~……」

 アルバーナの去った部室でメイプルがずっと難しい顔をしている。

「一体どうしたのメイプル?」

 それが一瞬でなく、ずっと続いていたのでフレリアが尋ねた。

「いえ、ユラスの最後の回答ですが、どうすればあんな答えが出てくるのかと思いまして」

 確かにアルバーナはフレリアやメイプルの予想を上回る答えを出してきた。

 管理と支配。

 二人ともどちらが優れているのかという議論に没頭してしまい、肝心の何のためということを忘れてしまった。

「確かに、あれはしてやられたと思ったわね」

 フレリアもアルバーナに一杯喰わされてしまったことを素直に認める。

「けどね、そればかりは仕方ないと思うわよ。何せユラスは経験も豊富だし、学者達と論戦し打ち負かせるほど口達者なのだから、高校生の私達が勝てる方がおかしいわ」

 と、負けた原因を述べるのだが、メイプルは納得していないようだ。

 小さな瞳を目まぐるしく動かして眉間にしわを寄せて考え込む。

「しかし、何とか近道はないのでしょうか。手っ取り早く上達する道が」

「あんたねえ……」

 メイプルの呟きにフレリアは呆れ顔を浮かべた。

「簡単に強くなれるわけがないでしょ。学問に王道なしというように地道な努力が物を言うのよ」

「しかし、フレリアさんやカナンさんは相当な知識を有しています」

「私達だってそれなりに苦労しましたよ」

 ここでカナンが顔を上げる。

 お嬢様然とし、人形じみた美しさを持ったカナンは少し瞑目した後に語り始める。

「例えば私は外で遊んだ記憶がありません。物心ついた時から屋敷の中で勉強か発表などをやっていました」

「私も幼少時の知りあいはユラスしか知らないし、中等部までずっとパーティやら学会やらでしか外に出たことが無かったわね」

「それに何においても高名な先生方が長々と演説するので、ずっと笑顔を作り続けるのが辛かったこと」

「あ~、それは分かる。だから微笑みながら寝る技術が身に付くのよね」

「そう、他にも時場所を置かずに寝ることも可能になります」

「中等部に入ってようやく羽を伸ばせると思ったらお見合い話がどんどん来たり」

「私なんてあまりに煩わしかったから適当な理由を付けて断っていましたよ」

「え? カナンもそうしていたの?」

「フフフ、全て真面目に対応していたら心身が持ちませんよ」

 どうやらフレリアとカナンは幼少時の思い出話に花が咲いたようだ。

 二人とも高名な家出身のため色々苦労していることが分かる。

「えーと……」

 ちなみに当時のメイプルは負けん気の性格によってガキ大将として一日中外に出て遊んでいたので全然共感することが出来ない。

「あの……フレリアさん? カナンさん? もう分かりましたから――」

「実は私ってあまりに堅苦しかったから一度家出をしたこともありました」

「え? それでどうなったの?」

 しかし、フレリアとカナンは二人の世界に没頭してしまい、メイプルの呼び止めに何の反応も示してくれない。

 なので。

「……うわーん!」

「よしよしメイプルちゃん。良い子良い子」

 メイプルは母性本能溢れる同身長のエイラに抱擁し頭を撫でて慰めてもらった。

 本来ならこのような子供扱いなど普段のメイプルなら断固断るにも関わらず素直にエイラの胸に飛び込んだのは蚊帳の外に置かれたのが悲しかったのか、それともエイラの包容力が大きかったので知らず甘えてしまったのか。


「うう……やっぱり私って駄目駄目なんでしょうか」

 メイプルはエイラに抱かれたまま弱音を漏らす。

「私はユラスの様な才能も無ければフレリアさんやカナンさんの様な努力もしていない。こんなんでユラスに勝てる日が来るのでしょうか」

 先日図書館ではフレリアに啖呵を切ったものの、内心では不安で一杯だったらしい。おかっぱ頭をエイラの胸に預けて心中を吐露した。

「大丈夫よ、メイプルちゃん」

 そんなメイプルをエイラは優しく抱き締めながら語りかける。

「ユラスさんに厳しく詰められたというけど、それは光栄なことなのよ」

「どういうことですか?」

 メイプルが濡れた瞳で見上げるとエイラはニッコリと笑いながら。

「ユラスさんは決して意味も無く厳しくしない。メイプルちゃんに辛く当るのは、絶対にメイプルちゃんは立ち直れると信じているからよ」

 それにね。と、エイラは続ける。

「ユラスさんと同じ位置に立てる方法はあるのよ」

「本当ですか!?」

 メイプルは瞳を輝かせて尋ねる。

 先程まで泣いていたのだが、この切り替えの早さは流石というべきか。

「うん、本当。」

 エイラは笑いながら。

「ユラスさんと戦おうと思うのなら、少なくともユラスさんと同じ視点に立たなくちゃ駄目なのよ」

 首を傾げるメイプルにエイラは補足として。

「例えばユラスさんはメイプルちゃんのお爺さんを否定したというけど。それは単にお爺さんを貶めたり貶したりする目的じゃないの。そう、将来お爺さんの間違った説によって苦しむ人を少なくするためにお爺さんを否定した――そう捉えることが出来てようやくメイプルちゃんはユラスさんと同じ視点に立ったと言えるわよ」

「……良く分かりません」

 メイプルが首を振る様子にエイラは苦笑しながら。

「いきなり分かれと言っても酷な話よ。だから焦らずゆっくりと理解していけばいい。けど、少なくともユラスさんはその次元にいる。個人の名誉や地位を超越した場所にいるからこそ、浅い次元にいる私達では考えられない知恵が沸いて行動が出来るのよ」

 アルバーナを魚に例えるのなら深海魚という表現が当てはまるだろう。

 光も届かない低温低養分という過酷な場所で生きるために異形の形を選んだ深海魚。

 その深海魚が日々どんな暮らしを送り、どんなことを考えているかなど浅瀬に住む魚類では想像も出来まい。

 そして、エイラはアルバーナに勝ちたければ少なくともそこまで降りることを勧めていた。

「……自分が変わってしまいそうでとても怖いです」

 メイプルはポツリと漏らす。

「けど、私は諦めません」

 その答えにエイラは何も言わず、メイプルを抱く腕に力を込めた。


 ちなみに。

「ローマフィールド家って凄い様に見えるけど、実際はそうでもないのよ」

「まあまあ、噂と実態って相当かけ離れているのが普通ですからね」

 メイプルとエイラによる話をフレリアとカナンは関係ないとばかりに昔話の花を咲かせていた。

今回は珍しくカナンもオチです。

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