1話 伝説の始まり
五十年前――剣と魔法で領土を奪い合う群雄割拠のバースフィア大陸に降り立ったケイスケ=シノミヤが『教育こそ全ての根幹』という大義を掲げて教育国家サンシャインを建国。
彼は未知の技術と知識、そして有能な人材達によって瞬く間に大陸を席巻した。
現在、大同盟によって形式上は各国平等だが、国力、人材力、技術力のどれを取ってもサンシャインに比肩する国は存在しない。
つまり、実質上サンシャインがバースフィア大陸の覇者であり、大陸中に流れる全てのものはサンシャインへと集まっていた。
教育国家と称するゆえにサンシャインは教育関係に相当な力を注いでおり、その中でもカナザール学園はまた別格である。
生まれたての新生児から第一線で活躍する研究者まで擁し、学び舎や寮はもちろんのこと、商店街や遊技場まで完備されている教育施設というのはバースフィア大陸広しといえどもカナザール学園にしかあるまい。
カナザール学園に通う者はサンシャイン国民にとって憧れの存在であり、そしてサンシャインの憧れはバースフィア大陸に住む全員にとっても憧れであった。
「い~い天気だなあ」
そのカナザール学園の中央に位置する時計台の屋上で足を投げ出している若者――ユラス=アルバーナはそんな気の抜けた声を出す。
黒髪黒眼と異質な色を持ち、鼻も低いのだが、不細工だと思わせないのは瞳が常に爛々と輝き、周りをウキウキと楽しくさせる雰囲気を持っているからだと推測できる。さらに身長が十六歳という年代の中では頭一つ分飛び抜けていることに加えてスラリとした体型であることも大きいだろう。
「あ~あ、ちょうど良い特等席も見つかったことだし。やはりこういう時は寝るに限るね」
大きく口を開けて欠伸をしたアルバーナは体を支えていた両手を頭の後ろに持っていって体を倒し、足を組みかえて目を閉じる。
どうやらアルバーナはここで寝るつもりのようだ。
確かに気温は春の陽気を感じさせる麗らかな感じであり、絶好の昼寝日和である……が。
「えーと……申し訳ありません。高等部新入生代表のユラス=アルバーナ君は未だ捜索中のため、もうしばらくお待ち下さい」
風に乗って微かに届いてくる焦った調子の声音から想像できる通りこのアルバーナ、入学式の新入生代表を任されながらボイコットという偉業を成し遂げようとしていた。
グ~~
が、当のアルバーナ本人は下の騒ぎなどどこ吹く風と言わんばかりに寝息すら立て始める。
このままだと今年のカナザール学園の高等部入学式は新入生代表が失踪という不名誉な記録を打ち立ててしまうだろう。
現在の高等部学長や教師からすればそんな前例の樹立など何としてでも避けたいのだが、生憎と肝心のアルバーナは時計台の上で眠ってしまっている。
あわや学長達が思い浮かべる最悪の事態が現実味を帯び始めたのだが、幸いにも幸運の女神は学長達に微笑んでくれたようだ。
「ユ~ラ~ス~~」
寝ているアルバーナの後方――地獄の底から響いてくるような低い声がアルバーナの安眠を妨害する。
光り輝くウェーブ状の金色の髪を腰まで伸ばしてあり、神の造形と説明されても納得しそうな絶妙な顔のパーツの配置であり、その中でも一際光りを放つのは澄み切った碧い瞳であった。
その身体も全体的に痩せているにも関わらず出るところは出るといった我儘な体型をしており、言い方が下品だが窒息させるほど豊満な胸は重力に負けず、見事な存在感を示していた。
異性百人に彼女は美しいかと聞けば百人とも頷き、同性からは嫉妬することすら馬鹿らしいと感じてしまうほど圧倒的な美貌を持った彼女なのだが、今は悪魔も裸足で逃げ出しそうな怒りの形相を浮かべている。
「およ? フレリアじゃないか、どうしたんだ?」
が、アルバーナにとってはそんなものなど暖簾に腕押しとばかりに呑気な表情で聞く。
「いけないじゃないか、もう高等部入学式は始まっているんだぞ。次席であるフレリアがいないと入学式が大騒ぎだぞ」
サボった首席が己を探しに来た次席に対して入学式に参加するよう注意するというシュールな光景。端から見れば違和感がとてつもないのだが、少なくともアルバーナは大真面目な様子だ。
「全く、ここは見逃してやるから早く戻れ」
そして追撃とばかりに手をシッシと振る動作をするアルバーナ。
「……」
グゴゴゴゴゴゴゴ
フレリアの感情に反応した風と土の精霊達が風を巻き起こし、地響きを立て始める。
辺りに聳え立っている石柱に罅が入り埃が落ちてくるなど、もはや立ち続けていることなど不可能な状況だ。
「おいおい、フレリア。眠れないだろ」
この状況になっても能天気な様子でそうのたまうアルバーナは一体何者なのであろうか。
「よっこいせっと」
アルバーナはそう掛け声を出して立ち上がる。
高身長のアルバーナが立ち上がれば百六十㎝ほどしかないフレリアの頭はちょうどあごの下に来て撫でやすい。
そのせいなのかフレリアに近づいたアルバーナは彼女の頭に手を置いて。
「ほーら、抑えて抑えて」
ブチッ
何かが切れるような音がしたのは聞き間違えでないだろう。
フレリアはアルバーナの手を振り払い、天使の笑顔を浮かべた瞬間。
「いっぺん……死んでこぉぉぉぉぉぉい!!!!」
「どわあ!?」
フレリアの激情に当てられた火の精霊が暴走し、この屋上を大爆発させた。
結論から言うとフレリアの魔法によって全身が煤だらけになったアルバーナはとてもじゃないが代表として立てることが出来ず、代わりとしてフレリアが新入生の代表を務めることとなった。
「面白い新入生だな」
不名誉な前例を作ってしまった高等部の教師全員が項垂れる中、カナザール学園に入学した高校生はそのような印象を抱いていた。
しかし、彼らは思い知る。
この入学式の騒動は序章に過ぎなかったのだと。
ユラス=アルバーナ。
学園史において永久に語り継がれる黒歴史――いや、伝説の三年間が幕を開けた。